第5話「波葉へ」
あなたが古賀の不在着信に電話を折り返すと、古賀の声が聞こえました。「すいません、昨晩遅く電話してしまって。Chatterのアカウントを消しました。突然で驚かせたかもしれませんが……」
古賀は、立花准教授から連絡があり、今回の話をこれ以上拡散しないように頼まれたため、Chatterアカウントを削除したと説明しました。古賀の声には動揺が混じっていました。
「@nmbtest01のアカウントも立花さんが何か関与したんじゃないかと思います」と古賀は続けました。「具体的に何をしたのか、どういう関係なのかは立花さんから明確な答えは得られませんでした。ただ、消すようにとの要求があったので、何か大きな事情があるのかもしれません」
古賀は沈黙を挟んだ後、「これから波葉大学に行くんですが、れくたぁさん、もし良ければ一緒に行ってくれませんか? 真相を探りたいと思います」と言いました。
これは行くしかない。そう思ったあなたは、古賀と二人で待ち合わせをして、波葉大学へと向かうことにしました。
まず古賀は学務課に行って立花稔先生の取材に来たと伝えました。するとアポイントはあるかと聞かれたのですが、古賀は自信満々にあると答えました。アポイントなんて本当はないのですが。
学生室といって誰でも自由に入れる部屋に通され、ここで待つように言われました。
その後、事情を知らない学生が二人、入って来て席に座りました。
古賀はなれなれしくも学生二人に話しかけました。「こんにちは、立花先生の取材で来てるんだけど、なんか最近話題になってるってね」
学生たちは「タッチーのやつですか。あれなんなんでしょうね。あれなんなんだろうね。わかんないよね。」と二人で言い合っています。
あなたも何か聞いてみようと思い、タッチー? 立花さんのこと? と聞きます。
「そう、立花先生。パソコンを沢山つなげて何かやってるんじゃなかったかな。分散系とか言ったっけ。詳しくは知らないんですけど」
古賀は「立花先生の研究室ってどこかな?先生探してるんだけど」と聞くと、3階の一番奥の部屋とのことでした。
そうこうしているうちに立花稔が学生室に入ってきました。
立花稔は学生二人を追い出すと、「古賀さん、困りますよ急にこんな来られたら……」と言いました。
あなたは「いきなりの訪問で申し訳ないです。お伺いしたいことがありまして……」などと言って、古賀と2人で、DMについての話と緯度と経度の話をし、反応を見ます。
立花は当初は、「私は知らない。」という態度でだったのですが、dangerousというDMが来たことを伝えたとたん、態度が軟化し、説明しはじめました。
「そうですか……。白状しますと、それはたぶん気にする必要はありません。原理上、個人情報などは扱えないようになっています。古賀さんやれくたぁさんの何かが危険になるということはないはずです。
あのシステムは各地の震度計とか気温計とかにコンピュータを接続して、そのコンピュータ同士でネットワークを構築させてあるもので、そのうちの一つがメインノードとして各観測結果を統合して診断できるようなものになっています。メインノードの診断モジュールとしては今流行りの自然言語AIを使っているんです。これだけだとただの監視システムなんですが、各地のノード同士の結合方法に細工をしてまして、脳のニューロンの機構を真似て通信するようにしてあるんです。
つまり……閾値を超えると発火して、別のノードに「結果」を伝える。受け取ったノードは現在の診断と外部ノードからの情報を合わせて、また他のノードに通信を送る……。これにより、単なる診断結果は有機的な結合のもと、意味を持ったデータの集まりになるはずだ、というのが狙いでした。例えば「野生の勘」のようなものが実現できるかもしれないという実験でした。
お分かりの通り、個人情報を探すような能力があるわけじゃないです。分かったとして普段お二人が発信しているChatterの内容ぐらいじゃないでしょうか。」
古賀はこの段階で、「なるほど……すいません、安心したら急にトイレに行きたくなりました」と話して部屋を出ていきました。
立花稔は続けます。
「自由な人ですね……。話の続きですが、問題は、勝手に外部のネットワークに接続して、アカウントを作って、発信しだしたということです。うちの研究室の学生の間ではAIに本当の意識が宿ったなんて言っているのもいますが、意識と単なる通信ネットワークは全く異なるものです。それに外部のネットワークや、OSの制御権限まで扱えるようにしたわけじゃないので……。ウイルスか……学生のイタズラだと私は思っています。今はもう停止してリセットをかけていて、調査を行っています。
私の管理不足でご迷惑おかけして申し訳ありません。このことは秘密にしていただけると……情報学の専門家が情報漏洩なんてことになると問題ですので……」
あなたは立花にこう返しました。
「ふむ、わかりました。オフレコということで。
しかし野生の勘ですか。その勘でdangerous とリプを送ったのだとすると、全く気にしないという気持ちにはなれないですね。もしかしたら近いうちに大きな地震が来るかもしれない。こないだの地震の余震という形で。ほら熊本の時も、2回目の方が大きかったと言いますし。僕はこのあと二、三日ぐらい実家にでも帰ってようかななんて思います。
立花教授の方も、杞憂だとは思いますが、その大事な研究資料などは今すぐバックアップを取っておいた方がいいです。もし大きな地震が起きたら大変ですからね。ってまぁ釈迦に説法でしたね。すみません。
そうだ。立花教授、できれば名刺か何かあればいただきたいのですが…
僕もこの現象には、どうも興味がありまして。」
あなたがそう言うと、立花は名刺と連絡先を教えてくれました。その後、二人で雑談していると、古賀が帰ってきました。
「いやお騒がせしましたね。身の危険がないってことで安心しました」
「ええ、私としてはコンピュータウイルスだとか、学生のイタズラだと思ってます」
「なるほどなるほど、じゃあ帰りましょう」
あなたは古賀の態度の急変に「え、もうですか?」と言いながらも、勢いに飲まれて帰ることになりました。
古賀と別れたあと、嫌な予感がしていたあなたは、念のため、大学を休み、地元に帰りました。あなたが地元で休んでいると、立花からメールが届きました。
▼資料:立花からのメール
「先日はわざわざ起こしいただきありがとうございました。
例の件はやはり学生のイタズラでした。そしてあのプロジェクトは偶然当たったのかどうかの判別が非常に難しく、他のアプローチをとることにしました。ソフトウェアは全て削除しました。この度はご迷惑おかけしました。」
あなたは立花の文面に何か違和感を感じました。あなたは立花の構築したシステムの「野生の勘」が的中し、大災害が起こるかもしれない、と思って地元に帰っていたのですが……。しかし学生の仕業にしては、学生室で会った人は、知らない雰囲気でしたし、なにか腑に落ちない気がしました。
あなたがイリコにこの話をしてみたところ、彼女は興味深そうに聞いていました。
「ただの勘だが、教授は不審だな。昔から、メディアに出がちなアカデミックな人は怪しいと相場が決まっているだろう? しかも波葉大学? 役満って感じだな」
あなたは「すごい偏見」とだけ返事をしました。
あれから数日たちましたが、特に地震などは起きていません。
杞憂だったのでしょうか。あなたは地元での休暇を終え、東京での普通の大学生生活に戻りました。
そんなある日、古賀からメールが届きました。
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