第208話 自信

相変わらずの下品な声をあげながらこちらに姿を見せてきたデダントは、左腕は失ったままだったものの、右腕は何故か元に戻っていて、大きな鉈のような武器を持っていた。


痛めつけたまま治療していなかったはずの腿も治っているようで、元気にその足でバリケードだった木箱や木材などの残骸を踏み壊していた。


俺は不測の事態に備え、奥に引っ込んだ村人と前に出て盗賊を対処しているカイトのちょうど中間位の位置に立っていたので、デダントはこちらには気が付いていないようだ。


捕縛してからもオリヴィエはあいつの目の前で会話したけど、俺の記憶では今カイトのすぐ背後で腕を組んでいるアンジュはあいつと顔を合わせていないと思う。

その証拠にアンジュを見てもデダントは舌なめずりするばかりで恐れている様子はないしな。


あいつが余裕そうなのは直接あいつに対処した俺を発見していないからだろう。それに、あいつはたった四人と一匹に自分の盗賊団がやられたなどとは思っていないだろうしな。

たぶん大量の騎士団に見つかって電撃的突撃でもされてやられたとでも考えているのかもしれない。


「オレァ今むしゃくしゃしてるんだ。気が付いたら俺の盗賊団がほぼやられていて、しかも虎の子の回復薬も使っちまうハメになっちまった・・・それなのに片腕は治らずじまいときた!」


なるほど、それで俺が痛めつけた脚と切り落とした腕の片方が治っていたのか。どんな回復薬だったのか気になるけど、きっとポーションのようなものだろうな。

ポーションは俺も少ないけど使った経験はある。その感覚でいえば普通のポーションは腕の回復をするようなものではなかった気がするから、もっとランクの高いものか、別種のものだろう。


あのアジトにあっためぼしいものは片っ端から俺のストレージに没収させてもらったのだが、おそらくどこか見つかりづらい所にでも隠していたのだろうな。


「だからオメェらには俺の憂さ晴らしになってもらう!・・・いつもだったら被害を大きくし過ぎるとあの真面目な領主を本気にさせちまうからやらなかったが・・・もうアジトもバレているからな。今日は徹底的にやらせてもらう!ただの一人も生きて明日を迎えられると思うなよ!!」


デダントの後ろからニヤケ面しながら新たに五人の盗賊が現れた。

バリケードを突破しようとしていたやつの人数が合わないと思っていたが、どうやら破壊したのを確認した時にその中の数人がデダントと合流したのかもしれないな。


「オメェらは南側の門を封鎖しろ。ここから蟻の子一匹逃がすんじゃねえぞ」


「へい!」


五人の盗賊が左右に分かれて走り出す。

どうやら村の両端から回って南側入り口を塞ぐつもりらしいな。

どちらかを対処してもどちらかが辿り着ければ問題ないという、村人との力の差に自信があるのが窺える作戦だな。

やつらの表情と村人達の怯え方からみても、それはやつらの増長などではなく、きっと歴然たる事実なのだろう。それくらい村人と盗賊では力の差があるということだな。


もしかしたら盗賊が一向に減らないのはこういったことも理由の一端になっているのかもしれない。

盗賊は戦士など他の戦闘職と違って魔物を倒す必要もなく、取得しようと思えば誰でもできる。

それこそココのような力のない者でも盗みをするだけでいいのだ。


盗賊団のアジトには罪人も居たので、おそらく罪人も盗賊と同じように戦士のような戦闘職には劣るものの、村人なんかに比べればずっと戦闘に長けているのではないだろうか。


だとすれば、戦闘職を得られなかったろくでもないやつらは罪を犯すことで簡単に力を手にすることができる・・・ということになる。


そのかわりに表立った社会的生活を送れなくなるが、きっとわざと職業落ちするようなやつらはそんなことは織り込み済みだろうからな・・・。職業落ちは最初自動的に犯罪者を判別するいいシステムかと思ったが、こういう落とし穴もあるのだな・・・。

