第191話 非道

「あぎゃっ!」


「何だてめぇら・・・!!うぐっ!」


「て、てきしゅ・・・ぎゃあ!」


部屋の左側で木製の小さな樽のようなジョッキで酒を煽っていた盗賊をオリヴィエがジョッキごと切り裂いたのを皮切りに、アンジュもオリヴィエと反対側の制圧を始め、俺は阿鼻叫喚の盗賊達の叫びを背に、既に奥の通路まで移動していた。


通路の先は直進を軸にいくつも左か右にT字に分かれている。


「声は・・・あっちか」


洞窟の中で反響していて分かりにくい。だがオリヴィエのような超感覚は持ち合わせていなくても、俺でも集中すれば聞こえてくる方向くらいは分かる。


俺は悲鳴と下卑た笑いが混ざった声に不快指数を著しく上昇させながら、その場所へと急ぐ。


「あそこか!?」


他の横道と違って一つだけさっきの大部屋のように灯りが漏れている場所を発見した。

その通路に飛び込むと、そこは横長の部屋に三分割された牢屋が並んでいた。

牢はお世辞にもしっかりとした作りにはなっておらず、太さも間隔もバラバラな木製の格子が張り巡らされているが、それでも人を閉じ込めておくのは充分なものだろう。


「あがっ・・・もうや゛め゛・・・」


「ひゃはははは!!おい!さっきまでの元気はどうしたぁ!?」


「頭ぁー。あんまり壊さないでくださいよー、俺達も楽しみたいっす」


そしてその中央の牢屋の中では一人の女性に大柄な男が覆いかぶさっていて、牢の前には四人の男がそれを見て笑ったり興奮したりしていた。ゴミ共め。


「ファイアーレイン」


「おい、さっきはお前だったんだから今度は俺の番だぞ。先に・・・ん?なん・・・ぎゃああああぁぁぁぁ!!」


「何だこれ・・・急に火が・・・あつぅぅぅいいいいい!!」


小さな火種のような炎の塊がいくつも牢屋前の男達に降り注ぎ、全員燃やしていく。

一つ一つは小さいが、それは髪や服に燃え移り、やがて一つの大きな炎となって下衆共を焼いていく。


だが俺はそんなものに気を回している暇も意味もない。クズ共の一つしかない行く末などは無視し、牢屋の柵を切り裂く。


「なっ・・・なんだテメェは!?俺を誰だと・・・」


「知るか、ゴミが」


「へっ?あがあぁぁぁぁ!!」


斬った柵が床に落ちる音に反応し、振り向いてすぐそばに置いてあった剣を手に取ったが、俺は大男の両方の上腕を横一文字に切り飛ばした。

大男はさっきまで自分の腕があった場所を見ながら激痛に叫び、横に転がった。


すると、俺の視線の先に顔が腫れ上がり、原形をとどめて居ない裸の女性が現れた。

抵抗できなくするためか、ただ痛めつけて楽しんでいただけかは知らないが、左腕もあらぬ方向に曲がっている。


「もう・・・やめ・・・たひゅけ・・・」


何本も歯も折られてしまっている上、瞼も腫れ上がって塞がっている為、こっちを認識出来ていない女性は、いまだに何が起こっているのかわからないのか、助けを求め続けている。


「・・・もう大丈夫だ・・・ヒール」


余りの光景に怒りばかり沸き上がってくるが、今は目の前の女性を癒すのが先だ、とても見てられん。


俺が回復魔法を使うと、みるみるうちに腫れは引いていくが、一回ではまだ腕が治りきらない。


「やめて・・・誰か・・・えっ?」


腫れが引いたことで俺を認識出来た女性が、突然引いた痛みに困惑している。


「い゛だああああぁぁぁぁい!!俺様の腕がぁぁぁ!」


「ひぃっ!」


「うるさいぞ、黙っていろ」


「あぎゃああああぁぁぁ!」


女性の横に転がった大男が喚いたので、太腿に剣を突き刺したが、余計うるさくなっただけだった。

もう殺してしまおうかと思ったが、こいつはさっき牢の前に居た男の中の一人が頭って言ってたからな。


鑑定してみても名前欄にデダントと表記されていたので、こいつが盗賊団のトップだろうから、生かして捕えておく。

こんなことをするやつはどうせ後に処刑されるだろうが、カルロなら何か情報を引き出すか何かに上手く利用するかもしれないからな。


だが、


「な、なにを・・・ぐぎぃぃややあああぁぁぁっ!!」


さっき刺した腿とは逆の左足にも一刺ししておく。これは俺の気分を害した罰だ。

そんなことをしてる間にクールタイムが終わったので、被害者の女性にもう一度ヒールをかけると、腕がゴキゴキと少し気持ち悪い音と動きをしているが、傷と腕の曲がりが治っていく。


