一章

第4話 行こうと思ったら

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 004_行こうと思ったら

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 広大は再び異世界にやってきた。

 一度行ったことある城がある地域にしかホールは繋げられなかったため、髪を青色に染め、青い目のカラコンを入れた。

 さらにネットで買っておいたレトロな村人風の服を着ている。

 これで変装は完璧だと、町中を歩いた。

 ただ歩くだけではない。人が集まっているところで、情報収集しているのだ。


「先ずはこの世界のことを知らないとね」

 そして3日が経過した。その間、一度もクラスメイトに出会うことはなかった。

 城に軟禁されているかもしれない。


 元の世界に戻してあげてもいいが、広大はまだこの世界のことを知らない。

 クラスメイトのことよりも自分の趣味を優先しているのは理解しているが、クラスメイトたちは広大のように殺されることはないだろう。しばらくは、だが。


 広大が殺されかけたのは、スキルが少なく役に立たないと思われたからだ。

 少なくとも役にたたないと思われるまでは、殺されないだろう。その判断がいつされるかは、広大には分からないが。


 この3日で広大が集めた面白そうな情報を簡単にまとめるとこうなる。

 ・この世界には魔物が存在する。

 ・魔物は地上にもいるが、ダンジョンの中に多く住んでいる。

 ・魔物からはお金とアイテムがドロップされる。

 ・ダンジョンは世界中に数えきれないほどある。

 ・魔王と魔王軍は本当にいるらしいが、情報が錯綜していてよく分からない。

 ・ついでにこの国はダルガード王国といい、ここは王都サギノス。


「ダンジョンがある以上、一度は見ておかないといけないと思うんだ」

 広大はダンジョンへ向かった。そう、この王都サギノスの近くにもダンジョンがあるのだ。


 人の波に乗って王都の中を歩き、そして門が見えた。

 この王都サギノスは周囲を高い石積みの防壁に囲まれている。魔物対策と戦争の備えだ。


「む、検問しているのか」

 荷馬車の荷物まで細かく確認するのかと思ったら、賄賂を要求していた。賄賂さえ払えば出入りは簡単だが、今の広大はお金を持っていない。


「仕方がない」

 門から離れて誰もいない場所に向かい、周辺を窺う。


「よし、誰もいないな。ホール」

 広大が通り抜けできる程度の穴が、防壁に開いた。


「おっと、外は水堀になっているのか」

 幅は20メートル程。ジャンプできる距離ではない。


「泳ぐ気にはなれないので、ホール」

 ホールの多重起動ができるのは、すでに確認している。

 一度でもいったことがある場所じゃないとホールは繋げることができないが、見える範囲であれば問題ない。


 水堀の外側は森になっている。そこへホールを繋げ、広大は森の中に出た。

 ホールを解除すると、防壁の穴は塞がった。そのままにもできるが、広大の存在を示唆させる跡は残さないようにしたい。

 広大のホールは、概念として穴を開けるだけでなく、穴を維持することも元通り塞ぐこともできる。かなり便利なものなのだ。


 森の外周に沿って進み、街道に出るとそのまま王都サギノスから離れていく。

 すると喧騒が聞こえてきた。悲壮感のある声が聞こえ、この先で戦闘が行われているのが分かった。

 広大は駆け足で進んだ。


「あれは魔物なのか?」

 2頭牽きの豪華な馬車が1台、荷物を載せる車が3台の集団に、熊が襲いかかっていた。


「何、あの熊? 大きすぎないか……?」

 広大が知っている熊とは明らかにサイズが違う、体高3メートル、立ち上がったら8メートル以上ありそうな巨体の熊が人間を襲っていた。

 馬車が空を舞うのを見て、『魔物というよりは怪獣だな』と冷静に感想を述べるのだった。


 人間側は剣や槍、そして魔法で戦っているが、熊が腕をひと振りすると吹っ飛んでいく。

 どんどん数を減らしていく人間側と、まったくダメージを受けていない熊。

 人間は逃げ出したいが、荷車が横転して道を塞いでいる。後方(王都サギノス方面)に逃げようにも、馬が暴れて御者はそれをなだめすかすのに精いっぱいで、方向転換するだけの余裕がないようだ。