まぁどんなにいい仕組みや仕様も、人の手で運用することで、それらはいくらでも腐らせることが出来るというのは歴史が証明しているからな。

この職業落ちも例外ではなかったということだ。


俺はココとサハスに目配せをして、村の封鎖に向かった盗賊達の対処を指示した。

俺の意図を汲めなかったら直接言いにいこうかとも思ったが、俺と不思議なつながりのあるサハスはもちろん、ココも俺の指示を理解し、こちらに頷いてからサハスと反対の盗賊達のもとへ走り出した。


あいつらを封鎖に向かわせたということは、逆に考えれば南側からの伏兵は無いということになる。

だからもう目の前のデダントさえなんとかしてしまえば、もう村人達を傍で守る必要はないので、その役目だった二人を向かわせたのだ。


「ヘヘヘ・・・なんだか知らねぇがエルフのねぇちゃんまで居やがるじゃねぇか・・・あー、エルフは長生きだから実はババアだったりするんだったか?」


あ、アンジュの方から何かが変な音がすると思ったら、組んでる手が掴んでいる鎧部分が悲鳴を上げていた。

そのままだと何の罪もないキミの鎧がひしゃげちゃいそうだからやめてあげて。


「まぁ顔は整っているから歳はどうでもいいか、どうせいつもやりすぎてすぐ壊しちまうしな・・・ヒャッハッハッハッハ!おいねぇちゃん、そんな鎧を着ているくらいだから戦えるんだろぅ?かかってこいや!その背中の弓が射れたらの話だけどなぁ!」


こいつは弓を見下し過ぎなんじゃないのか?

たしかに弓は支援的側面のつよい武器で、対人戦において一対一で向き合って戦うような武器ではないかもしれないが、それはこの世界でレベルをあげた弓使いと対峙した経験があれば、そんな発言は出来なくなるだろうね。


アンジュの弓は恐ろしい精度と連射力を兼ね備えているうえに、矢を番えてから放つまでの時間は恐ろしく短く、その速射力は西部劇でみる早撃ちガンマンのような印象さえ受けるほどだ。


しかも彼女は短剣も併用することで、弓が苦手としている近距離にも対応してしまうのだ。

弓使いでありながら一人で前衛、中衛、後衛の役割をすべてこなしてしまう彼女は視界内の敵がすべて射程内なので、そのうち一人オールレンジアタックを実現してしまうのではないかと思うくらいだ。


近距離での戦闘はさすがにオリヴィエには及ばないだろうが、攻撃面においてウチで一番バランスがいいのはアンジュだろうな。


そんな彼女を怒らせることは俺でも忌避するっていうのにコイツは・・・。

まぁ、今はいくら怒っていてもアンジュは手を出さないけど、これ以上彼女の逆鱗に触れるような事を言ったらわからんぞ。


「お前の相手は・・・俺だ!」


一番前で剣を構えている少年を無視し、アンジュばかりを見て挑発していたデダントに、カイトは力強く一歩前に踏み出しながら、戦うのは自分だとアピールしたが、


「あ?なんだてめぇは?ガキは引っ込んでろ!てめぇなんか潰したって俺の猛りはおさまらねぇんだよ!」


「お前のようなやつに潰されるもんか!かかってこい!」


よし、デダントの強い語気にも怯むことなくちゃんと立ち向かえているな。少しだけまだ怯えは見えるが、それはまだ自分の力への信頼が固まっていないからだろう。

いくら力を得て念入りに調整もしたといっても、それらはすべて今日一日の出来事だ。


人は普通力を得るには訓練したり、実戦を繰り返したりして少しずつそれを積み重ねていくものだが、彼にはそれが無いため、まだ自分の力を信じ切れていないのだろう。


さっきの盗賊はレベル2だったし、明らかに雑魚で実力もなかったが、彼が今対峙しているデダントは盗賊団を率いているだけあって、盗賊のレベルは11とかなり高く、威圧感も段違いだ。

あのでかい態度と自信も、実力があるからこそのものなのだろうね。






「・・・ガキが・・・いきがってんじゃねぇぞ!!」


カイトの挑発に激昂したデダントが、咆哮のような声をあげながらでかい図体を揺らして走り出し、右手の大きな鉈を振りかぶった。

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