第205話 駆け抜け

「ワフワフ」


「楽しんでるところ悪いんだけど、次行ってもらってもいいかい?」


嬉しそうに香木を甘噛みしていたサハスだったが、今はレベル上げに専念していただきたいので、申し訳ない気持ちではございますが、ここは心を鬼にして進言させていただきました。


すると、それを聞いたサハスはとても口惜しそうに、断腸の思いでといった感じで超渋々加えていた香木を俺に渡し、それがストレージに入るまで視線で追い、亜空間に消えると物凄くがっかりして前足で地面を二度程強く叩きつけてから、鼻を鳴らしてやっと走り出した。


・・・そこまであれがよかったの?

っていうかああいうのって動物にとっては臭い匂いだったりするんじゃないんか?

それとも俺の眷属になったせいで、そういった感覚も人に近いものになっているのだろうか・・・。


まぁそんなに欲しいのなら次ドロップしたらサハスの物にしてあげても・・・。

あ・・・サハスが凄い勢いで首を回してこっちを見た。


目の輝きがハンパじゃない・・・。

なんか凄い既視感・・・あれ、急に方向転換してどこへ・・・あ、まさかお前・・!


・・・俺の予想通り、サハスが導いた先にいたのは、例の枯れ木だった。


この既視感はあれだな。

ドロップで好物が作れると聞いたオリヴィエの時と一緒だ・・・。このままほっとくと、たぶんコイツは他の魔物が近くに居るのを無視してオールダーウッドばかりをターゲットにするな・・・。


さっき俺が思ったことは口に出していないが、俺とサハスはお互いに考えていることがある程度分かってしまうから、感じ取ってしまったのだろう。

先に手を釘をさしておくか。


「サハス。意図的に近くの魔物を無視することは禁止する。聞けないのなら、香木の話はなしだ」


「!?・・・クゥ~ン」


そんな殺生な~的な感情がひしひしと伝わってくるが、これを許すとレベル上げの効率が下がること間違いなしなのだ。そんなことは俺が許しても、俺の中に根強く残っている効率厨が許してくれない。


「大丈夫だ、ちゃんと普通にやってくれるなら、次の香木が出るまでこの層に留まってやる。だから頑張ってくれ」


「アン!」


現金なもので、俺からの確約ともいえる約束の発言を聞くと、サハスはすぐに方向転換してすぐそばの斜面に隠れていたゴブリンの所へ俺達を案内した。


素直なのはいいが、これで恣意的に案内していたのも確定したので、ドロップした香木はちゃんと約束通りサハスにあげるが、お仕置きも確定だ。

お前の口吻はしばらく使い物にならないと知れ。俺がハムハムしてやる。


その後はオールダーウッドを倒す度にサハスが少し落ち込むというのを十回近く繰り返しはしたが、香木がドロップした瞬間のサハスの喜びようは凄かった。


レベルも順調に上がっていて身体能力がかなり向上しているサハスは宙返りしたり3mくらい飛んだりと、落ち着くまでそのはしゃぎようをみんなで眺めていたが、いつまでたっても収まらなかったのでそろそろ行こうと声をかけると、サハスは香木を咥えたまま走り出し、そのまま3層へと続いているだろう虚無穴に飛び込んだ。


