第188話 マサラ村
男は手に持った鎌をこちらに向けているが、遠くからでも震えているのが分かるくらいに怯えている。
鎌も武器で使用できるようなファンタジー色の強い首刈り鎌のようなものではなく、刈れても精々庭先の草くらいの完全に農作業用の物だ。
使いようによってはそれでも人を殺めることが出来るかもしれないが、レベルと職業制があるこの世界では村人がそんなものを振り回しても、怖くもなんともないだろうなというのが正直な感想だ。
「俺達はこの付近にいるという盗賊団を討伐するためにギルドの依頼でトレイルから来たものだ!怪しい者ではない!」
ガタガタ震える村人を安心させるため、自分の素性を伝える。
俺の家はファストだが、依頼を受けたのはトレイルだし、大きい街の名前を出した方が安心感も増すだろうからファストではなくトレイルにした。
「俺達!?まだ他に誰か・・・女?」
先頭を歩く俺の影になってオリヴィエ達が見えていなかったのか、女性達の姿を見て、村人の男は構えを解く。
「本当に・・・助けが来てくれた・・・のか?」
女性が一緒だから安心するというのもどうなんだとも思うが、今はその方が都合がいいので良しとしよう。
俺達はそのまま村の門に歩いて近づいていく。
鎌の男が何やら横を向いて何かを言うと、門の影から姿を現した男が村の中へと走っていった。こっちからは見えなかったけど一人じゃなかったのね。
たぶん走り去った男は俺達の来訪を村内に報告しに行ったんじゃないかな。状況的にそうだと思う。
「あの壁は随分ボロボロだけど、あれは盗賊のせいとかじゃないよな?」
「そうだな、あれは大昔に国境の関所だった名残だから経年劣化だろうな。今はこの北も帝国の領土だから関所機能はないし、この村は商人達向けの宿場としてそこそこ発展はしているが、防衛線を繰り広げる程ではないから戦闘がおきてもあの壁を壊しにかかるものはいないだろう。登ったり門を突破した方がはやいからな」
防衛線を維持し続けるのは結構な人員がいるっていう文字をどっかの将軍が吹き出しから吐いていたのを見た気がする。
壁は取りつかれたら登るのはそう難しいことでは無いからな。
村のあるここの渓谷幅は50m超くらいだけど、この範囲でも壁に張り付いた敵を上から排除するのは相当な人員が必要なはずだし、壁ばっか守っても門がこじ開けられたら意味はない。
というか門構えはあるけど、撤去されたのか扉がないからそもそも壁を守る意味もなさそうだ。
「とりあえず中に入って話を聞いてみるか」
盗賊団を討伐するにはやはり拠点を潰さないと話にならないからな、その位置の情報を村人が持ってるかどうかは分からないが、闇雲に辺りを探すのは最終手段だからな。聞き込みが先だろう。
一旦村の人に話を聞くために歩を進めたのだが、徐々に村人が集まってきた。とはいっても十人に届かない程の人数だが、やって来る人達は一様に期待を込めた表情を俺達に向けて来ていた。
「見てみろあの鎧!きっと騎士団のお偉いさんだぞ!」
「ほんとだぁ・・・あんな綺麗な鎧はオラ見た事ねぇぞ」
口々に俺やみんなの来ているミスリル装備を見て興奮している村人達は、最初の怯え方が嘘のように希望に満ちている様子だ。
門構えをくぐり、左右に割れた村人の間を歩き、村の中に足を踏み入れ、
「俺達はトレイルのギルドで依頼を受けた冒険者だ。この村で誰か盗賊団の情報に詳しい者はいないか?」
「冒険者・・・?騎士団の方じゃないのですか?」
俺の言葉を受けた瞬間、村人に明らかな動揺が走ったのを感じた。
なんじゃコラ。俺達じゃ不満なのか?こちとら帰ったってええんやぞ。
「今回は派遣予定だった騎士団は来れなくなった、だから代わりに俺達が領主の依頼を受けたんだ」
「そ、そんな・・・カルロ様はワシらを見捨てたのか・・・?」
「冒険者の・・・しかもこんな少人数で一体何が・・・」
