第178話 ネマの決意
「おかえりなさい、サトル様」
「お、みんなだいぶ絞られたみたいだね」
ダンジョンから家に帰ってくると、すっかり日の暮れた中ですでにランプの灯りが木窓の隙間から漏れ出ていた。
玄関を開けると先に帰っていたミーナとウィドーさんがお迎えしてくれる。
ウィドーさんの腕には彼女達に任せていたイデルが気持ちよさそうに眠っている。
思えば今まで別行動をしたことはほとんどなかったから、家に帰って迎えの人が居るという状況もこれまで体験してこなかったな。結構いいもんだ。
「ただいま。スマン、少し遅くなった」
「いえ、おかげで少し時間があったので疎かにしていた厠とお風呂の清掃が出来ました」
普段トイレは少し汚物が溜まったら俺が魔法で水を作って外へ繋げた水路へと流すのだが、魔法が使えるミーナが居るとそういった大量に水を使う清掃にも着手できるのだな。
そういったことをさせるために魔法使いになってもらったわけではないのだが、自主的にやってもらえるというのはほんとにありがたい。
「ありがとう。頼んでいた例の件は大丈夫だったか?」
俺が彼女達が別行動をしていた理由となる件について尋ねると、ミーナは自身に満ちた表情で頷き、
「はい、元々投げ売りされていた状態ですので特に問題なく・・・上物も廃墟判定を下してもらい、取り壊し費用分を値引きさせた結果、土地代と合わせても物件全体としてはほぼタダ同然の価格で取引することが出来ました」
おお、さすがだな。完璧だ。
しかしミーナも出会った頃はかなり緊張しいでおっちょこちょいな感じが漂っていたのに、最近ではそんな感じも無くなってすっかり美人秘書みたいな雰囲気が凄いよな。
これはレベルが上がったとかそういうことじゃなくて、単に自分に自信が持てるようになった結果なんじゃないかと思っている。
たまにあの噛みまみたミーナもまた見てみたい気もするけどね。
「そうか、あの建物はとても使える状態ではなかったからありがたい」
取り壊しだって適当に分割してストレージに入れてしまえばいいしな。
ミーナ達が契約してきてくれた物件というのは、以前俺がこの家を買う際に内見した西門を出てわりとすぐの場所にある、吹雪の中ボロ小屋の中で凍えている親子の家をアップグレードしようとして必ず失敗する広告のような建物のあの物件だ。
「建物を建てる大工は新しい物件が立ちづらいファストには仕事が無く、常駐しているのがほぼ修理専門となっている状態の一名しか居ない為、近くトレイルの方から派遣して頂けるようです」
ファストは大工が一人しか居ないのか・・・まぁこの街は最前線の砦を起源としているから街を囲む壁も狭くはないが、それほど広大なものでは無いからな。壁の中にもう土地が余っていないような状態だと大工を生業にするのは厳しいのだろう。
「なるほど、まぁ特に緊急性があるわけでもないからその辺は気長に待てばいいさ」
新しい物件を購入した理由は、ネマ達の住む家にと思っての事だ。
今の人数ならば別に今後もこの家に住んでもらって構わないのだが、この世界にきてまだ一ヶ月も経っていないのに・・・、
「ジンク!二階の部屋まで競争だ!」
「あ、待ってよにいちゃーん」
「ヒノー、見てこのお花、そこで見つけたんだー。綺麗でしょー」
「ちょっとサン!そんな持ち方をしたらお花が可哀想よ!お水をあげに行きましょう!」
「サハス、こっち」
「アン!」
「あ、コラ!アナタ達!家の中を走るんじゃありません!!」
ご覧の状態なのだからな。
っていうかキミ達疲れていたんじゃないのか?
