第180話 着工
「おおー、近くで見るとスゲー迫力だなぁ」
山のふもとまで切り立った崖になっている龍籠山のすぐ傍に降り立った俺達は、頂上が雲に隠れて見えない薄灰色の絶壁を見上げている。
角度はほぼ垂直に近いといえるほどだが、所々凹凸があったり鱗状のような形になっていたりするので、登山道具と技術さえあればクライミングできそうではあるが、跳べる俺には関係ないし、そこに山があるからとかいう哲学みたいな理由を登る理由にしたりはしない。
「グラウ大森林もこのくらい深部になるとかなり強力な魔物が生息しているはずだ。ココはしっかりとサトルにくっついているんだぞ」
「んふー」
俺の背中から降りたココが満足そうな顔で俺の手を握って、アンジュが言ったことに鼻息で応えていた。
本当はココを連れてくるつもりはなかったのだが、パーティーの時と同じように出発しようとした俺の太腿からくっついて離れようとしなかったので、根負けした俺が許可して同行を許した。
保護者失格と文句を言いたい奴は言うがいいさ。そいつはあの蝉のようになって必死にしがみつく愛らしい姿を見てないからそんなこと言えるんだ。
「とりあえずこの辺の木を切ってストレージに突っ込もう」
どんな形状や長さが必要になるか分からないし、運ぶ手間はほぼゼロだから枝だけ落として丸太のまま入れまくる。
「穴はそこを掘るのですか?」
「いや、せっかく秘密基地を作るんだ。ここは俺達しか行けないような場所にしたい」
「私達にしか行けない・・・もしかして・・・」
いつも察しのいいミーナは今日も俺の一言で察してしまう。
まぁでもここまでだって飛んで来たし、分かりやすくはあるか。
「そう、俺達の隠れ家はこの山の中腹・・・それもわざと登って来れないような場所を選ぼうと思ってる」
造るのは秘密の花園となるのだから、邪魔する者はいなければいないほどいい。
山の壁を掘り、板に加工した木を壁や床に貼って部屋を作ってストレージに入れた家具を設置する予定だ。
イメージは俺がこの世界に来る少し前に動画サイトで流行っていた壁に穴を掘って自分だけの部屋を自作するアレのような感じだが、あの規模ではみんなで楽しく過ごすことなど出来ないので、もっと大きな空間を作ろうと考えている。
炭鉱夫の経験などは無いが、こういった洞窟は崩落が一番怖いと素人の俺でも聞いたことがある。
なので支えの柱や梁に使う木は多すぎると思うほど持っていっても、丁度いいぐらいになると思う。
土でも大変なのに、岩肌を手作業で掘るなんて普通だったら無謀なことだろうが、俺は今より低いレベルの時に銅の剣で岩を斬ったしな。石も両断するウォーターカッターもあるし、細かい加工でもいけそうな気がする。
それに、こういったものを作る系の動画はよく、羨ましいなと思いながら見ていたから結構ワクワクしている自分もいて、女性陣にそれを悟られまいとしてはいるつもりだが・・・どうやらみんなの表情を見る限り、彼女等の方が一枚も二枚も上手なようである。バレバレやね。
「とりあえず俺がいい場所がないか探してくるから、みんなは木材を集めておいてくれると助かる」
「はい!お任せくだ・・・あ」
俺の指示を笑顔で了承するオリヴィエの横をすり抜け、ココが俺の背中に飛びついて来た。
昔よくテレビで見てた関東友達公園という番組で芸能人がトランポリンを使っていかに高く壁に張り付くかという競技の動きを思い出す動きだったな。びたーんって効果音が鳴るかのように両手両足を伸ばして飛んで来たし。
「ココも行きたいのか?」
「んふー」
俺がそう言っても返答は無かったが、その代わりに熱い鼻息が俺の背中に吹き付けられた。こちらからは見えないが、満足気な表情をしているのではないだろうか。
「ココちゃんズルいですぅ」
とオリヴィエが人差し指を咥えて呟き羨ましそうにしているが、ココが残ってもさっきアンジュが言っていたように、森は最深部となるマーチグレイグ山脈のふもとに近づけば近づくほど魔物が強くなるということらしい。
だが龍籠山は大きく南部へと森を浸食するように張り出しているので、ここも山のふもとではあるものの、最深部ほど強力なやつはいないみたいだ。
