FILE1.5

 俺の研究はなかなか身を結ばなかった。ずっと、先も見えず不透明な中で生きてきた。次第に自分のやりたいことの分からない瞑想期間に突入し、より未来が靄がかかったように見えなくなった。

 そんなときだった。俺の所属の研究機関が変わったのは。そして研究体をひと目見た瞬間に恋に落ちた。それなりにモテてきて、女に困ったことなんてなかった。一目惚れは都市伝説のようなものだと勝手に感じていた。それなのに、彼女は一目見た瞬間から俺の目を掴んで離さない。

 美しいわけじゃない。可愛いわけじゃない。むしろ欠損の多い体は気持ち悪いという形容詞の方が似合うような姿だった。人によっては失神するようなグロテスクな姿。そこに興奮して。俺のが立ち上がっていくのが分かった。性癖なのか、はたまたこんな姿になってまで人を引き付ける何かが彼女にはあるのか。どちらでも良かったが、何となく後者のように思えた。恋の盲目さに囚われたからかもしれない。だが、彼女は今までの俺になかったものを与えてくれた。身を焼き尽くしてしまうほどの強い思い。深い愛情。彼女のためなら何を投げ出してもいいと思った。彼女が俺のためだけに生きてくれるのなら。

 とは言え、彼女をここから連れ出すことなど不可能だし、連れ出したとして彼女が常に俺に従ってくれるとは限らなかった。だから、俺の研究は都合がいいと思った。いつだって彼女の内蔵を取り出して自分の研究のためと言って傍に置いておくことが出来る。それは酷く甘美で煽情的な誘いだった。俺は研究所に属する一研究者になった。

 そこから俺の調子はうなぎのぼりだった。研究が実を結ばなかっただなんて嘘のようで、次々に素晴らしい論文が書けたし、様々な学会でも褒められた。俺は彼女のお陰で名誉や尊敬まで手に入れた。その頃には彼女への傾倒具合は悪化の一途をたどっていて、神を崇める域にまで達していた。それも、俺にとっては気持ちよかった。

「今日も可愛いね。大丈夫、何かがあっても俺が守ってあげるから」

 俺は時間があれば彼女のいる部屋に足繁く通っていた。何か予期せぬことが起こった場合にも、彼女を守れるように。

「俺の後輩がこの部屋にこっそり来てたんだけど。そっちに目移りなんてしないよね。俺だけの研究体ちゃんだよね」

 返事の返ってこないガラス越しの体に話しかけ続けた。狂っているなんて今更で、俺にとって彼女は神様だった。全てを与えてくれた神様。今日も、神に全てを捧げる。

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