第177話 ブートキャンプ

「おりゃー!」


「ライ!一人で突っ込むな!周りとの連携を常に意識しろ!ジンクは攻撃のタイミングが遅い!槍の攻撃は踏み込みを意識しろ!」


現在ダンジョン1層で、アンジュ教官によるブートキャンプが開催されている。

レベル5とはいえ、俺やオリヴィエと同じパーティーに入っているから、かなりの補正値で強化されているはずなので、1層の敵なんかは余裕なはずだが、やはり戦闘経験のない子供達はほとんどが魔物への恐れから腰が引けてしまって力をうまく発揮できていないようだ。


ライは逆に強気に出過ぎて一人で突撃しすぎて周りと息が合っていなく、しかも分かりやす過ぎる剣筋の攻撃は、ゴブリンに簡単に躱されて反撃までうけてしまっていた。


「ヒノ!サンの射線に被っているぞ!守りたい気持ちはわかるが、それでは邪魔にしかならん!サンは味方の動きを把握して自分の攻撃が通りやすく、仲間を支援しやすい位置取りを常に意識するんだ!」


ヒノは敵の攻撃がいかないようにサンとゴブリンの間に入っていたが、そのせいでサンが弓を射ることが出来ない状態が続いてしまっていた。


「やっぱりステータスはあってもそれをうまく使えないとゴブリン相手でももたついてしまうのだな」


「相手に対して力量は圧倒していると思いますが、技量が追いついていませんね」


どうやらオリヴィエの所感も俺が感じたものと変わらないようだ。

あー、またライが突っ込んで反撃を・・・あれ?


ライの攻撃を難なく躱して、先程と同じようにゴブリンが体勢を崩し切ったライにこん棒を振り下ろそうとした時、ゴブリンの足元に黒影が走ったかと思うと、突然ガクッと膝を折った。


「あれは・・・ココちゃんですね。いい動きです」


オリヴィエの言う通り、ゴブリンの右足を斬りつけて攻撃をキャンセルしたのはココだった。


戦士なのに剣を使わず、普段オリヴィエが護身用に使っていた短剣を選んだココはそれを逆手で持ち、ゴブリンと味方の間を縫うように走り抜け、すれ違いざまに斬りつけていた。


「なんつうか・・・戦士というより、忍者みたいな動きだな」


ココは黒髪だし、それっぽい黒装束に頭巾とかめっちゃ似合いそうではある。


「ニンジャ・・・というのはわかりませんが、彼女は身体能力に優れた狼人族ですからね、素早い動きは得意とする所かもしれません」


なら尚更忍者が似合いそうだ。

オリヴィエは知らないみたいだけど、無いのかな?忍者。


「あります」


いいねぇ。昔の大物アイドルが主役を務めた検事ドラマに出てきたバーのマスターみたいなその感じ。

素晴らしい。まさに俺が求めていた百点の間と答えだよ、シス。


「忍者は密偵から派生する職業の一つです。ですが、その詳しい情報はサポート範囲外です」


なんだか随分前に同じような文言を聞いた気がする。何だったっけ。まぁいいか。

密偵の取得条件はサポート範囲内?


「密偵は村人Lv10以上で魔物に発見されずその存在を確認し、パーティーメンバーへその位置情報を伝えるという一連の流れを、五回成功すると取得することができます」


なんだか他のと比べて複雑だなぁ。だけど、その条件だと魔物を倒さなくても入手できるってことだし、難易度的にはそう高くはないのかな?

でもパーティーメンバーに伝えるってことは、ソロじゃ絶対取得できないってことでもあるのか・・・。なんというボッチに厳しい職業なのだ。


まぁソロで密偵って意味わからんしな。


 ギャアァァー!!


