第187話 グレイグ渓谷
「今回の討伐にココは連れていけない。悪いがミーナ、ココを連れて家に戻ってくれるか?」
「!?」
「わかりました」
自分は連れていかないと言われたココはその言葉を聞いて俺に驚きの表情を向けてきたが、今回の依頼は討伐で、しかもそのターゲットは罪人とはいえ、人だ。
そんな任務にまだ幼いココを連れてはいけない。
ココを家に連れていくのにミーナを指名した理由は、まず討伐依頼ではオリヴィエとアンジュはもちろん外せない。
戦闘力的にはミーナの方が上なのだが、ウィドーさんは被害者がいた場合の治療要因としての活躍が見込めるから、消去法でミーナを選択した。
魔法は使うのに詠唱が必要なので、今回のような多数の相手には後手に回る恐れもあるしな。
ミーナは今回も俺の意図を正確に理解してくれたようで、素直に指示を受け入れてくれたが、ココはイヤイヤと首と手足を振って抵抗したが、オリヴィエとアンジュになにやら諭され、渋々といった感じだがミーナと共にファストの家へと飛び立っていった。
「よし、俺達も行こう。とりあえず街道沿いに北へ行けばいいんだよな?」
「マサラ村はククライツの更に北、グレイグ渓谷の間にある旧国境の村だな。距離的にはここからファストの距離と同じくらいだと思うぞ」
「それなら急げば1時間かからないくらいか。日が落ちる時間には余裕で間に合いそうだな」
距離と方角の確認も出来たので、俺は全員にフライをかけ、北に向かって飛ぶ。
「以前アンジュが討伐したという盗賊団もそのマサラタ・・・じゃなくてマサラ村付近で活動していたのか?」
アブナイ。魔物使いが封印使役したやつで戦い合うゲームの初期村と間違えるところだった。
「私が討伐したガンダー盗賊団はククライツの西側の森の中に拠点を置いていた。デダントの拠点は分からんが、活動範囲と立地的条件からおそらく、マサラ村から西に伸びるマーチグレイグ山脈か、北へ続くサラグレイグ山脈のどこかにあるんじゃないかと予想はされていた」
空から見ると、北の地平には西にずーっと続く山のすぐ右側に高い山が一つそびえているのだが、さっきの話を聞くとその山は一つに見えるがこちらからみた奥側・・・つまり北へずっと続いているのだろう。
今回目指しているマサラ村はその山脈がそれぞれ途切れ、渓谷となっている場所にあるらしい。
旧国境と言っていたから、現在はその先も帝国なのだろうが、おそらく昔は違ったのだろうね。
左手側にはグラウ大森林と、俺達のラブ・・・秘密基地を作った龍籠山がある。
反対の右手方向はトレイルからまっすぐ伸びる街道と、その左手に森が広がるがグラウ大森林ほどの規模はない。
まぁ大森林という名がついているくらいだから、あそこはこの世界でも有数の森なのだろうしな、そうポンポンとあるはずもないか。
「じゃあやっぱり手前の村に寄るよりも、直接その渓谷の村へ行った方がいいよな?」
「そうだな。多少の情報は掴めるかもしれないが、やはり本拠点から近い方が被害も情報も濃くなるはずだ」
ならやっぱりそのまま拠点があるだろうとされている場所に一番近いマサラ村へと行った方がいいだろうな。
飛行にもだいぶ慣れた俺達はグングンとスピードを上げ、目的地へと急いだが、かなりの速度となった時、普通の飛行は問題なく出来るようになったウィドーさんがついてこれなくなったので、それ以降は彼女が出せる最高速に合わせて飛行した。
後方でウィドーさんが何やら言っている感じだったが、この速度では風圧が凄すぎて2m程しか俺との間隔はあいていないがそれでも何を言っているか分からなかった。
だけど、あれはたぶん表情から察すると、速度を合わせられないことへの謝罪だと思う。
あれだけ苦手そうだった飛行をこの短期間でここまで出来るようになっただけでも凄いんだ。謝ることは無いさ。
さすがにこの速度だと目的地が目に見えて近づいてくる感覚があるな。
街道沿いに飛んでいるが、さっき一つの村の上空を通過したが、あれがさっきいってたククなんちゃらなんだろう。
