第190話 悲鳴

「あれだ!兄ちゃん、あそこ!」


「え?どれだ?」


カイトの案内でマーチグレイグ北側の山肌沿いに飛ぶこと数分。

それまでじっと地上を何一つ見逃すまいと注意深く凝視していたカイトが、突然俺の顔の横から腕を伸ばし、地上の方に指を差した。


しかし、少年が指し示しているその先を見ても特に何かがあるようには見えなくて、どこに向かったらいいのかいまいちわからない。


「ほらっ!あそこの山の斜面をよく見てくれ!少し人が通れそうな場所があるだろ!?」


実に元気のいい声でハキハキと伝えてくるカイトだが、このままだと俺の左耳が聞こえづらくなってしまいそうなのでもう少し音量を落としていただきたところではあるが、今はそれよりも少年が伝えようとしている情報を見落とさないようにする方が重要なので許してやろう。


「ご主人様、あそこではないですか?森の木々に見え隠れして分かりにくいですが、あのひときわ高い木の奥に・・・」


オリヴィエの指差す方向もカイトと同じ場所を示している。やはりそこに何かあるようだ。

だが、二人が教えてくれているだろう場所を凝視しても俺には何も発見することは出来なかった。


俺以外にも、アンジュとウィドーさんも同じようで、眉をひそめてその場所を見つけられないでいる。


「もっと近づいてみよう」


このままこんなところで間違い探しのようなことをしてもしょうがないので、俺はその答え合わせをさっさとするべく、二人の示している場所へ向かった。


「もうちょっと右・・・そう、このまま・・・ほら!見えたぞ!」


「うわっほんとだ・・・」


30m手前くらいまで近づいてやっと俺にも判別が出来た。

当たり前の話だが、崖の山肌は全てが平面ではなく、縦方向にも横方向にも所々で段差のようになっているのだが、ある一点だけその段差が大きくなっていて、角度を変えるとその段差部分に奥へと通じてそうな場所がある。


俺は山の洞穴を拠点にしていると聞いたから、テントの入口のような形の穴がどっかに空いているのかと思っていたが、あれは穴というよりも段差の間にある裂け目だな。それが山を少し登った場所にある。


しかも角度によってはその裂け目自体も見えないので、偶然発見するか、事前に知っている者でなければ発見するのは難しいのではないだろうか。

そこへ続いている道も、一見すればとても道とは呼べるようなものではないが、不思議なもので一度認識してしまうとそれが道だと分かる。

人の意識がいかに先入観に振り回されているかというのがこういうのを体験するとよく分かるよな。


「なるほど・・・これは気が付かんな・・・」


「・・・アタイにはまだ発見出来ないんだが・・・」


ここまで近づいても発見出来ないウィドーさんだが、それもおかしなことでは無い。俺もアンジュもたまたま同じタイミングで発見しただけだ。

気が付くまで気が付かない。当たり前のことなんだけど、こういうのはそういうもんだ。


更に近づいてその場所を示してやると、どうやらウィドーさんにも発見出来たようだ。


「よくもまぁ、こんな場所を・・・」


これを人の手で作ったとは思えないので、自然が創り出した奇跡を利用したのだろうけど、こんな森の奥にある場所をよく発見出来たもんだ。


「盗賊は街を出入り出来ないからな、逃亡生活をしていた誰かがたまたま発見したのだろう。あいつらは数と暇だけは腐るほど持っているからな」


微妙に褒めているようでかなり貶しているアンジュの説明は至極納得できるものだな。こんな場所は奇跡的な偶然に頼るしかないだろうが、人数を増やせばその確率は人数分上昇していくので、現実的な数字にもなるのだろう。


つまり、この世界に盗賊とはそれほど多く存在する、ということでもある。

村や街の数やその人口を考えるとそんなにいっぱいいるというのは少しおかしい気もするんだけどな・・・。


「ご主人様!あの洞窟から女性の悲鳴が聞こえます!」


盗賊団の拠点と思わしき洞穴まで後10m程というところでオリヴィエの耳が悲鳴のような声を捕らえたということは、よっぽど奥まった場所にいて外に漏れる声が小さいか、今まさに発せられたかのどちらかだろう。

