第212話 第二の万能
「おおー、ちゃんとクッキーだ。美味いな」
サクサク食感と程よい甘さ。それでいてどこかしっとりしているのがまたいい感じ。普通に金出して食べるくらいのものなんじゃないかと思う。
俺は酒が飲めないってわけじゃなくて嫌いでもないけど、どちらかというと甘党だし、家で嗜むような習慣もなかったので、お菓子なんかはゲームのお供によく食べていたけど、そんな俺が食べてもこれは全然いけるできだと思う。
「凄いです!こんなに美味しい焼き菓子が作れるなんて!尊敬します!」
「んふぅ~。おいし」
みんなで作ったからいっぱいあるけど、やっぱり今の窯では焼く速度が間に合わず、いつものハムスターになるくらい口に入れてしまうとすぐになくなってしまうと思った・・・のかどうかはわからないが、今日はゆっくり嚙みしめるように一つずつ口に入れているオリヴィエは、ユウキ主導で作ったクッキーにとても感動していた。
ココも目を細めて鼻息荒くして美味しそうにしている。
「こっちのリンゴを使ったアップルパイというのも凄いです!あの歯ごたえだけ酸味の強いリンゴがここまで甘くなるなんて・・・」
この世界の果物は・・・とはいっても俺は世界全体を回ったわけじゃないからこの地方の、といった方が正しいが、少なくともこの辺で売っているものはほとんど野生のものばかりなので、日本のように品種改良などしていないものばかりだから、見た目は同じ様でも味はかなり落ちる。
今日ユウキがアップルパイに使ったリンゴも小さいし酸っぱいから生で食べるには少し辛いが、こうやってお菓子にすると全然いけるな。
「砂糖を使っているとはいっても、貴族が食べているようなただ甘いだけの菓子とは違って美味いな」
「アンジュは貴族の菓子を食べたことがあるのか?」
「昔ちょっとな・・・」
へぇ~。まぁアンジュは俺と出会う前から冒険者としてかなり名が通っていたらしいし、貴族からの依頼とかもあっただろうしな。そんな機会もあるだろう。
「この砂糖をまぶして揚げたパンもおいしいねぇ~。まわりがサクサクなのに中はいつもの柔らかいパンのまま・・・。アタイは今幸せを口に入れているよ」
ウィドーさんが食べているのは揚げパンだ。
焼き菓子は生地はいっぱいできたけど、窯不足もあって量を用意するのが大変だったから、俺が外で色々作っている時にいっぱいストックしてあるパンを出してくれと言ってきたが、これを作るためだったんだな。
揚げパン懐かしいなぁ~。
小学校の時の給食にたま~に出て来た時は凄い嬉しかった。未だに高級なものよりこういったものの方が好きなのは、たぶんその記憶が俺の脳に刻み付けられているからってのもあるだろう。
「ケーキも作りたかったけど、型が無いのよね・・・」
「え、生クリームって作れるのか?」
牛乳があればなんとかなるのかな?たしか牛乳をかき混ぜても生クリームにはならないよね?
