第207話 覚悟

「く、くそおお!もうだめだあぁーー!!」


「ヒャッハーー!オラオラどうしたー!壁が緩くなってきたぞぉー!?」


人数差があるのに余裕そうな盗賊達に対してなんとか踏ん張っていた村人達だったが、それを弄ぶように徐々に力を加えていく盗賊達に押され、もう限界そうだった。


「村長!」


「カイト!?それに・・・使徒様!?」


「え?使徒さ・・・うわぁ!!」


村長の声にその場に居た村人達が一斉にコチラを向いてきたが、そのせいで抵抗の力が緩んでしまい、木の棒や箱などで急ごしらえしていたバリケードは壊されてしまい、積み上げていた物が勢いよく崩れ落ちた衝撃でモクモクと土煙が上がっていた。


「全員下がれ!後は俺達に任せろ!ココ、サハス・・・村人達を守れ。ユウキは俺の傍に」


「ああ・・・神様、ありがとうございます」


「皆の者!怪我を負っている者に手を貸し、急いでここから離れるぞ!・・・使徒様、ほんとうにありがとうございます」


その場の者達に指示を与え、撤退を促した村長は、俺達にお礼を言ってきたので、俺がコクリと頷いてやると、泣きそうな顔になりながら村の中へと避難していった。

ココとサハスも彼らを近くで護衛するために村人と一緒に移動したが、村人達は小さい一人と一匹も一緒に避難していると勘違いしている様子だった。

まぁまさかあの子らが自分達より強いなんて思わないだろうからしょうがなくはあるけど、ココはその村人達の対応を少し不満そうにしていた。


「カイト、やれるか?」


村人達が避難するのを確認しつつ、俺はカイトに声をかける。


「・・・うん」


ちょうどいい・・・といっては襲われている村人達に悪いが、この経験はカイトにとっても、この村にとっても今後絶対にプラスになる。

この小さな少年に、いくら相手が畜生にも劣るような存在だとしても、今から俺は彼に人殺しをさせようとしている。


日本に居る頃の俺だったらこんなことをさせる自分が信じられないだろうが、今の俺はこの行為を当然のものと思っているし、むしろ村を守る上で必要な覚悟を得る機会がやってきてくれてありがたいとすら思っている。


世界が変われば人も変わるもんだな。


「アンジュはカイトの支援だ。必要と感じるまで手は出すな」


「心得ている」


アンジュも元々手を出すつもりはなかったのだろう。

この機会がカイトにとってチャンスだと思っていたのは俺だけじゃなかったようなのに気付き、俺は少しだけ安心していた。


表面では必要なことと割り切っているつもりでも、やはり心の奥底では少年に人を殺させることに忌避感を抱いていたのかもしれない。

だが、アンジュの返事で俺の判断は正しかったのだと確信を得ることができ、気持ちが楽になった気がした。


「俺達は手を出さない。一人で守ってみせろ」


「・・・はい!!」


俺の宣言に覚悟を決めた様子のカイトは、剣を握る手に音が鳴るほど力を篭め緊張した様子だった。


そして、土煙の向こうからゆっくりと三人の盗賊達が姿を見せる。


「ひゃはははは!ん?なんだオメエら?」


「うひょー!エルフだぁ!おい!あいつは絶対に殺すなよ!!」


「たまんねぇなぁ・・・あの白い肌・・・あー、お頭綺麗なまま寄こしてくれねぇかなぁー」


余裕の笑みを浮かべながら入ってきた盗賊共がアンジュを見つけると、下卑た笑みを浮かべ、興奮した様子で彼女を捕らえた後の事を話していた。


レベルを上げて魔物も単独で倒し、実力も得たカイトだが、やはり今までなすすべもなかった盗賊達に対する記憶が恐怖心を沸き上がらせてしまうのか、少し震えている。

そんなカイトにアンジュがそっと近寄り、その肩に手を置いて顔を近づけ、


「大丈夫だ。今のお前ならば盗賊などいくら来ようが問題になどなりようもない。自信を持って戦い・・・みなを守れ!」


と声をかけ、更に俺に聞こえない程の小さな声で、何かをカイトの耳元で囁いてから、小刻みに震える小さな背に、バシンと音を鳴らしてアンジュが叩くと、カイトの顔に残っていた怯えが消え去り、未だ余裕の高笑いをしている盗賊達を睨みつけ、数歩進んで彼らの前に立ち塞がった。


