第213話 分担
「待て待て!まだ日暮れまで時間はあるといってもすぐには無理だぞ!今からだとほぼ行って帰って来るだけになる!」
下手したら今からだと向こうのダンジョンに着いた時点で夕暮れだ。そんな状態で無計画に出かけるわけにはいかないだろう。
今は俺の家には子供達だっているんだからな。
ミーナからは俺達と別行動しているうちに彼ら専用の家を建てる計画の方を進めてもらっているけど、まだ完成は先だし、いつも手伝ってくれてはいるが、まだ彼ら自身では満足に料理も出来ないんだからな。
たしかにストックしてあるパンや唐揚げを充分な数置いていけば向こうのダンジョンに泊りがけで行くということもできるけど、カレーを作りたいという理由だけで子供達に冷えたご飯を食べさせるのは可哀想だ。
過保護かもしれないが、今まで辛い日々を過ごしてきた彼らにはせめて俺らと一緒に過ごしている時間だけでも常に温かい食事と寝床を用意したいからな。
「むぅ・・・じゃあ明日!明日ならいいでしょ!?」
「うん、俺もカレーは楽しみだし、それなら何の問題もないよ」
朝飯を食べた後にすぐ出かければ直接ダンジョンへ行ったり帰りに寄り道することもないから昨日よりも時間は多く取れるし、オリヴィエとサハスの厳選索敵があれば一日でも充分な量を確保できるだろう。
「ついでにカカオもいっぱいほしいなぁ~。豆からチョコを作ったことなんてないけど・・・シスさんなら知ってるのよね?」
どうなの・・・あ、はい。
俺はシスから即座に返ってきた肯定をユウキに伝えるために彼女に頷くと、パァっと表情を明るくし、
「チョコレートはもちろんお菓子にしてもいいけど、カレーにチョコは相性いいから・・・あぁ、楽しみだなぁ~」
ほんとにカレーが好きなんだな。いい顔してやがるぜ。
万能スパイスが万能酵母と同じような使用感を持つアイテムならば、恐らく作る際に希望の辛さを想うだけで、激辛だろうが甘口だろうが自在に出来ちゃいそうだし、俺も楽しみだなぁ。
だけど、俺はあまり辛いの得意じゃないからもし彼女がいわゆる激辛好きだった場合、二種類のカレーを作ってもらう必要があるな。あんな真っ赤でただ口内が痛くなるもののどこがいいのか俺には分かりかねる。
好きな人は慣れれば美味いとかいいやがるけど、こっちはなんで慣れるまで我慢して食わねばならんのだと思ってしまうよね。
「まぁスパイスとカカオは取れる層も違うからどちらかが充分な量を確保できなかった場合は片方ずつだな。ただ、お菓子作りを加速するんだったらもっと砂糖が必要だろ。もうほとんど在庫はないぞ」
お菓子って砂糖をかなり使うからな。
もし新しく手に入れた小豆を餡子にしたいとかになったらもう全然足りない。
だって餡子ってびっくりするくらい砂糖を使うからな。
砂糖はゴブリンアズーカという変な名前でゴブリンウォリアーからドロップするんだけど、あれはレアドロップだからドロップ率も低い。だから狙って確保しようとしない限り、ずっと砂糖不足になることは当たり前なんだよね。
「では私がいつものように子供達を鍛えるついでに砂糖を狙ってみるよ。落とす魔物はゴブリン種だったよな?」
「ゴブリンウォリアーだな。ただ、6層か7層に行かねばならないから敵は今までより強力だ。安全の確保のためにオリヴィエとミーナ、ウィドーさんも連れて行ってくれ」
俺の方は別に一人でもどうにかなる。だがせっかくダンジョンでモンスターを倒すんだから一緒に連れて行った方が経験値を稼がせることが出来るので、なるべく多く連れて行きたいんだけど、ちゃんとした目的があるのならば今回のように分かれて行動するのもいい。
それが出来るのも今までちゃんとレベル上げをしてきたからだから、今後も俺が居なくても充分な活動が出来たり、自己防衛のためにもちゃんと続けていかねばな。
