第3話 準備

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 003_準備

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 夜中、静かに開けられた扉から、音も立てずに入ってくる黒装束の2人。

 その手には短剣が握られており、ベッドに横になっている広大に突き立てた。

 短剣には猛毒が塗られていて、少しでも傷がつけば死は免れない。そんな短剣を刺した暗殺者の目が少し泳いだ。


「どうした?」

「それが、感触がいつもと違うんだ」

「だが、血が出ているぞ。気のせいだろ」

「ああ、そうだな。よし、死体を始末するぞ」

 広大の死体はシーツで包まれ、1人に担がれて密かに城から持ち出された。


 城からほど近いところを流れる大河に、広大の死体は投げ捨てられた。数日間雨が降っていた影響で、大河の流れはかなり速くなっている。

 広大の死体はあっという間に激流に飲まれて見えなくなった。


「これで任務完了だ」

「ああ、ちょろい仕事だぜ」

 いつもは要人暗殺や進入困難な場所での仕事が多いだけに、今回は拍子抜けしてしまうほど簡単な仕事であった。


「陛下に報告すれば、俺たちの仕事は終わりだ。行くぞ」

「ああ」

 黒装束の2人は暗闇に紛れるように姿を消し、そこに別の影が現れた。


「やっぱり国王が俺を殺そうとしていたか。なんで素直に頭を下げて助けてくれといえないのかな? なんで無理矢理連れてきた俺を殺そうとするかな?」

 広大は国王の考えが理解できず、首を傾げた。


 人を拉致しておいて殺すとか、本当にクズすぎる所業だ。

 クズだから拉致して謝罪もせず、平気で広大を害そうとする。

 広大自身、公明正大や賢人や聖人ではない。その広大から見てもアバロン5世の行いは、礼儀のなっていないお粗末なものだった。


 さて、広大がなぜ無事なのか。それは簡単な話で、暗殺者が広大を刺した際、自分と短剣の間にホールを開いただけなのだ。その短剣は、広大が用意しておいた鶏肉と血糊を刺した。

 碌な灯りもない暗い部屋の中では、ケチャップを水で薄めた赤い液体が血に見えたようだ。

 鼻が良い暗殺者なら臭いでケチャップだとバレるかもと思っていたが、そこまで優秀な暗殺者ではなかったのが幸いしたようだ。

「てか、暗殺者のくせして、俺の脈の確認もしないのかよ。わざわざ用意した小道具が無駄になったじゃないか!」

 イベントを恙なく経験するために、色々用意をしていたのに、それらが無駄になってしまったと広大は毒づいた。


「しかし、これからはもう命を狙われることもないだろうし、僕は自由だ!」

 せっかくの異世界なのだから、冒険するのもいい。元の世界に戻って平穏に過ごすのもいい。

 まずは『ガーディアン・フロンティア VIIセブン』を思う存分プレイしよう。


「問題は向こうの騒動なんだよね」

 担任を含めて41人が忽然と姿を消した。

 当然ながら大騒ぎになっている。ニュースでもネットでも取り上げられ、騒ぎになっているのだ。

 そんな中、広大1人だけの生存が確認され、家の前はカメラやリポーターで埋め尽くされていた。


 広大はゲーム欲しさに、学校を抜け出したことにした。

 さすがに異世界から帰ってきたとは言えなかった。だから担任とクラスメイトのことは知らないと言い張ることしかできない。それ以外の言いわけが思いつかなかったのだ。


 40人も姿を消したのだから、大騒ぎになるのは仕方がない。学校と両親、そして警察などが協議した結果、広大はほとぼりが冷めるまで姿を隠すことになった。

 東京から遠く離れた北海道の祖母のところに預けられることになったのだ。

 2、3日したら、警察が密かに逃がしてくれる。まるで逃亡者の気分だが、これはこれで楽しいと思ってしまう。


 広大は元の世界に戻り、その時をじっと待った。宅配で届いた『ガーディアン・フロンティア VIIセブン』をプレイして。


 そして警察が記者たちの目を惹きつけている間に、広大は家を出た。もちろん、『ガーディアン・フロンティア VIIセブン』とゲーム機はカバンの中に入っている。このために帰ってきたのだから、必須である。

 そして他の警察官が用意した車で成田空港へと向かい、北海道の千歳空港へと飛んだのだ。


 祖母の家には何度も行ったことがあり、行き方は分かっている。千歳空港から電車で札幌に入って、そこから郊外にある祖母の家に向かった。


「あら、広大。ほんとうにきたのね」

「お婆ちゃん、久しぶり」

「それじゃあ、これが鍵ね」

 祖母は大きなカバンを用意していた。どこかにいくのかと聞いてみたら、意外な返事があった。


「世界一周旅行にいってくるわ」

「へ?」

「半年も前から予約していたの。あんたも高校生なんだから、自分のことは自分でしなさい」

「えぇぇぇ……」

 祖母は豪華客船で世界を回るのだと、大きなカバンを持って出ていった。


「自由奔放な人だと思っていたけど、孫が逃避行してきたのに世界一周旅行とか、まさにお婆ちゃんだね」

 広大はそれを呆然と見送るしかなかった。


「ということは、この家で俺は1人暮らしをすることになったわけ?」

 その通りである。


「……よし、決めた! 俺、ゲーム三昧の日々を送るんだ!」

 監視役だと思っていた祖母がいなくなった。これは羽を伸ばすしかない!


 異世界にいるクラスメイトのことはまったく思い出さなかった。元々仲のいい生徒はそんなにいない。担任の瞳はいい人だが、特別な想いがあったわけではない。

 それよりはせっかく学校にいかなくていいのだから、1日中『ガーディアン・フロンティア VIIセブン』を楽しむことしか頭になかった。


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 10日後、広大は『ガーディアン・フロンティア VIIセブン』をやり切った。

Vファイブも名作だったけど、VIIセブンもいい。甲乙つけがたいできだったよ!」

 ゲーム漬けの10日だった。思う存分楽しんだ。ここからはどうするか? これもすでに決まっている。


「異世界の冒険が俺を待っているぜ!」

 ソファーの上に立ち、腕を突き上げる。

 誰かがいたら恥ずかしすぎることも、誰もいないとできてしまう。


「異世界で冒険をするために、準備は大事だよね」

 広大はキャップを被り、伊達眼鏡をかけ、マスクをしてショッピングモールに向かった。

 怪しさ満点の姿だが、十数年前に流行った伝染病のおかげで、今でも見とがめられることはない。


 残念なことに、広大の顔はネットにアップされている。中学校の卒業アルバムの写真だったから、同じ中学の生徒だった人が流したのだろう。

 人の噂も七十五日。両親にそう言われたことを思い出す。


 武器や防具は異世界で購入するとして、それらを揃えるための資金をなんとかしなければいけない。

 アバロン5世の話を信じるなら、魔王はいる。戦いもある。問題はどこまで信じるかだ。


 魔王が悪い存在というのは、アバロン5世がそう言っているだけなのだ。それを完全に信じるつもりはない。

 そして異世界と言えば、魔物やモンスターだ。いるかどうかは聞いてないが、いると信じて備えるのがいいだろう。


 生水は危険そうなので、携帯浄水器。

 城内はランプや蝋燭などが灯り、ローテクどころの話ではなかった。LEDランタンやLEDヘッドライト、そしてライターを購入した。もちろん充電用電池やソーラー充電器も買い込んだ。

 あまり大量の物資を持ち歩くのは現実的ではないため、今日はこれくらいにした。

 いつでもどこからでも帰ってこられるのだから、必要だと思った時に買い足せばいいだろう。


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