「生クリームが無いケーキもあるでしょ。パウンドケーキとか。でもたしかに生クリームはほしいよね・・・でも残念だけど、私は作り方を知らないわ」
「そうか・・・え?」
ユウキが残念そうにしているのに俺が答えた時、突然頭の中に声が響いた。
「牛乳から生クリームを作る方法はあります」
まじか。さすがシスやな。ふむふむ・・・え・・・?まぁそれはそうだが・・・。
「生クリーム作れるらしいぞ」
「え?本当!?」
突然生クリームが作れるとその製造方法を伝えてきたシスの提案を伝えた俺の言葉を聞いたユウキは身を乗り出してきた。
「俺自身もそんな強引な・・・と思った方法だったけど、今の俺なら可能らしい」
「強引・・・?まさか・・・」
「そう、こうやって・・・な」
俺が顔の横で手首だけ回す様なジェスチェーを見せると、ユウキはそれまでの明るい表情から懐疑的なものに変わり、
「・・・ほんとうなの?それ・・・」
俺だってその半信半疑になる気持ちはわかるけど、シスが言う事に間違いがあるとも思えないので、きっとたぶん出来るんだろう。
ちなみにその強引な手段の他にも普通に作るやり方もあるらしいが、そちらだと室温や天候、湿度などにかなり出来が左右される上に、手間と時間がかかるらしい。
だから強引であっても手っ取り早く出来て、しかもその方が安定するのであれば、そちらを選ぶのは当然だろう。
「でも生クリームが出来るなら色んなものが出来そう・・・レシピや工程が曖昧な部分があってもサトル君が教えてくれるんでしょ?」
「正確には俺じゃなくてシスだがな。そういや昨日のダンジョンで手に入れたドロップアイテムの中にもいくつか興味深いものがあったぞ」
昨日のマサラ村北西にある山岳ダンジョンは超効率的に行ったということもあって、ドロップアイテムは拾ってすぐにストレージに入れていたが、ちゃんと初見のものは鑑定してたので、相変わらず名前だけではわけのわからないものもあったが、そんな中でも数個俺も知っている名前があった。
俺がそれらをストレージから取り出して机の上に並べていくが、ユウキをはじめ他の面々もそれらを見ても不思議そうな顔をするばかりだった。
どう見てもただの豆粒みたいなものや粉を固めたような形状のものばかりだったので、鑑定が無ければ何が何だかわからないのはしょうがない。俺もそうだったしな。
「これは小豆にカカオ、それに万能スパイスだ」
「カカオって・・・チョコレート!?それに万能スパイスって・・・」
俺もこれがドロップした時は驚いた。万能酵母に引き続き久しぶりに出た万能シリーズ。今回はスパイスだ。
一瞬スパイスが万能でも出来る事なんてと思ったが、俺の脳裏に黄色いアレが浮かんだ時、その考えはすぐに改めることになった。
「もしかしてこれがあれば・・・」
「そう、恐らく・・・あの国民食が作れると思うぞ」
俺の人生の中でこれが嫌いだった人は聞いたことが無い。誰一人いないと断言することはできないけれど、日本国民の1%も居ないのではないかと思われるほど万人受けするインドからの伝来品を完全に日本人好みにアレンジしてほとんど別物に仕上げてしまったアレ。
そう、カレーだ。
「作ろう!何を隠そう、私はカレーが大好きなの!部活の大会前には決まって食べていた位なんだから!」
「サトルの食事を食べてさほど興奮しなかったユウキがそうまでいうほどのものなのか、そのかれえというのは」
異世界にきて久しぶりに食べた食事だったから嬉しそうではあったけど、たしかに俺の食事を食べた初めてのリアクションとしてはこの中で一番薄かったかもしれないな。
みんな突然裸になったり口から虹を出したりするリアクションに負けない位の反応だったしね。
「私も食べてみたいです!」
「ふんふん!!」
俺達の話を今まで黙って聞いていたオリヴィエやココもユウキの反応を見てそれが大層美味しいものなのだろうと想像し、カレーを求めている。だが、
「・・・今は無理だ」
「何でよ!?」
「これがドロップしたのはあのダンジョンの3層でな・・・。在庫もこれ一つしかない」
そう、あのダンジョンで3層の滞在時間はほぼ駆け抜けてしまったので物凄く短かった。その代償としてせっかくの万能シリーズであるこのスパイスも手のひらにちょこんと乗る塊くらいしか無い。
これでも五、六人前くらいなら作れそうだが、全員分となるとさすがに無理だ。それに今までの経験から通常の一人前では全く足りない。絶対みんなおかわりするしな。
「行こう・・・」
「へ?」
「今すぐあのダンジョンに戻ってこれをかき集めよう!さあ、はやく!!」
出会ってからはじめてアグレッシブユウキが俺達の前に現れた瞬間であった。
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