第203話 山岳フィールド
「ここか・・・」
マサラ村近くのダンジョンは全体的に崖が壁のようになっているサラグレイブ山脈が一部だけ少し抉れたようになってその奥に行けるようになっている場所があったのだが、そこに入ってすぐ行き止まりになった壁に例の虚空穴があった。
俺達はそこから中に入ると、いつも通り一瞬視界が闇に包まれ、それが晴れた俺の目に映った光景は、見慣れた森のものではなく、そこには草木がほとんど生えていない荒涼とした大地にそびえ立つ山があった。
山は視界の少し先に霧がかかっていて、頂上は全く見えない。
てっきりいつも通りの光景が待っていると思っていた俺は意表を突かれた形になり、ついついその山をぼーっと見つめてしまったのだが、
「山だな」
「やま」
というアンジュとココの100%純正見たまんまコメントを口にしていたが、俺も全く同じことを思っていたので、ツッコむことは出来なかった。
山は入口にあったサラグレイブのような崖ではなく、それに比べればゆったりとした傾斜にも見えたが、よく観察してみるとスキーの初級者コースくらいの傾斜はあった。
坂は綺麗に真っ直ぐ続いているのではなく、自然形成されたようにでこぼこしており、
ふと目の前の山以外が気になって周りを見回してみると、
「うおっ・・・そんなことある?」
左右どころか後ろにも全く同じ傾斜があり、俺達の居る場所はさながらすり鉢の一番底のような場所であった。
「まぁ・・・山のフィールドを全方位に展開しようと思ったらこうなる・・・のか?」
なんか違う気がするけれど、これ以外の方法だと山以外の方向を目に見えぬ壁を設置するとかそこが見えぬ奈落にして進行不能状態にするとかしかないか・・・。
いや、そもそもダンジョンには物理的な壁があるという話が以前話題にあがっていた気がするな。
そうすると透明な壁パターンも奈落パターンも無いのか。
でも、もっとこう・・・山の中腹にある洞窟から出てくるとか他の方法があったんじゃないかと思うけどなぁ・・・。
「とりあえず・・・行こか」
なんか変な空気になってしまったが、いつまでもこの奇妙な景色を前に惚けているわけにもいかないので、当初の目的であるレベル上げを開始する。
俺が開始の言葉を発するやいなや、名前を呼んでもいないのにココの背中からサハスが飛び出し、大いに尻尾を振りながら自らの役割を果たす為、山を駆けのぼりはじめた。
少し先にある霧にはすぐに到達するものと思っていたが、こちらが進むと霧も後退し、いつまでたっても近づく気配がない。
もしかしたらあの霧はこのマップの視界を制限するためのものなのかもしれない。
とてもゲーム的であるが、ダンジョン自体がそういう存在であるので、あり得ない話ではない。
森と違って木も生えていない地形のため、霧以外の場所も一見見晴らしはよさげなのだが、思ったよりも山には裂け目や窪み、坂の傾斜による死角などがあって、油断すると魔物の奇襲を受けそうな印象があった。
サハスが最初に先導してくれた場所に居た魔物も、そんな死角に潜んでいて、俺達が近づくとそこから大きな花のような魔物が飛び出してきて襲ってきた。
まぁ虚はつかれたけど、所詮は1層のモンスターなので俺は冷静にその奇襲を難なく躱し、ビターンと地面に叩きつけられた花のような頭をした小人のような「花小人」という印象そのままの名前を持つ魔物を羽交い絞めにして持ち上げる。
短い足をバタつかせて必死の抵抗を試み続ける花小人であったが、俺の拘束を解く力は持ち合わせておらず、脱出できずにいる。
「よし、これをその剣で倒すまで斬りつけ続けるんだ」
このダンジョンに入る前に、カイトには以前俺が使っていた銅の剣を渡しておいたので、それで倒すように指示を出す。
ゴブリンよりも的が小さいので難易度は高いだろうが、所詮は手足だけバタバタしている動かない標的なので大した問題は無い。
もし間違ってカイトの攻撃が俺に当たったって俺が深手を負う事は無い。
元の世界出身の俺からしたら人体が刃物を斬りつけられて傷を負わないというのはとても不思議なのだが、実際に俺はこの身でミーナの攻撃を二度程受けたことがあるので実証済みだったりする。
まだ今よりも戦闘に慣れていない頃、ダンジョンでの活動で中衛であるミーナの槍の軌跡上に俺が割り込んでしまって起こった事故だったのだが、鎧の無い場所に受けた攻撃だったにもかかわらず、多少の衝撃はあったものの、傷などを負うには至らなかったのだ。
俺とミーナにはレベル差はほとんどないが、俺はマルチジョブで複数の職業をつけているから恐らくその分防御力的数値やHP的数値が高い故の結果なのだろう。
レベルがあるのだからそういった他のRPG的要素もあると俺は踏んでいるのでたぶん間違いない・・・と思う。
「・・・おりゃ~!」
カイトが振った上段からの攻撃は、剣で攻撃したとは思えないぺちんという効果音を出して花小人の花びらで止まっていた。
「もっと脇をしめろ!叩きつけるのではなく、敵の居る空間を引き斬るような想いを描いて攻撃するんだ!闇雲に剣を振るな!今を止まっている敵で実践できるまたとない訓練だと思って一撃一撃を大切にしろ!」
アンジュ鬼教官の激も飛ぶ中、カイトは俺が羽交い絞めにしている花小人を攻撃し続けている。
やはり村人の攻撃だと、動かない的に対しての全力攻撃を繰り返しても全然倒れない。まぁ子供達やオリヴィエ達の時も同じだったから今更驚きはしないが、これじゃ村人が魔物と戦うのはほんとに無謀なのだなぁと毎回実感する。
しかも村人側は一撃攻撃を受けただけでもかなりのダメージを負うというのだからな・・・。
そら物流も人の移動も最低限に留まるわけだよな・・・。
「ハァ・・・ハァ・・・どおりゃぁぁーー!!」
肩で息をするほど全力で斬り続けたカイトは、アンジュの教えを守ったキレのいい渾身の一撃を加えると、花小人はピクピクと少し痙攣をしたかと思うと、今までバタつかせていた手足が力なくだらんと垂れ、黒い霧になって消えた。
「お、やったな」
子供達の時はさりげなく羽交い絞めにしていたゴブリンを剣の挙動に合わせて俺が前へと突き出したりしていたため、ここまで苦労することはなかったのだが、今日は折角アンジュがマンツーマン指導をしてくれていたので、野暮なことはせずにカイトの自力だけで倒してもらった。
そのおかげでカイトの振る剣はかなり良くなったが、その分時間も体力もつかってしまったので、ここから先は今朝のレベル上げと同じようにして効率を重視にする。
花小人を倒し、戦闘職取得の条件をクリアしたカイトの村人を戦士へと変更し、彼を背に乗せてサハスの先導についていく。
俺の意図を完全に理解しているサハスはその誘導するスピードをかなり上げているため、とんでもない速度で次の標的に向かうが、魔物を発見しても止まることなく俺が一撃で屠ってそのままずんずん進み、どんどん山を登っていく。
すると、ずっと今まで続いていた山の斜面が途切れ、霧の向こうから山頂が見て取れるようになった。
そしてすぐに頂上に辿り着くと、そこには例の虚空穴があった。
どうやらここが2層への入口ってことみたいだな。
俺達はそこに迷いなく飛び込み、色々と新鮮だった1層を後にすると、
「うわぁ・・・そうか、まぁそうだよな・・・」
2層に入り、俺達が目にした光景は、1層に入った時と全く同じものだった・・・。
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