その村を通過した頃から左手の森は山に変わり、最初は緩やかだった山の傾斜だが、すぐにドンドン角度が上がっていって今はもう龍籠山と同じような崖になっている。
遠くに見えていた右手側の山も進むにつれて近づいてきて、マサラ村がすぐ近くに見えた頃には二つの山の間隔は50m程になり、まさに渓谷といった感じになってきた。
もう目的のマサラ村はすぐそこだ。
俺は少しずつ速度を落としながら、
「ここいら辺で降りて後は歩いて行こう」
と、みんなに伝えた。
俺達の事を知っているトレイルならまだしも、何も知らない村人たちの目の前に突然降り立ったりしたら驚かしてしまう事間違いなしだ。
そのため、俺はみんなに声をかけて村から少し離れた場所に降りるため高度を下げ、村の500mくらい手前の街道に着地した。
「凄いとこだな・・・渓谷とは聞いていたけど、こんなに両側の崖が高いとは思わなかった」
高さはどの位あるだろう。地面から見上げても両側からの圧迫感が凄くて距離感が全然わかんないや。
空から見ていた時はそんな風に感じなかったけど、下から見上げると全然違うな。
「マーチグレイグ山脈とサラグレイグ山脈は大昔は繋がっていたが、西に住む竜王と東に住む不死鳥が争い、決着のつかない長きに渡る戦いを止める為、神が山を二つに割って戦いを収めた・・・という伝承がある」
なーんだ、おとぎ話の類かー・・・と言い切れないものがこの世界にはある。
神が~って所は怪しいけど、竜は存在を俺も確認したし、不死鳥だっていたっておかしくはない。
馬鹿と煙は高い所が好きというが、ファンタジーの定番では山の頂上にヌシ的存在がいるのは当たり前だしな。
山を登るのはやめておこう。幸い俺は登山になんの興味もないし、魅力も感じん。
君子危うきに近寄らず、瓜田に履を納れず、李下に冠を正さずだ。
わざわざ危ないと分かっている場所に突っ込む趣味はないからな。平和に行こう。今から全然平和じゃないことをしに行くやつが言う事でもないがな。
「伝承の真偽は分からんが、おそらくここには大昔に川があったんじゃないかな?」
「なんでそんなことが分かるんだい?」
「渓谷が作られるのは、川の流れが長い年月をかけて山を削っていくからなんだよ。それこそ何万年もかけてな」
たとえ最初は小さな川だったとしても、安定した流れがあれば浸食は進むし、たまの大雨などで増水なんかすれば、濁流が土砂を下へ下へと押し流し、やがて海抜付近まで削り取ってしまうというわけだ。
渓谷が出来る理由は大体これなはずだ。少なくとも神が割ったなどというものよりは現実的だろう。
「なるほど・・。川の流れがねぇ・・・」
ウィドーさんは納得はしていたが、あまり興味も無さそうに見えるな。
「それではトレイルのように街中を流れる川も時間が経つとこのような深い谷になってしまうのですか?」
「いや、標高が低い場所は上流から土砂が流れ込むから年月が経ってもそう変わらない」
横から顔と疑問を出してきたオリヴィエに俺なりの回答を出す。自分で言いながらちょっと自信がなかったけど、シスが訂正してこないという事は大体合っているのだろう。
ふーんと頷くウィドーさんと、分かったような分かってないような微妙な顔をしているオリヴィエ。
大丈夫だぞ。渓谷の成り立ちなぞ知らなくても生きていける。こんな知識は生活にはなんの役にも立たんからな。
「そろそろ着くぞ」
無駄知識を話しながら歩いていたら、いつの間にか村付近に到着していたようだ。
昔国境だったという村は渓谷を塞ぐように壁が作られており、そのちょうど中央部に門があるが、扉のような物は見当たらなかった。
「なんだお前等は・・・!?ここへ何しに来た!!」
壁と門の造りを見ながら村へと近づいたら、門の中から俺を見つけた男が怯えた様子でこちらに叫んできた。
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