第四信:初飛行
こうして自在に浮遊する
その日も月は、煌々と照り輝き、辺りを只ならぬ雰囲気の内に包み込んでいた。私は露台の欄干に腰掛け、一つ大きく息を吐くと、そのままの姿勢で身体を前に倒し、これまで翼を持つ者だけに許された空間へと滑り出して行った。
家の前をなだらかに下って行く草原の上を、少し高い所で滑って行く感覚。それはまるで目に見えないパラグライダーに乗っているかの様な気分だった。月を背に、草の上に映し出された影が、様々に形を変えて走って行く様を、私は今でも思い出す事が出来る。
目の前に迫って来る木々を避けるために高度を上げた私は、そのまま遠くに見える摩天楼に向けて飛んで行った。それは私が何かの拍子に目を覚まし、外を眺める毎に、真っ先に目に留まるのが、何時もその景観であって、都会の光の中にぼんやりと浮かび上がるその姿に、私は訳も無く誘われているかの様な、妙に蠱惑的な印象を抱いていた。
そして私は、眩く光る都会の上に居た。折から強い風が下から吹き付けて来て、私の服を激しくはためかせた。私はそこで大きく手足を広げ、その風の心地好さを身体一杯に感じるのだった。
都会の灯は、目に痛い程眩い物であったのに、何かに押し留められたかの様にそれ以上広がる事無く、為に私は暗い上空で空に溶け込んだ黒い点でしかなく、その姿を誰かに見咎められる事無く、存分に孤島の様に浮かび上がる都会の景観を楽しむのだった。
そうしている間にも、摩天楼の頂は近付いて来、私はそこに空に向けて張り出している骨の腕の様な大きなアンテナを認めるのだった。私はその丁度真上に位置する様に動きを止め、ゆっくりと垂直に降下し、鳥が細い枝に止まる時みたいに、その上に降り立つのだった。
こうして、私の最初の目的は果たされたわけだが、摩天楼の頂からこんな風に周囲の世界をつくづく眺めている裡に、この空に近い高所に独り遠く居て、そして此処に来るまでの経緯を思い起こし、世界から関係を断たれた自身を顧みて、その事に今更ながら驚きながらも、深い感慨を覚えるのだった。
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