第185話 報連

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


領主館の正門に到着すると、執事服を着た妙齢の老人がどっかの失礼なやつとは違い、こちらに敬意を持った視線を送って丁寧なお辞儀をして出迎えに来てくれた。


執事の案内で領主館に入り、前も入った領主の部屋の前までやってくると、


「旦那様、サトル様がお出でになられました」


「入れ」


執事が部屋の扉をノックした後に俺達の来訪を告げ、中のカルロがすぐさまそれに答え、部屋への入室を許可した。


執事が扉を開け、自分は入らずに俺達を先に部屋へ通す執事。対応がこないだと全然違うな。もちろんこっちが正だ。


「すまんな、少し遅くなった」


「いえ、今回はこちらからお願いしたことですので・・・」


そんな「今回は」を強調せんでもええですやん。悪かったとは思うけど仕方なかったんやー。

俺が笑顔を引き攣らせていると、カルロは「どうぞお掛け下さい」と言って俺達に席に着くようにと促した。


「今日はやっぱりあの件で?」


「そうですな。他にも報告や伝えたいこと、それにお伺いせねばならないこともあります」


「報告に・・・伝えたいこと?」


なんだろう。結婚でもした?とかいう冗談を言う雰囲気でもないしな。ここは大人しくカルロの話を聞くか。


「はい、先日のグラウデンでのことです」


「やっぱりそのことですよねぇ。あ、どうぞ、続けて」


俺が少しおちゃらけた感じを出したら、カルロの片眉がピクリとあがったので、怒られる前に話しを進めるように促す。


「まず最初に・・・サトル様が罪人に落とす力をお持ちというのは事実なのですか?」


うーん、どうしよ・・・カルロには本当のこと言ってもいい気がするな。今回は嫌な役回りを無理矢理押し付けちゃったから嘘つくのも気が引けるしね。


「それなんだが・・・近いことはたしかに出来るけど、誰でもいきなり他人を罪人に落とす、なんてことは出来ないんだ」


「いきなり・・・ということはなんらかの手順を踏めば可能・・・ということで?」


この世界の人、実は頭いい人多くない?

カルロって武闘派なイメージだったけど、そんなキレのいい詰まった脳も持ち合わせていたのか。ウチの灰色の頭脳を持っているかのようなミーナといい・・・俺の現実知識チートは今のところ料理にしか発揮してないんですけど。


「そうだな・・・そうなるか」


教えると言っても職業落ちの仕組み自体を伝えるのはさすがに控えておこう。

あの情報は色々な混乱を生みかねないしな。鑑定を持っている俺は偶然発見できたけど、それが無いとなかなか検証しづらいだろうし、いつか知れるとしてもきっとすぐには無理なんじゃないかなと思う。


「分かりました。教えていただきありがとうございます。次に、その力を行使された子爵なのですが・・・」


「ああ、そういやどうなったんだ?」


俺は逃げるようにあそこから飛び出してしまったからな。あの後どうなったかなどは何にも知らない。別に知らないままでもいいけど、事を起こした当人だから知らないままというわけにもいかないか。


「サトル殿の罪人認定を受け、その後に領主館を徹底的に調べた結果、様々な横領や違法な取引が発覚しましたので、領地はすべて没収、子爵家は取り潰しが決定しました。グラウデンは私の領地に合併し、それ以南はロイヤー辺境伯家が引き取り、ファストは現在代官を務めているワルカ子爵の弟でもあるコノモ男爵が正式な領主となりました」


うん、そんないっぺんに言われても全然わからん。だからといってゆっくり説明されても理解する自信がない。だってあまり興味がないからな。俺の記憶に定着してくれない。


「ん?子爵の家が取り潰しになったのに弟がファストを統治するのか?」


「弟のコノモ・ラス・シーシャーク男爵はワルカ子爵の寄子でしたが、家自体は独立した貴族家ですので・・・」


「ああ、そういうことか。なるほどな」


兄弟であっても別々に爵位を貰っていれば別の家となるのだっけか?たぶんそんな感じなのだろう。別の家である以上、兄弟だとしてもその罪を被ることはないって感じなのかな、たぶん。