ここまで順調に層を進めているが、さすがにもう少し先の魔物を対象にしないと、この辺の魔物では経験値が少ないため、効率が悪い。

ダンジョンに潜る度にこの移動を繰り返してるけど、やっぱりめんどくさいよな。


だからといって1層や2層でちまちまやるのはさすがにキツイ。ドロップアイテムも大したものが出ないしな。

香木だってサハス以外のものからしたらただのいい匂いがする木だし、そういうのは生活が豊かになってはじめて価値の出るものだから需要自体は少ないだろうな。


貴族なんかに売れそうだけど、貴族を相手にすると色んな面倒ごとが起こりそうだから近寄りたくない。

この世界に来て出会った貴族は二人・・・いや、三人か。

その中の二人は大ハズレだったわけだから、打率は三割ちょっとだ。


残りの一人であるカルロはいい人物でハズレではないと思うが、それでも先日面倒事を押し付けられたのだから、貴族イコール面倒事と言っても過言ではない。


走りながら魔物を切り裂き、どんどん進みながらもそんなことを考えていたら、すでに4層への虚無穴へたどり着いていた。

そして4層と5層もあっという間に駆け抜け、6層にやって来た。


ここまでくると数もそうだが、敵の強さが更に上がり、

ちゃんと足を止めて攻撃すればまだまだ一発で霧に返せるのだが、駆け抜けの辻斬り戦法ではさすがに一撃とはいかなくなる。


なので、今回の経験値稼ぎはここでやろうと思う。

まぁ予定通りではあるんだけどね。


そもそもこれ以上進めると帰るのも大変だからな。日帰りの探索となると、これ以上進むのは逆に効率が悪くなる。

だから、もし今後10層とかそれ以上進めようとするならば、ダンジョンの中で何泊かする前提で予定を組まなければならないと思う。


ダンジョンで宿泊かぁ~。

ベッドとかはストレージに入れてあるけど、やっぱり寝るなら簡単な物でも壁とか欲しいよな。

今度簡単に組み立て出来る小屋でも作ってみようかな。出来るかどうかはわからんけど。


一番いいのは家をそのままストレージから出し入れする方法だけど、さすがに家サイズを持ち上げようとすると、色んなところが壊れる。

持ち上がらないと言えないのが変な感じだが、今は家だろうが岩だろうが、持ち上げる力があると自分で思っちゃっているのだからしょうがない。


ほんと、レベルって滅茶苦茶だよな。


「ここからは魔物と出会ったらちゃんと立ち止まって戦う。カイトも背中から降りて自分で走ろう」


「わかった!」


カイトの剣士はまだレベル4だが、そのくらいならもう俺からの補正値もそこそこ入ると思うから、ついてくる分にはなんとかなると思う。


「攻撃出来そうなタイミ・・・機会があったら手を出しても構わないぞ。ユウキもな」


最近は意識しないでも自然と英語を避けられていたけど、こういったほぼ日本語として扱っていたものはふとしたタイミングで口から零れてしまうよな。

それでも途中で気が付くだけ偉いと自分でも思う。


「了解。・・・ちょっとここまでのサトル君の動きを見てると自信を失いそうだけど・・・やってみるわ」


そう自信なさげな顔で言うユウキだったが、マルチジョブの職業欄をすべて埋めた恩恵が早速発揮したせいか、今は俺達にちゃんとついてこれているし、息もたいして乱れていない。


俺のように複数持っているわけではないが、それでもやはりボーナススキルというのは大きいよな。

選んだのがマルチジョブってのもいい。


PT設定変更などは一つのパーティーに一人でいいしな。経験値倍増は重複すれば凄いけど、おそらくそんなことはないだろうし、鑑定はあれば便利だろうけど、それも近くに使える人間がいればやってもらえばいいしね。


シスことシステムサポートはそもそも無かったらしいのと、詠唱破棄とMP回復倍増が無いのは痛いが、いまさらないものねだりしたってしょうがない。


「アンジュは基本的にカイトについてやっていてくれ、俺はユウキをサポートする」


あくまで戦闘を行うのは俺とサハスがメインだが、戦いに参加しようとするとどうしても危険はつきまとうからな。

それもアンジュが見てくれていれば大丈夫だろう。


ちょっと過保護かもしれないが、今の層はカイトやユウキにとっては実力に見合わない強い相手との戦いになるからな。そのくらいでちょうどいいだろう。


ちなみに今回アンジュは俺達のパーティーに入ってはいない。

経験値は人数で割られてしまうので、パーティーメンバーを増やしてしまうと経験値が分散してしまうからだ。


普段ならなるべく多くパーティーに加えた方が結果的に効率よくなるのだが、今回の様な特定の人物のレベルを上げたい時は意図的に人数を絞るのは有効だと思う。


パーティーに入っていないと俺のパーティー補正は受け取れないが、そんなものなくても今のアンジュが6層如きでどうにかなるはずもないからな。単独でも彼女なら全く問題ないだろう。






後はこの層で出来るだけレベルを上げ、カイトに単独で村を守れるだけの力を与えることが出来れば、今日の目的達成だ。

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