それでもダンジョン6~7層と同程度の魔物は出現するらしいから、ココは置いていくよりも俺が連れて行った方が安全だろう。
ということで彼女の行動を拒否する要素は皆無なので、このまま一緒に連れていくこととする。
フライの魔法を使い、空を飛んで龍籠山の外壁を見て回る。
だが全周を見るつもりなどはハナからない。ファスト方面から飛んできて毎回裏側に回るのはめんどくさいから、南側で決めるつもりだ。
山肌に都合のいい洞窟などがあればいいが、パッと見ただけでもそういったものは見当たらないから、どうせ自分達で掘ることになるのだし、ハッキリ言ってしまえば、最初のきっかけ作りが出来る位のちょっとした足場さえあって標高が低くない場所であればどこだっていい。
場所が場所だし、侵入者の心配などしなくてもいいかもしれないが、せっかく作るのだからそういった無意味なこだわりも持ちたいというのはどんなに年齢を重ねても魂に刻まれ続けている少年の浪漫がそういった妥協を許してくれない。高い方が景色もいいだろうしな。
「お」
壁を凝視しながらどんどん高度をあげていくと、同じような切り立った崖の中に、少しだけ出張ったしゃくれ顎みたいな形状の場所を発見したので、そこに近づき、着地してみる。
50cmもない狭い場所だが、足を踏み鳴らしても崩れる気配はなく、大丈夫そうに思える。
「結構いい感じだな。高さも・・・うわぁー、すげえな、こりゃ・・・」
足場の確認をしつつ、後ろを振り返ってみると、グラウ大森林が一面に広がる絶景がそこにはあった。
遠くにちゃんと小さくファストの街も見える。あそこってあんな感じの地形になってたんだな。
グラウ大森林は大まかに分けると南北に分かれているのだが、ちょうどファストの街がある場所から西側にだけ、細長く木々が無い場所がある。
まぁ細長いと言ってもかなりの高度から見下ろしている上、距離もだいぶあるので実際の面積は結構な物だろう。
俺達の家もあの辺にあるが、北側すぐは森だけど南側にすぐまた森があるということはないしな。あくまでこの場所から見るとそう見える、というだけである。少し違うけど地図を見るような感じといえばわかりやすいかな。
ファストの西の木々が途切れている側をずっと進んでいくと、おそらく前に聞いたアリア神国という昔帝国に戦争を仕掛けてきた宗教国家があるのだろう。
いくら見晴らしがいいといってもさすがに遠方は霞んでいるのでファスト以外の街などを確認することなんかは出来ないが、気象状況によってはもしかしたらもっと色んなものが見えるかもしれない。
「おー、あるじ。たかい」
口にする表現力は絶無だが、ココの顔は普段見せる薄い表情から考えると、かなり感動しているんじゃないかと思う。
「場所はここでよさそうだな。後はここが掘れるかどうかだが・・・」
ストレージからファストで買ったつるはしを取り出し、少しだけ力を篭めて山肌に突き入れると、ガキィンという少し意外な音が鳴り響いたものの、特に阻まれることなく刃先は岩の中に入っていき、柄を引き上げてテコの力を使うと、突き入れた分の岩がボコッと剥がれ落ちた。
「大変かと思ったけど、これなら全然イケそうだな」
このまま下に呼びに行ってもこの狭い足場では全員が立つことすらできないので、俺はとりあえず全員がこの場に来れるために必要な分の空間を作るべく、更につるはしを何度も突き入れ、山肌を崩し続ける。
掘った岩は下に落とさずにストレージの中へとしまっていく。
別に欲しいわけじゃないが、落としたら下に居るみんなが危ないかもしれないからな。
「よし、こんなもんかな」
補強もなく掘り進めて崩落したら元も子もないし、全員で作業は出来なくてもとりあえずの人数分のスペースくらいは余裕で確保できたと思うので、掘削は中断し、みんなを呼ぶことにした。
この調子で進めていけば今日中に結構良い感じなものが出来るんじゃないだろうか。
俺は内心かなりワクワクしつつ、地上へと降りていった。
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