「ワルカは後日グラウデンにて極刑となり、その私財の全ては帝国の国庫に入れることが決定しました」


極刑と聞くと厳しいように感じるが、それが貴族特権を行使する代償でもあるし、仕方ないのだろうな。ノブリスオブリージュという有名な貴族の言葉が示しているように、特別な権力や財産を持つ身分につくからにはそれ相応の責任が発生する。


その責任を果たさず、権力だけを行使し続けたのだから、この罪はやつが受け入れなければならない義務なのだ。


「そうか」


ワルカの処分には特に異論はない。それが当然だとも思っているしな。


「ワルカの財産が全て帝国の方に入ると言っていたが、それでグラウデンの統治は大丈夫なのか?」


「一度国庫に入るだけで、後日いくつかの協議を経て再分配されると思われます。今回は一括割譲ではないので、その分配率がどうなるかは分かりませんが、辺境伯は寄子の失敗の責任もあると分配を断る方針だそうです」


さっきから出ている寄子というのがどういうものかよく分からないが、まぁニュアンス的に部下みたいな感じなのだろうな。

そいつの失敗は上司にも一部責任があるから私財分与は受け取らないという事か。これだけで判断するのは尚早かもしれないが、辺境伯は結構まともな人物だったりするのかな?


「それと・・・これは皇帝からの提案なので一応伝えておきます」


「ん?皇帝の・・・?」


何か嫌な予感がする。言いにくい雰囲気がカルロからもバシバシ出ているし・・・。カルロの後ろにある窓からフライで飛び立っちゃダメかな?ダメだよね・・・。


「サトル殿を空席となった子爵位を与えたいと・・・望むなら伯爵位も検討するとおっしゃっておられます」


「お断りします」


何故俺がそんなめんどくさそうなことをせねばならないのだ。

そもそも俺はまだ帝国に来て一ヶ月も経っていないし税だって納めてないんだから正式には帝国民でもないはずだ。

そんな俺に貴族を与えるなんて何を考えて・・・ってまぁ、使徒を抱き込みたいのだろうということは容易に想像できるのだけれど・・・。


「・・・フゥ~。分かりました。皇帝には断りの報をこちらから伝えておきます」


「あ、それを言う事でカルロの立場が悪くなったりしないのか?」


カルロとは別にそんな長い付き合いというわけでもないが、今までよくしてくれたからな。嫌なことを押し付けた負い目もあるし、これ以上負担を押し付けるのもね。

もしあれだったら俺の方からバシーンと言ってやりますよ!クイル越しにな!


「いえ、皇帝もサトル殿が受け入れるとは思っていなかった様子でしたので、問題ないかと」


あ、そうなんだ。俺が貴族に興味があれば儲けものというダメ元だったのかね。家臣になれと言ってきたワルカとやっていることこそ一緒だけど、規模が違い過ぎてアホかとはならんしな。

さすがの俺だって子爵の一家臣になるということと皇帝が叙爵するということを一緒くたにしたりしないさ。


「まぁ国そのものをこの領地に興させてくれるとかだったら考えてもいいけどな」


そんな横暴はさすがの使徒といえど簡単に認めるわけにはいかないだろう。俺ももちろん真剣に言っているわけではない。国王になんて興味ないしな。

ただ言われっぱなしというのも何だったので少し大きなことを言って少し困らせてやろうとしただけだ。


「・・・分かりました。それも伝えておきます」


ぷくく、皇帝の困り顔が目に浮かぶぜ。どんな人か知らんからこれ以上おちょくるのはやめておくけどね。






「報告と伝達事は以上になります」


「そうか、それじゃ・・・」


話しが終わったならと俺が席を立とうとしたが、


「一つ、お願いしたいことがございます」


とカルロが話し始めたので、俺は上げようとした腰を再び下ろした。

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