片膝を突いてしまい、完全に体勢を崩し切ったゴブリンは、すぐに全員の攻撃を一身に受けることになり、霧になって消滅した。


さすがにあの状態になったらもう勝確だよな。


「よっしゃーーー!!」


初討伐に成功し、雄叫びをあげるライ。


「やったやったぁ!」


「凄いねぇ、ヒノ!」


ヒノとサンがお互い向き合って両手を合わせながらその場で跳ねて喜んでいる。

ジンクは声に出していないから一見分かりづらいが、よく見ると拳を握り込んで小さくガッツポーズを取っているから彼も静かに討伐成功を喜んでいるようだ。


「ほんとに私達だけで・・・」


ネマはまだ信じられないといった感じで、メイスを両手で握っている。


「あるじっ!」


ココは俺の名を呼びながら足に抱き着いてくると、少し俺の太腿に顔を擦りつけてからこちらを見上げてきたので、


「さっきの動き、凄かったぞ」


と言って足元にピッタリ張り付いているココを褒めると、彼女はニカッと笑ってまた俺の太腿に顔を埋めた。内股が熱い。その鼻息、もうちょっと控えめに出来ないかな?少し湿ってきた気もするんだけど。


子供達の中でもココはちょっと別格だったな。種族の違いはあったものの、あの動きはこの娘のセンスなんじゃないかと思う。なんかオリヴィエと同じ香りを感じたし。


後で本人にも確認をとってみるけど、ココには密偵を取得してもらうのもアリだな。なんとなく彼女に合っている気がするんだ。上位に忍者があるならきっと素早さに秀でた職業だろうしな。


ちょっと索敵要素がオリヴィエやサハスなんかと被るけど、そんなんはいくらあってもいいですからね。


「んふー。あるじ、みてて」


こちらをを見上げ、一鼻息吹いてから俺の足から離れたココは、その場で自分の尻尾を追う犬のようにクルクル回り出したかと思ったら、それを何周かした時、


「えぇ!?」


突然三連続バク転をしてから最後に少し高く飛びあがり、膝を抱えて空中二回転バク宙を見事に決めて見せた。

着地と同時に両手を広げ、また一鼻息を吹く彼女の顔はとても誇らしげである。


凄い、オリンピックみたい!

テレビでしか見たことないような曲芸技を突然披露された俺は圧巻されて口をポカンと開けたまま、自然と拍手をしてしまっていた。


「ココの身体能力は凄いな。おそらくあれは天性のものだ」


最近よく思っていることがある。それは素の身体能力は結構重要なのではないかという事だ。

レベルが上がれば上がるほど、つまりステータスの数値が上昇すればするほど、元々の筋力や体のバネといった身体能力の影響を受けているんじゃないかということだ。


そう思った原因はオリヴィエだ。

彼女はレベルも俺より低く、更に複数の職業を持つ俺でも出来ないことを簡単にやってのける。


これはもちろん本人のセンスや感覚といったものもあるだろうが、元々彼女が持つ身体能力にステータスの補正かなんかがかかった結果なのではないかと思ったわけだ。


実際、俺達がレベル5だった時よりも、今の子供達の方が攻撃力が低く見える。これは彼らの筋力が低いからなんじゃないかと思われる。

つまり、ステータスやレベルは大事だが、それがすべてではないということだな。


今思って見れば、レベル1だったデオードがあれだけ威張れていたのもあの筋肉で他の団員を圧倒していたからなんじゃないかな?


もちろんレベル差が広がればそういった身体能力は凌駕されてしまうだろうけど、元々この世界はレベルが上がりにくく、そう顕著に差が開くことは少ないしね。


ただ、だからと言ってこれからダンジョンに入らず筋トレに励もう・・・という気にはなれない。

だって、俺のボーナススキルに経験値20倍はあっても筋トレ効果20倍はないのだから。






「よし、それじゃ訓練を続けるぞ。各自、さっき言ったことをちゃんと踏まえて行動するよう心掛けろ!」


「「「「「はーい!」」」」」


アンジュ教官のブートキャンプは続く。

子供達は実にいい返事を返していてやる気満々ではあるのだが、俺はそろそろ腹減ったから帰りたいん・・・あ、はい。すんません。もうちょっと続けましょう。


鬼教官モードに入ったあのエルフ、目が怖いんですけどぉー。

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