「なんだこのガキャぁ?」


「おこちゃまはかぁちゃんのおっぱいでもすすってなぁ!」


「この村は・・・俺が守る!」


前に出て来たカイトに罵声を浴びせている中、剣を向けてきた少年に啖呵を切られた盗賊達は、お互いの顔を見合わせた後、


「ギャハハハハハ!おい!このちんまいのが勇ましいこと言ってるぞ!」


「ブハハハハハッ!すげえすげえ!勇気ある少年だなぁ・・・だがそれは勇気じゃなくて、無謀っていうんだ・・・ぜぇ!」


笑いながら近づいてきた一人の盗賊が、刃渡りの少し長いナイフをカイト目掛けて振り下ろす。

しかし、カイトはそれを難なく受け止めてしまう。


「ブッ!オメエ何ガキに・・・え?」


カイトに攻撃を防がれたことをおちょくろうとしていた後ろの盗賊だったが、その話しかけていた男の首がゆっくりと体から離れ、落ちていくのを見て何が起きたのか分からず絶句した。


やがて力なく崩れ落ちる体の向こうから、剣を振った姿のカイトが盗賊達の目に映る。


「て、てめぇぇぇ!!」


「おらぁ!死ねぇぇぇ!!」


仲間を一人やられてしまったことに慌てたのか、残りの二人が同時にカイトに向かっていったが、微妙にズレている攻撃のタイミング差を利用し、少し先に突いて来た男のナイフを剣を振り上げて弾き飛ばしてから、返す刀でコンマ数秒攻撃が遅れた男に剣を振り下ろし、肩口から脇腹にかけて大きく深い切り傷を斜めに刻み付けた。


明らかに致命傷となったその傷から赤い血が吹き出す中、武器を飛ばされてしまった男が身の危険を感じて反転し、逃げ出そうとする背中から心臓を突き破り、剣先を盗賊の左胸から出す。


「あぎゃあ!!」


一瞬の断末魔の後、数秒間体全体を痙攣させていたが、それもすぐ収まって完全に脱力した所でカイトは剣を引き抜いた。


「・・・ふう」


「大丈夫か?」


剣から滴り落ちる血が倒れて動かなくなった盗賊の傍らに零れ落ちていく。そんな様子をじっと見つめ、一息ついていたカイトを案じたアンジュが声をかけた。


「うん・・・自分でも驚いているけど、思ったよりなんともないや」


俯いているように見えたから俺も少し心配していたのだが、アンジュの声掛けで顔を上げたカイトの表情は特に強張っているようなこともなく、その言葉通りに忌避感などはあまりなさそうだ。


カイトの心が元々強いのか、それともレベルを上げたことによる影響かはわからないが、盗賊なんかで心を痛める必要もないから問題ないな。

こいつらは害虫にも劣る存在なのでな。酷い言い方のように感じるかもしれないが、盗賊達がその拠点でやっていたことを考えればこいつらはこれっぽっちも尊ぶ必要のない存在だということはわかるはずだ。


口に出すのもはばかられるようなことばかりなのであえて言及しないがな。あれらを一度でも目にすれば、こいつらに優しくしようなどという考えは消え失せるはずだ。それくらい酷い。


「うおおおおぉぉーーー!!すげえ!カイトが盗賊共を倒したぞ!!」


「なんであの子にあんな力が・・・」


「なんにせよ助かった!よかったぁ~」


身を隠しつつ、家の窓や建物の影からこちらの様子を窺っていた村人達が、カイトがいともたやすく自分達が抑えられなかった盗賊達を倒してしまったのを見て歓声を上げていた。


だが、


「やけに騒がしいじゃねぇか・・・虫けらどもがピーピーと何を泣いてやがる」


ドスの効いた低音の声がその場に響き、それまで沸いていた村人達も一瞬にしてしんと静まり返った。


そして、やっとおさまりつつある土煙の向こうから、今までの盗賊達よりもフォルムの大きい影が見えてきた。


あれ?こいつは・・・。






「ん?オイオイ・・・なんだぁ?やられちまってんじゃねぇか・・・なっさけねぇ」


消え去った埃から姿を現したのは、昨日俺達が捕まえて、その後完全に忘れ去られていた、盗賊団のボス、デダントだった。

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