第11話 母との対面と驚愕の事実

ルルに案内されながら、広い伯爵邸の情報を叩き込む。


あそこが父上の部屋、それから執務室……奥は図書館かしら…それから……


「ロナリアお嬢様?つきました。……奥様、ルイラ奥様、ロナリアお嬢様をお連れいたしました」


ルルが丁寧にドアをノックする。


「……どうぞ」


ドアを開けルルに続いて私はお母様の部屋へと入っていった。


「失礼いたしま……」

「ああ、ロナリア、良かった!もう大丈夫なのかしら!?」


突然やたらいい匂いのする、とても二人産んだとは思えない少女のような女性に抱き着かれた。


「お母さま!?はい、ご心配をおかけしました」


私はなぜか涙を流す。

死んでしまったロナリアの体が反応したのだろうか。


「さあ、涙を拭いて、可愛い顔をお母さまによく見せて頂戴。ハンナ、お茶の用意を」

「かしこまりました。ルル、あなたは下がりなさい。お嬢様はわたくしが御案内いたします」

「…はい。承知しました」


ルルは丁寧に頭を下げ退室していった。


お母さまの部屋は、まるで少女趣味をこれでもかと前面に押し出した、ピンク系統で統一された女の子の部屋のようだった。


調度品や家具などは高級なものがあつらえられているが……

もしかしたらお母様は病んでいるのかもしれない。


「お母さま、ご心配をおかけしました。ロナリアはもう大丈夫です」


私は可愛らしい母親を見つめ話しかける。

お母さまは軽くため息をつくと、目をすっと細め私に問いかけてきた。


「ロナリア……あなた、どちら様?」

「っ!?」


お母さまはわざとらしく頭を振り、侍女のハンナに声をかける。


「ハンナ、少し親子水入らずで話がしたいの。席を外してくださるかしら」

「かしこまりました」


ハンナは見ほれるような美しい礼をすると部屋を後にした。


静寂が二人を包む。

目の前のテーブルにはいい香りと湯気が揺蕩っていた。


「さて」


お母さまが口を開く。

私はさっきから冷や汗が止まらない。


「ねえ、あなたは誰なのかしら……ロナリアは亡くなったのね」


そして一筋涙が零れ落ちる。

ああ、ダメだ。

この人に嘘はつけない。


さすが自らの腹を痛め出産した母親だ。

私は覚悟を決めて真直ぐにルイラを見つめた。


「初めましてルイラ様。私は高坂舞奈と申します……体は間違いなくロナリア嬢の物です。信じていただけるかどうかわかりませんが……わたしは違う世界で死んで、ロナリアお嬢様の体に転生してまいりました」


嘘は絶対にダメだと私の感が警鐘を鳴らしていた。

私は正直に打ち明けることにした。


ルイラは紅茶を飲み、ほっと小さく息をつく。


「ありがとう、正直に話してくださって……記憶はどうなのかしら」

「はい。きっと完全に亡くなった後に私が入ったようです。全く記憶はございません」

「ふふっ、優秀な方なのね。あの子はそこまで丁寧に話す子ではなかったわ」


そして遠い目をする。

私はこの女性を絶対に味方につけなければいけないと確信していた。


「あの、ルイラ様。厚かましい事を言いますが、どうかわたくしがここで暮らすこと御認めいただけないでしょうか」


「……何をおっしゃるのかしら……当たり前ではありませんか。ふふっ、あなたはわたくしの愛する可愛いロナリアなのでしょ?……あなたからは、悪意を感じません。…何か訳がおありなのね」