「終わりだ・・・この村はもう終わりだぁ・・・」
俺達の素性を知った村人達の失望が凄い。希望が見えたと思ってからの騎士団じゃないと分かった時の感情の落差がえげつないな。
まぁ普通に考えたら通常はレベル差の少ないこの世界において盗賊団のような集団に対応するなら、こっちもそれなりの人数をかけなければならないはずで、そうなると必然的に騎士団のような組織でなければ討伐出来ないと思うのも無理はない。
冒険者であっても合同などで人数を増やすこともあるのかもしれないが、やはりこういった内容のものでは練度や連携面で騎士団の方が適切なのだろう。
ならば村人達の反応はしょうがないともいえるが、本人達の目の前でやらんでほしいね。モチベが下がるわ。
「まぁとりあえず話を聞かせてくれ。誰か詳しい情報を持っている者は居ないか?」
「・・・ロハス、みなさんを村長の所へ連れて行ってやってくれ」
後からきた少しガタイの良い中年の男が最初に俺を見つけた鎌を持った男に指示を出すと、俺達はその男に連れられて村の奥へと入っていく。
マサラ村は門を抜けると補修跡は目立つが石造りの大きな建物が多く目につくが、少し進むと木造の平屋ばかりになっていく。
これは恐らく昔の施設を流用している場所とそうでない場所の違いなのだろうな。
道自体は門から真っ直ぐ続いているが、これも街道をそのまま使っただけに思える。
何故なら整備されたような道はここだけで、その左右にはまるで統一感の無い配置で家が建っているからな。
ここまで門から真っ直ぐ進んでいた男だが、ある地点で道から逸れ、他の家と特段変わり映えのしない一軒の家に向かいだす。
どうやら村長だからと言って特別大きい家に住んでいるといったことは無いらしい。案内の男がその家の扉前まで行き、建付けの悪そうな扉を数回ノックしてから、
「村長!デダント討伐の依頼を領主から受けたという冒険者がやってきました!」
と、俺達の訪問を簡潔に報告しながら呼びかけた。
すると、数秒もしないうちに扉が開き、中から銀髪の老人が顔を覗かせる。
老人といっても杖を突いたり腰が曲がっていたりしているようなことはなく、元気そうに見えるが、少しやつれた感じにも見える。
「その話は本当か!?一体どんな方々が・・・おお!あなた方が討伐隊の代表の方達で!?」
扉越しに報を聞いた村長は最初の村人達と同じような希望に満ちた顔を俺達に向けてきたが、
「代表といってもここにいる人数が全てだけどな」
というと、結局さっきの村人達の反応をリプレイしたかのような結果となった。
「は・・・?」
困惑と共に失望を隠そうともしない村長はひどく落ち込んだ様子だったが、なんとか気持ちを戻し、口を開く。
「とりあえず中へ・・・どうぞ」
暗い表情のままに体を引くことで扉を大きく開け、俺達を中へ招き入れる。
失望感を持たれることは俺もしょうがないと思っているのでもう特に不快感はない。俺だって自分の村が危機に晒されている状態の時に、男一人と女三人が子狼を連れてやってきたら何の冗談だと怒る自信がある。
俺達はサハスが戦力だと知っているが、普通に見たらただの子犬だしな。何で討伐にペット連れなんだと。ふざけてんのかとな。
村長の家へと入ると、そこはなんとも簡素な間取りで仕切りも何もない家の中央にテーブルと奥の壁際にベッドが置いてあるだけの実に簡素なワンルームだった。
全部で四人が座れるだけのテーブル席だった為、オリヴィエとウィドーさんが席に座ってアンジュは席を他に譲り、俺の後ろ側の壁に背をつけて腕を組んでいた。
俺もテーブルの椅子に腰かけると、サハスが俺の膝の上に飛び乗って座り、テーブルの上に顔を覗かせている。
村長はそんな穏やかなのどかな雰囲気の俺達に溜息を吐きながらも口を開いた。
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