・・・ったく、子供って不思議な体力してるよね。さっきまで疲労の色が隠せてなかったのに家に着いた途端あんなに元気になって。
たぶんあれ、飯食ったらまた電池切れしてすぐ寝るだろ。俺の人生経験がそう言っている。
絶対今後増やすことは無いなどと甘い見積もりを出すほど、自分の愚かさと浅はかさを分かっていないわけではない。
だからといってこうなっていることに後悔しているわけでもない。自分のしたいようにした結果なのでな。その責任もちゃんと背負っていくつもりだ。
最初は安全面も考えてこの家のすぐ隣の土地を購入し、そこに家を建てようと思ったのだが、どうやら街の外の物件の死亡例が絶えなかったことで街から離れた場所に新しく建築するのはだいぶ前に禁止されてしまったようで、新しく家を建てるならばあの土地を購入するのが一番はやいとのことだった。
俺は家の裏の購入した土地外に無許可で水路を作ったり肥溜めを新設したりしたのだが、それは大丈夫なのかとミーナに聞いてみたが、人の住む建物を新しく作らなければ特に問題は無く、他の施設などを建てることを制約する決まりはないそうだ。
新しく立てる家は今後のことを考えて今いるこの家よりも大きなものを建てようと思う。
この世界には新しく家を建てる際にはその大きさによって税金を支払わなくてはならないらしいが、聞くところによると固定資産税のような継続的ものは人頭税とギルドに加入することで徴収されるものしかないようだ。
一定の増築をする際にも税金は発生するみたいなので、なら最初から増築が必要ないくらいのものを建ててしまえと思ったわけだ。
「すいません・・・しばらくこちらでお世話になるというのに、あの子達ったら・・・」
ネマが騒がしく方々へ走り去っていく子供達へと困り顔を向けながら俺に謝罪してくる。
「気にするな。騒がしいくらいが楽しくていいよ」
ネマが近く移住するということを了承しているのは、彼女の台詞からもわかるだろう。
ちなみにこの話を彼女にしたのは、グラウデンで最初に宿り木亭の俺達の部屋へ招いた時だ。
あれは俺が食事を用意している時、料理を作りながら子供達の今後を考える上で、いくつか本人達への意思確認が必要だなと感じていて、子供達が風呂に入り終わり、宿に戻ってきてすぐ、
「ネマ、少しいいか。話がある」
と言って帰ってきたばかりで申し訳なくはあったが、ネマだけを宿で借りていた調理場へと呼び出した。
「・・・・・・あの・・・?」
突然の呼び出しに不安そうな顔を覗かせるネマ。
まぁこんな場所に一人で呼ばれたらこんな感じになるよな。お年頃だし。
「急ですまないが、こういった話は先にしておくべきだと思ってな」
俺の発する言葉一つ一つを怯えながら固唾を呑んで受け止めているその表情を見ると可哀想な気持ちになってくるが、これは必要なことだからな。しばらく頑張ってくれ。
「俺は君たちを保護しようと思う、それは分かっているよな?」
「え!?本当ですか!?」
あれ、それも分かってくれてなかったのか。たしかに俺達が気まぐれで一晩だけの情けを与えていた可能性もあるし、それはそうか。
出会ったばかりで急にそんなことを言ってくる方がおかしいってもんだ。
「うん、それに問題はないか?」
もし彼女達自身が保護を求めないというのであれば無理やり連れていくことはできないからな。その場合は諦めるほかない。子供達の想いを無視して強制的に連れて行ったってうまくいくわけないしね。
「はい!もし人数に制限があるようであれば、私は置いていっても構いませんので、あの子達だけでも・・・どうかよろしくお願いします!」
自分はいいからと深々頭を下げて懇願するネマ。膝についている手は微かに震えているようにも見える。・・・良い娘やぁ。実に良い娘やぁ。
ネマが大きい声を出したことで何事かとオリヴィエ達が食堂からこちらの方に顔を覗かせて様子を見に来た。
「大丈夫、ネマもちゃんと連れていくよ。あの子達の世話も任せたいしな」
「はい!それはもう・・・ありがとうございます!」
壁から出ていた四つの頭はその言葉だけで何を話していたのかを察したようで、安心したようにその場を離れていく。
状況から判断することは容易だろうが、それでも理解がはやくてとても助かる。
「それで・・・だ」
「・・・はい」
自分を含めた全員を保護してくれるという確約の言葉を嬉しそうに受け止めていたネマは、まだ俺の言葉が続くと知ると、少し緊張した面持ちで聞く態勢に入る。
「俺の家にはまだ空き部屋があるからそこに住み続けるのもいいのだが、おそらく俺は今後もネマ達のような境遇の子達を見かけたらほっとけないと思うんだ」
自分の偽善は重々理解しているつもりだ。俺は別にこの世界の孤児をすべて無くそうなどとは全く考えてはいない。
これはただ目の前に現れた「可哀想」を見過ごすことで産まれる自分への「不愉快」を感じたくないが為に・・・それを解消するという自己満足で行っていることなのだ。
「はい」
その偽善を知ってか知らずか、俺の言葉に頷く。
「そこで、ネマには俺の家で過ごしてもらうか、それとも俺が新しく用意する施設で子供達の世話をする仕事をしてもらうか、どちらかを選んで欲しい」
卑怯な聞き方だとは思う。こんな言い方をすれば、ほぼ後者への選択へ誘導しているようなものだ。
だが、それでも断るのならば俺はそれを一切の不快感などを持たずに聞き入れるさ。そんな狭量ではないつもりだ。
ネマは視線を床へ伏せ、少し考えた後に口を開く。
「私、子供達のお世話の仕事やります・・・。やらせてください!」
このネマの言葉でファストに新しい家を建てることが決定した。
その後はこのことをミーナに相談し、場所などを決め、今日それを実行してもらったというわけだ。
まぁかったのは土地で建物は使い物にならないから移住するのはまだまだ先のはずだ。
それまではこの家で楽しく過ごそう。
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