ああ、強いな。

母は強しというが、この方は恐ろしく強い。

同じ女性として尊敬する。


「今まで通りお母様と呼んでくださる?娘にルイラ様なんて呼ばれるのは悲しいもの」

「ありがとうございます……お母様」


にっこり笑うルイラ。

私は知っていることを彼女に打ち明けた。


ここは現実ではあるが、地球という別世界で創作された物語が元になっている事。

私は38歳までそこで暮らしていた事。

5日後の卒業パーティーで断罪と婚約破棄が行われる事。

そして主人公であるミリー嬢がそのあと考えられないような行動に出る可能性があること。


「ふう、驚いたわ。……あなたはどうされるおつもりかしら」

「はい。まずはエリス嬢を助けたく思います。そして愚かな行動をなるべく防ごうと考えております」


ルイラはじっと私の瞳を見つめる。

私も彼女の美しい銀色の瞳を見つめ返した。


「分かりました。できる協力は致しますわ。……ジェラルドも対象のようですし」

「っ!?」


私は一言も伝えていない。

父であるジェラルドが攻略対象だという事を。


「最近あの方の行動がおかしいのです。ルルにまで手を出しているのよ?あり得ないわ」


ルルはジェラルド伯爵の弟君の忘れ形見なのだそうだ。

私とは本当の姉妹のように育てられていた。

つまり実の姪だ。


1年ほど前からジェラルドは人が変わったように、彼女を求め手折ったそうだ。


「最近はわたくしには近づかないのよね。もう数か月、触れられていないわ。ふふっ、わたくしもまだあの方を愛おしく思っていることが確認できたのだけれど……切ないわね」


私は再度このクソみたいな世界に怒りが湧いて来た。

目の前の美しい女性の心からの想いを踏みにじる設定に、さらにぶち壊してやるという決意が固まっていく。


「お母様。私は他人ですけど、お母様の味方です。必ず正常にして見せますわ」

「貴方は優しいのね。……ええ、お願いできるかしら」


私はそっと彼女の手を取り力強く頷いた。

彼女の美しい瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


※※※※※


ルイラは慣れた手つきで紅茶のお替りを用意してくれた。

再度いい香りが二人を包み込む。

さあ、次のターンだ。

私は気合を入れた。


「お母様、まず今のわたくしの話し方は、違和感があるものなのでしょうか?ルルやお父様、お兄様は別段そのような反応はなかったのですが」


「そうねえ、まあ、いつも通りではあるのよね。でもルルは違和感を覚えているわね。…あの子は普段あなたの事を『ロナリアお姉さま』と呼びますから」


「っ!?……そうなのですね。お父様の指示でしょうか」

「いいえ、あなたの願いよ。……あなた、婚約者がいない事、不思議ではなくて?」


確かにおかしい。

自分で言うのもあれだがロナリアは間違いなく美しい。

どうして婚約者がいないのだろうか。


お母様はまるで可哀相なものを見るような目を私に向けた。


「驚かないで頂戴ね。あなた、百合なのよ」

「……はっ?」


えっ?

なに?

……マジですか!?


「なっ……えっと、同性愛者、という事でしょうか?」

「ええ、どっぷりと。……あなた『百合は世界を救う会』の創始者ですわよ」


なんてこった!?

おいおいおいおい!何やってんの?ロナリア!?


私は青い顔でうつむいた。

そして恐る恐るルイラに問いかける。


「あの……周知の事実なのでしょうか」


ルイラは顔をそらし遠くを見つめる。

あかん。

ガチな奴や。


「はああああああああああああああああああ」

「ふふっ、でもまあ、その『いたす』まではないようですけれどね。ひたすら乳繰り合う程度ですわ」


……少しだけ救われた、のか?

いやいやいやいや、おかしいだろ!?


「はあ、そうなのですね。……私はそういう趣味ないんだけどな……どうしよう」


私にそんな経験はない。

男性経験すらないのに!!


「いい機会だと捉えたらどうですか?頭に大きなけがを負ったことで、性格が変わったとか。きっと受け入れられますわ。わたくしも協力いたします」


希望の光が差し込んだ。

そうだ。

それに全力で乗っかろう。


「婚約者を探した方が良いのでしょうか。その、わたし、経験が……」


思わず顔を赤く染めてしまう。

うう、38歳なのに。


くうっ、何!?このさらしプレイは!!


「うーん、そうねえ。あなた可愛いからすぐに殺到するわね。……この世界の男たちはみんな美形よ?」

「うう、できればこのままが……うう……」


悔しいが良い歳して男に抱かれるのは怖い。

そして嫌だ。

絶対無理だけど、あり得ないけど、わたしは……


抱かれるなら俊則だけだ。


違う男に抱かれるなら死んだほうがましだ。


「ふう、かまいませんわよ。ずうっと独身の方もこの世界ではいらっしゃいますもの。まあ、レイナルドが来月結婚してここを継ぐので、あなたにそういった義務はありませんから」


「は…い……」


私は顔を赤くしうつむく。


「ふふっ可愛いわね。……心に決めた方がいらっしゃるのね」

「っ!?」

「きっとあなたは色々なものを背負っているのね。ええ、本当に可愛いわ」

「あう……」


そのあと取り敢えず問題なく立ち振る舞えるよう、ルイラよりレクチャーを受け、二人連れ添って昼食をとるためダイニングルームへと移動することにした。


※※※※※


はあ、なんか驚愕だったな。

でもこれでどうにか準備は整った。


ルルには説明が必要よね。

出来れば彼女の心の内の確認と、味方に引き入れたい。


断罪まであと5日。

私は拳を握り締めた。

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