第三信:浮遊

 それからと云う物、私はこの所謂浮遊術を自身の物とするべく、日々これ修練と勤しんだ。これを行うには、月の光の満ちた夜が最も相応しい。自分の心を月の光の波長に合わせる様な感覚、要は気分の問題なのだが、古来より月が狂気の象徴とされるだけあって、この様な尋常ならざる試みに於いて実に親和性が高いのだろう。

 コツとしては、意識を半ば眠り、半ば覚めている状態にする事で、この二つのバランスが少しでも崩れると上手く行かないので、これには細心の注意を要した。

 無意識の内にこの状態となった最初の時とは違い、意識的にこの状態に持って行くには、実際並々ならぬ試行錯誤を必要とした。

 その時分、例えば月の光が照り付ける晩に、私の家を見る人が居たならば、その人は露台の上で宙に半ば浮きながら、やたらと手足をバタつかせて藻搔いている私の姿をとっくりと眺める事が出来ただろう。まあ、余り愉快な見世物では無かったかも知れない。

 それは兎も角として、その様な経緯を経て、漸く私は自身の浮遊術を満足の良く域にまで練り上げる事が出来たのだった。

 それを使って私が何をしたかに就いては、次の手紙で語ろうと思う。

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