「え・・・うそ・・・いひゃみが・・・」


裸のままにしておくのはこちらも気まずいので、ストレージからベッドに使う予定だったブランケットをかけてやる。


「あ、あひがとうごはいます」


「もうちょっと待ってくれ。すぐにそれも治してやる」


失った歯はヒールでは治せなかったが、リカバリーならば治せるはずだ。

俺が言ったそれが歯のことだとわからなかったのか、ポカンとした表情をされてしまったが、まぁ後数秒すれば体感してもらえると思うので説明は省かせてもらおう。


クールタイムを待ってリカバリーをかけると、ちゃんと歯は治った・・・が、治した歯だけがやたら白く、少し目立つな・・・。まぁそのくらいは我慢してもらおう。


「え?私の歯が・・・こんな・・・こんなことって・・・」


人の歯は人生で一度しか生え変わらないことはさすがにこの世界の人でも知っていると思うから、まさか失った歯を取り戻せると思っていなかった女性は物凄く感動していた。


「ここに捕まっているのはキミだけじゃないよな?」


「はい、まだたくさんの娘たちが捕らえられていると思います・・・」


「わかった」


この部屋にもまだ二部屋あるので、俺はとりあえず左隣の牢屋を見に行くと、そこには今助けたこの娘よりも惨い状態の女性の姿があった。

女性と判別できるのも、膨らんだ乳房が片方だけ残っていたので、辛うじて分かるほど・・・という酷い状態だ・・・・・・だが、


「・・・・・・まだ生きている・・・!」


乳房だけではなく右手首なども欠損していたが、女性の体はピクピクと痙攣していた。


「くそ・・・間に合え!ヒール・・・ヒール!!」


まだコンマ数秒クールタイムが残っていて、最初のヒールは発動しなかったが、ほんの少しだけ間を置いた回復魔法が発動し、各部の傷口と二倍程に膨れ上がってしまっていた顔面の腫れが少しだけ引いた。


「ダメだ、このままじゃ・・・」


ヒールは傷を回復してはくれるが、このままでは恐らくこの女性の体力が持たない・・・体力を回復させるサナトリウムもあるが、この傷をこのまま放置すれば少し体力が回復したところで意味はないだろう。


くそ・・・せめて両方の魔法を同時に使えれば・・・。


「ご主人様!」


そこに大部屋の制圧が終わったのか、オリヴィエが駆けつけて来てくれた。

・・・いいタイミングだ!ナイスオリヴィエ!


「オリヴィエ!すぐにウィドーさんを呼んできてくれ!」


「・・・!はい!!」


俺がボロボロの女性の前に居るところを見たオリヴィエはすぐにその意図を察し、元の方向へと戻って行った。


すると、俺が次の魔法をかけられるようになったタイミングでオリヴィエがウィドーさんをお姫様だっこして帰ってきた。

素晴らしき迅速さ。さすがオリヴィエだぜ。


「ウィドーさんはこの女性にサナトリウムを!俺はヒールで傷を治してからリカバリーをかける!」


リカバリーで血の再生はできないので、本当はすぐに使わない方がいいだろうが、彼女は血色自体はラルフの時ほど悪くはなく、使用しても問題ないと判断した。


万全を期すならば数日後に使うのがいいのだろうが、失った乳房などを見てしまったらと考えるとそうも言ってられないだろう。

トラウマはもう植え付けられてしまったかもしれないが、さらに上乗せすることはない。体の傷も大事だが、同じ位に心の傷も大切なのだ。


二人体制ならば危篤だろうがなんだろうが関係ない。

体力と傷の同時回復はそれくらい凄い。

ただ、サナトリウムはシスによると、体力の前借的側面も持つらしく、むやみやたらに使うとその後数日寝込んでしまうくらいに疲労が後からくるらしいので、この女性は救出後にそうなってしまうことは後で説明しておこう。


説明し忘れたラルフ君は今頃寝込んでいるだろうが、彼にはシンディというつきっきりで看病してくれる相手がいるので大丈夫だろう。むしろ男にとって羨ましい事例の一つなのだから逆に感謝してもらいたいまである。


数回の連携回復魔法を使用後、仕上げのリカバリーを発動して女性を完全に回復させることに成功した。


「・・・ここは・・・?私どうなって・・・あれ?」


目を覚ました女性は少し混乱していたが、まだ助けるべき人が居るかもしれないので、とりあえずブランケットをかけ、


「辛い思いをしたと思うがもう大丈夫だ。後は俺達について来てくれ」


「あ・・・あぁ・・・ふぐっ・・・うぅ・・・」


俺の言葉で自分の身におきていたことを思い出してしまったのか、それとも救出がきたことからの安心感からか、女性は泣き出してしまったが、俺はそれを一発で止めるイケメンスキルを持ち合わせていないので、後は自分で頑張ってくれ。イケメンじゃなくてごめんな。これはこんな顔にした神にクレームを入れてくれ。






「よし、次へ・・・」


「誰か!!そこに誰か居るの!?助けて!お願い!!」


この部屋の残りの牢にも、どうやら女性が捕まっているようだ。

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