オリヴィエの聴力がこの距離の音を聞き逃すはずもないしな。


「・・・急ごう!」


見張りがいるかもしれないが、そんなものを気にしてもしょうがない。

出口がどこかに何箇所かあったら面倒なことにはなってしまうが、逃がさないためというのはこの悲鳴の主を見捨てるという選択肢をとる理由にはならないからな。


「このまま中に突撃するぞ!オリヴィエとアンジュはついて来てくれ!ウィドーさんは入口を制圧したらその場で待機して見張っていてくれ!」


俺は全員に簡潔な指示を出して洞穴のすぐそばに着地する。

すると、縦に長い裂け目のような入口の影に居た見張りと思われるスキンヘッドの男と目が合う。


「な・・・なん・・・!!」


驚きたじろぐ男に素早く近づき、その胸に剣を突き立てて無力化する。

剣を引き抜くとダラリと脱力した男が前のめりに倒れて少し痙攣しているのでまだ生きてはいるのだろうが、もう充分に動けはしないだろう。


「よし、それじゃ・・・」


「ちょっと待てサトル」


「ん?どうした」


ハグの要求なら後にしろよ、今は緊急事態なんだ。ほっぺにチュウくらいならすぐしてやるぞ。


「少年が背中でぐったりしているぞ」


「あ・・・忘れてた・・・」


悲鳴が聞こえて急行したまではまだよかったのだろうが、見張りとの距離を詰めるときの動きは結構本気を出したからな、背中から離れた感覚は無かったが、それが逆に彼に負担をかけてしまったようだ。

たしかに普通の村人が耐えられるようなスピードじゃなかったな、失敬失敬。


まぁこのまま洞窟の中には連れていけないし、ちょうどいいっちゃちょうどいいから、後はウィドーさんに任せよう


「カイトはここに置いていく。このまま中へ行くぞ」


俺の言葉にオリヴィエとアンジュは真剣な表情で頷く。

気を失ってはいないが目を回してしまっている少年を入口付近の壁際に降ろし、ウィドーさんに任せて突入組は中へと進行する。


入口は縦に細長くて狭かったが、少し中に入ると三人くらい肩を並べて歩いても余裕があるくらいの通路が奥へと広がっていた。

片側に人の手で広げたような形跡も見られるので、たぶん後から掘って広げたのだろう。


見張りの男が居た以降は人の姿は無かったが、10m程進んだところで視線の先に松明と思われる揺らめく灯りと共に人の話し声と・・・まだ小さくはあるが、女性の悲鳴が俺の耳にも届いて来た。


・・・不快だ。何故女性にこんな声を出させるのか理解出来ん。女の子には笑顔で居てもらった方が絶対いいだろうが。


俺達は松明のある広い空間の手前で通路に背をつけ、中の様子を確認すると、酒を煽っている十五人程の男達が楽しそうに話していた。

部屋はかなり広く、いくつものテーブルや椅子を並べられる程で、壁際にはいくつもの酒樽が並んでいる。

奥には更に通路があり、どうやら悲鳴はその先から聞こえてきているようだ。


本当に気分が悪い。助けを求める女性の声が響く中で何故こいつらはこんなにも楽しそうなのか、理解不能すぎて同じ人間なのかというのも疑問に思ってしまう。鑑定しても人種の盗賊という表記は出ているが、実はこいつらは人間ではなくて魔物の類なんじゃないかと思ってしまう。






「俺は奥に進む。アンジュとオリヴィエはここの制圧してくれ。終わったらアンジュはここで見張りを、オリヴィエは奥の援護を頼む」


小声で二人に指示を出し、二人が頷くのを確認して、俺達はすぐさま行動に移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る