 広大が視認して30秒もたたずに、護衛が全員倒れた。それを見た御者は馬車から飛び降りて逃げ出した。

 制御する御者がいなくなったことで馬が暴走する。そこに熊が襲いかかり馬に噛みつくと、馬車は横転して中から男性と女性が放りだされた。

 酷い光景に目を覆いたくなる。


「あの熊は危険だ。ホール」

 ホールが熊の頭部に穴を開けた。馬の肉を貪っていた熊は、自分が死んだことを理解することなくその場に倒れた。

 そしてお金と1枚のガチャカプセルのような球を残して消えた。

 お金とガチャカプセルを拾った広大だが、周囲は死屍累々状態で気分が悪くなるほどの光景だ。


「酷い状態だ。護衛の質をケチったのかな?」

 魔物が出るのは異世界初心者の広大でも知っていることだから、しっかりとした護衛をつけるのは当然だ。


「皆、死んでいるか」

 護衛は全滅。


「この人たちも……ダメか」

 馬車から投げ出された2人も息をしていない。貴族のような服を着た老齢の男性は首が折れ、メイド服を着た30くらいの女性は運悪く石に頭をぶつけて脳が飛び出していた。


 こればかりはどうしようもない。広大はこのままやり過ごすことにした。

 いずれ誰かが死体を発見してくれるだろうと、街道を歩き出した。

 その時だった。荷車の後ろから何か物音がした。


「誰かいるのか?」

 広大の問いかけに返事はないが、警戒しながら荷車の裏を確認する。

 そこには少女が倒れていて、薄っすら目を開けていた。怪我が酷いようで、身動きができないらしい。


「大丈夫か」

「………」

 少女は力なく口を動かすが、声が小さすぎて広大に聞こえない。


「ちょっと待っていろよ」

 広大は少女の体を抱き起こす。随分軽い。

 広大と同じくらいの18歳くらいの少女で、緑色の髪や顔は薄汚れていた。その首には無骨な首輪がついている。しかも頭の上に耳がある。そう、ケモ耳があるのだ。

 恐らく彼女は獣人なのだ。ダルガード王国は獣人を亜人と蔑む国であり、そういうところも好きになれない広大だった。


「まさか奴隷か」

 奴隷がいるのは知っている。情報収集をしていて見かけたし、そういった情報も手にしている。


「困ったな。俺は回復手段を持ってないんだ」

 ポーションがあったり、魔法で回復できるのは知っているが、広大は何も持っていないのだ。

 そこで広大は考えた。あの豪華な馬車の中にならポーションがあるのではと。


「ちょっと待っているんだぞ」

 少女をそろりと寝かせ、広大は馬車へと走った。

 馬車の中を物色してポーションのようなものはなかった。悔しさと焦りが表情に出てくる。


「そうか!」

 荷車もあれば、護衛もいる。そこを探せばと思った広大は、すぐに行動に移した。


「あった!」

 立派な鎧を着た死体から、青色の液体が入った瓶を発見した。


「問題はこれがポーションかどうかだけど……」

 これがポーションでなければ、あの少女は運がなかったと諦めるしかない。

 何もしなければ、少女はすぐにでも死ぬだろう。これが仮に毒でも結果は変わらない。


「これを飲んで」

 少女を抱き起こして、口の中に液体を少しずつ流し込む。

 少女は咳き込みはしたが、なんとか液体を飲み干した。そこで少女は気絶してしまった。


「お、おい。大丈夫か」

 息は安定している。血も止まった。どうやら、ただ眠っているだけのようだ。


「なんだ、眠ってしまったのか。本当に毒かと思ったじゃないか……」

 怪我は治ったようだが、このままにしておくわけにはいかない。


「仕方がない。家に連れていくか」

 広大は少女を抱き上げた。抱き起こした時も感じたが、かなり軽い。


「ホール」

 北海道の祖母の家にホールを繋げ、異世界を後にする。


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