第5話 チュニクス

 ■■■■■■■■■■

 005_チュニクス

 ■■■■■■■■■■


 一人暮らしの広大は、当然ながら自炊している。

 これまで母親におんぶにだっこだった家事を、自分でする必要があるのだ。


「あまり栄養状態がよくなさそうだから、栄養のあるものがいいよな」

 広大は少女のためにクリームシチューを作ることにした。

 鶏肉、玉葱、ジャガイモ、人参といった具を、食べやすいように細かく切る。

 焦げないように注意しながら煮込んだものを皿に盛りつけ、少女が眠る部屋へと持っていく。

 襖を開けると、少女が上半身を起こしていた。


「やあ、起きたんだね」

「あ、あの……貴方様は……?」

「俺は広大だよ」

「コーダイ様……。あ、私はチュニクスといいます」

「チュニクスさんね。詳しい話は置いておいて、お腹空いてない? これ、食べてよ」

 広大はトレイを彼女の膝の上に置いた。


「クリームシチュー。俺の得意料理なんだ」

 具材を切って煮込み、牛乳とクリームシチューの元を入れるだけの簡単な料理。カレーと共に広大が作れる料理の1つだ。


「ありがとうございます」

 少女はゆっくりとクリームシチューを口に持っていく。

 口に入れた瞬間、少女は目を見開いた。


「美味しいです!」

「それはよかった。おかわりもあるから、たくさん食べて」

「いいのですか?」

「いいよ。1人じゃ食べきれないし」

「ありがとうございます」

 少女は目に涙を浮かべ、クリームシチューを食べ進めた。


「おい、おい、おいひいでふ」

 大粒の涙が溢れ出てくる。


「誰も取らないから、ゆっくり食べな」

「ひゃい」

 チュニクスは2杯もおかわりした。その頃には涙も収まり、落ちつきを取り戻した。と思ったのだが……。


「申しわけありません!」

 彼女はいきなり土下座した。

 異世界にも土下座文化があったのかと、広大はどうでもいいことを考える。


「どうしたの?」

「奴隷の私などに高級なポーションを使い助けてくださったのに、お礼も言ってませんでした」

「あのポーションは死んだ人が持っていたもので、俺のじゃないから気にしないで」

「死んだ人のものは、発見した人のものです。つまりご主人様のものなのです」

「ん? んん? ご主人様?」

「奴隷もものです。前の主人が死んだ時は、発見した人のものになります」

「………」

 広大の目から光が抜けていく。

 そういう設定のラノベもあるが、実際にそれに直面すると戸惑ってしまうものなのだ。


「ここは君の生まれ育った世界じゃないから、奴隷はいないんだ。だから、君も自由だよ」

「ですが……」

 チュニクスは首にハメられた首輪を指でなぞった。


「その首輪について聞きたいんだけど、チュニクスさんはそれがないと死ぬとかじゃないよね?」

「この奴隷の首輪はご主人様の命令に背いた時に、首を絞める魔道具です。首輪がなくても死ぬことはありません」

「じゃあ、取ってしまおうか」

「私はご主人様のものなので……」

「そんなの気にしないから、大丈夫だよ」

「ですが……」

 チュニクスが言い淀み、切りがないと感じた広大は、ホールを発動させて奴隷の首輪だけをゴミ箱に落とした。

 本来、無理矢理取ろうとすると、奴隷の首輪が締まってチュニクスの首を絞めるのだが、ホールで丸ごとゴミ箱に飛ばしたことで首を絞めることはなかった。


「え……?」

「これでチュニクスさんは奴隷じゃなくなったよ。よかったね」

 チュニクスはまた泣き出してしまった。

 嬉し泣きだと思った広大は、彼女が泣き止むのをじっと待った。





「本当に私の生まれた世界ではないのですね……」

 テレビから流れる映像と、ノートパソコンの情報。チュニクスはそういったものを見て、その上で受け入れた。

 ただし、チュニクスにこの世界の言葉は理解できない。広大の言葉は分かるが、テレビなどから流れてくる言葉はまったく理解できなかったのだ。

 これは広大が異世界召喚された際にマストでついてくる言語能力である。


「それじゃあ、俺にチュニクスさんの世界の言葉を教えてくれるかな。代わりにこの世界の言葉……といってもこの国の言葉だけだけど、俺がチュニクスさんに教えるから」

 幸い、チュニクスは文字の読み書きができた。

 広大とチュニクスはお互いに文字の読み書きを教えることで、共存することになったのだ。




「ご主人様の世界にも、私のような獣人がいるのですね」

 チュニクスはコスプレしたZチューバーを見て、目をキラキラさせている。


「いや、この世界に獣人はいないよ。それはコスプレっていう仮装なんだ」

「そうなのですか? 残念です……」

 本当に残念そうにするチュニクスを見て、広大は励まそうとする。


「大丈夫だよ。いつでもチュニクスさんの世界に帰れるから」

「私はご主人様がいてくだされば、どこでもいいのです」

「えーっと、そのご主人様って止めてくれないかな。俺のことはコウダイと呼んでほしい」

「承知しました。コーダイ様」

「コ・ウ・ダ・イ。ね」

「失礼しました、コダイ様。私のことも『おい』や『お前』で結構です」

「………」

 チュニクスの卑屈な発言に、肝が太い広大でもさすがに引いてしまう


「あー。それなら、チュニクスって呼び捨てにするね」

「はい。お好きなように呼んでください」

「ゴホンッ。それよりも、チュニクスの世界のことを教えてよ。俺、あっちのダンジョンに入ってみたいんだ」

「はい。出来る限りのことをお教えいたします」


 ダンジョンに入るには、冒険者にならないといけない。

 チュニクスは冒険者をしていたが、貴族の荷物の護衛依頼を受けて失敗し、その損失を補うために奴隷に落とされたらしい。その貴族はあの熊によって殺された老人であった。


「冒険者なら誰でも入れるの?」

「はい。登録したての初心者でも、冒険者なら入ることができます」

「冒険者にランクとか階級はあるかな?」

「登録したばかりでアイアン級冒険者になります。その後、黄銅カッパー級、青銅ブロンズ級、シルバー級、ゴールド級、そしてミスリル級と階級が上昇しますが、多くの方は銀級にはなれません。銀級以上の冒険者は、冒険者全体の1割くらいしかいないと聞いたことがあります」

 異世界の話をちゃんと聞けるのは楽しいと、広大は目をキラキラさせてチュニクスの話に耳を傾けた。


「魔物を倒すと得られるお金の種類に合わせて、このような階級制になったと聞いています」

 お金は魔物を倒すと手に入る。種類は6種類あり、次のようなものがある。

 ・鉄貨

 ・黄銅貨(鉄貨10枚)

 ・青銅貨(黄銅貨10枚)

 ・銀貨(青銅貨10枚)

 ・金貨(銀貨10枚)

 ・ミスリル貨(金貨10枚)

 お金に刻印されている絵は、魔物のものになっているのだが、その魔物が動いているのだ。それが魔物からドロップしたお金の証明になるのであった。

「へー、すごいな。本当に動いているよ」

 熊の魔物を倒した際に拾っておいたお金をちゃんと見ると、確かに動いていた。


 チュニクスの話を聞く限り、鉄貨1枚が10円くらいの価値なのが分かった。

「しかしお金に刻印されている絵が動くなんて、不思議な世界なんだな」

「不思議ですか……? 私たちには普通のことですが、こういった理由からお金の偽造はできないのです」

「なるほど……。偽造できないし、できたとしてもそれだけの技術があるなら、普通に働いたほうが儲けられそうだよね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る