「あ、すいません・・・。私は明日も商業ギルドの方で職人の手配と今後の計画について打ち合わせに行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
ミーナが少し申し訳なさそうにしてちょこんと手を挙げ、俺に明日のダンジョン探索に参加できないことを告げてきた。
「あ、そうか。それじゃミーナはそっちに専念してくれ。ミーナ一人に全部任してしまってすまないな」
「いえ、そう言っていただけるととてもありがたいです」
すまないとは思うけど、だからといってそっち系の話を他の者が代われるかといったらたぶん無理なので、彼女に任せるしかないんだけどね。
家の事は秘密基地も出来たし、そんなに急ぐ必要も無いけど、だからといって停滞させるのも問題だ。少しずつでもちゃんと動かしていくことは重要だと思う。
「それじゃ、ファストのダンジョンへはオリヴィエ、アンジュ、ウィドーさんが子供達を連れて行ってくれ。ただ、今回イデルは危ないから留守番だ。家にはネマに残ってイデルの面倒を見てもらおう」
俺の指示に名前を呼ばれた面々はコクリと頷く。
「マサラ村の方へは残りの俺、ココ、ユウキで行ってくる。一応スパイスの方を優先するつもりだけど、それで大丈夫だよな?」
ユウキさん。そんなにブンブン首を縦に振ってると筋おかしくするぞ。
「サトル兄ちゃん!今度は何を作ってくれるの!?」
さっきから話しは聞いていたが、知らない単語ばかり出ていたからか、言っていることを理解出来ないでいたライは、今まで大人しく聞いていたものの、ついに我慢ができなくなって次に何を作るのかと聞いてきた。少し前からウズウズしてるのが見えてたからな。来るとは思っていたよ。
「カレーっていってな。とろみのある黄色いスープと煮込んだ肉や野菜が合わさって美味しい食べ物だ。楽しみにしててくれ」
「ほえ~。まぁ兄ちゃんの作るものは全部美味いからな!楽しみだ!な、ジンク!」
「うん・・・でも明日はいつもより強い魔物の場所に行くみたいだから僕たちもしっかりしないとね」
「おう!そうだな!それじゃちょっと外で訓練するか!ついてこい!ジンク!」
ライは子供達の中で一番活発で元気だ。いつも大人しいジンクと一緒に居て、彼を引っ張っていこうとするが、実はその行動はジンクによって巧みに誘導されているのに最近気が付いた。
アンジュから聞いた話だと、槍使いの彼は突撃しがちな剣士のライのすぐ後ろにいつも居て、彼に時々その時々に適切な声がけをすることで彼の行動を制御し、かなり見事な連携を見せているらしい。
しかもその声がけは指示や命令のようなものではなく、ライは自分が動かされていることに気が付いていないらしい。俺は実際に見たわけでは無いので、何ともいえないが、もしかしたらジンクは人を動かすことに長けた才能を持っているのかもしれないな。
「さとぅー、こえー。ねっ。こえー」
ライとジンクが勝手口から出ていくのを見ていたら、足元から匙にのせた小さなアップルパイがカットインしてきた。何だと思って下を見ると、イデルが一生懸命スプーンを持った手をこっちに伸ばしている。
「ん?俺にくれるのか?」
「うん。おいしー。ね。こえー。おいしー」
イデルが差し出してくれた匙を口に咥えると、しっとりとしたパイにほどよい酸味のリンゴをこれまたほどよい甘味が口の中に広がる。
「さとぅー、おいし?」
「うん、美味いぞ。ありがとな、イデル」
「んひひぃ」
俺がお礼を言うと、それを聞いたイデルはにかぁっと笑い、また自分の席へと戻っていった。
子供の笑顔というのはなんであんなにも愛おしいのだろうね。
あんなんはいくらあってもいい。
明日のカレーでまた笑顔の花を咲かせてみせようじゃないか。
作るのは俺じゃなくてユウキだけどね。
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