第174話 ルームツアー
「ふぅ・・・なんか凄い久しぶりに帰ってきたような気がするな」
「ここを出発したのはほんの二日前なんですけどね・・・色々ありました」
やはりこの二日を長く感じていたのは俺だけということではなく、全員がそう思っていたようで、みんなが俺とミーナの言葉に頷いていた。
俺に至っては家には寄ってないものの、ファストへは昨日も来てるはずなんだけどね。時間の感覚って不思議よな。
前の世界で仕事を辞め、一日中部屋でダラダラ過ごしていた数ヶ月なんかより、ここに来ての三週間の方が全然長く感じている。なんなら漫然と意欲も持たずに働いていた三十代後半の数年間を含めたってこっちの方が濃い時間となっているくらいだ。
「うわぁ・・・立派なおうちだね、兄ちゃん」
「うん、こんな広い場所を独り占めしているなんてスゲーなぁ」
ポツンと一軒家にそんな見方もあるのか。普通は不便そうとか思いそうだけどね。
他の子もポカンとただ見上げていたり、サンはヒノに柵があるとか扉が付いてるとか最低ラインの設備を指差して評価しまくっていた。
中に入ってもどの部屋が俺の家なのか聞いてくるから全部と答えると驚愕されたり、テーブルやトイレに感動していたりした。
昨日の食事中に少し聞いた話だと、ネマとココ以外の子達は物心つく時分から路上生活をしていたようで、普通の家で生活した経験自体が皆無らしい。
だからこういった反応になるのも頷けるけど、今までの生活を想うと胸の中が少し何かモヤッとする感情が湧いてくる。
これからは何不自由なく・・・とは言わないが、ちゃんとした生活を送ってもらいたいね。
「よし、とりあえず昨日購入した物をここに出すから、みんなで手分けして配置していこう」
さすがにベッドは部屋にいって出すけど、ソファやテーブル、椅子なんかは直接運んでもらう。
子供たちにも手伝ってもらおう。全部俺達がやってしまうよりも、彼ら自身の手でやった方が、自分達の家として認識するのに役立つかもしれないしな。
「あそこの空き部屋は普段から掃除していましたが、二階の未使用だった二部屋は掃除が行き届いておりません。私とミーナで掃除を先に進めておきますので、みなさんは一階の部屋から家具の設置をお願いします」
オリヴィエが指差したあそこの空き部屋というのは、当初応接間として使用予定だった現リビングルームだ。
ウチの間取りは吹き抜けになっている広い玄関の正面に階段があり、その横を通ると台所、階段の方に行かずに右手方向に進むとリビングがある。
食堂として使っている大きいテーブルの置いてある部屋は台所から右手の廊下を突っ切った奥、リビングルームを正面に見て廊下を左手に進んだ先にある。
もっと簡単にいうと、横長の長方形の左下に玄関と階段、左上が台所、右上に食堂で右下がリビングといった感じだ。左半分と右半分を分けるように廊下があり、リビングと食堂を繋いでいる。
ちなみにトイレはリビングから廊下を進んで正面、台所と食堂に挟まれた位置にある。ちょうど家の裏に出れる勝手口の横にあるから、外にある風呂の水を利用した水洗化を目指しているのだが、今は溜めた汚物を一気に流すだけで、一回一回流すという理想の形にはまだ至っていない。
そろそろこの辺の改善も目指したいところだ。
「街の中に無いというのは大変そうですが、凄く広いですね」
子供たちの中で数少ない普通の暮らし経験者であるネマは、やはり他の子とは違い、この立地であるが故の不便さを理解しているようだな。
「あるじ!こっちすごい!」
家の中を走り回り、勝手口を発見して開けてみたココが、裏にある風呂の設備を発見して興奮していた。
「あー、それは風呂だ。後で入ろうな」
「えっ!お風呂があるんですか!?」
俺の言葉に走り回るココを捕まえていたネマが驚きの声をあげる。
「うん、自作の突貫で作ったものだけどな」
「凄いです・・・私、水汲み頑張りますので、最後で構いませんので使わせてもらえませんか・・・?」
昨日の木箱風呂も一番喜んでいたのはネマだったという話だ。風呂と聞いて喜ぶ半面、自分も使わせてもらえるのか心配になっているようだ。
「水は魔法で用意するから大丈夫だ。毎日のように入れるぞ」
今は魔道士の恩恵で火を焚かなくてもお湯が作り出せるようになったし、ミーナの助力もあるので以前より簡単に風呂の準備を進めることが出来るしな。
あの空間は毎回パラダイスと化すので、俺的にもモチベーションは高い。いくらでも用意してやるぞっ。
「本当ですか!?・・・やったぁ」
感情を爆発させるのではなく、噛みしめるように喜ぶネマ。
相当あの木箱風呂がよかったんだな。あの木箱は粘土コーティングを施したから結構な保温性を持っていたと思うし、我ながらいい出来だったと思う。
だが、たぶんあれは数回使うと水漏れが発生したりして使い物にならなくなるんじゃないかとも思っている。粘土は塗っただけの焼いてない状態で外側から無理矢理抑えつけただけだったしな。おそらく耐久性は低いだろう。
ただ、今はストレージがあるからまたファストの雑貨屋で、今ある大桶と同じものを作ってもらって常時持ち歩いておくのもいいかもしれない。
子供達の時のようなことが今後もあるかもしれないし、俺達だって外やダンジョンで風呂に入れるしな。
ダンジョン風呂・・・いいかも。是非やってみたい。
その後は各々が手分けしてリビングに家具を設置していき、それが終わった頃に二階のオリヴィエ達から一部屋掃除が完了したとの報告を受けたので、その部屋から先に家具を搬送していった。
二階は玄関の階段を上がると、玄関を見下ろせるベランダのような内廊下が吹き抜けとなっている壁に沿うように走っており、階段をあがったすぐの正面にある物置部屋、右手に進んで左側の物置部屋の隣が今家具を搬送した部屋で、その先すぐの突き当りを左に行くと俺達がいつも使っている寝室があり、右手には今オリヴィエ達が掃除している最後の空き部屋がある。
部屋の大きさは俺達の寝室が一番大きく、次に今掃除中の部屋、家具を搬送したばかりの部屋は物置部屋が隣にある分、他の部屋よりは狭くなっている。
まぁそれでも部屋の広さとしては充分だけどね。俺が日本で住んでた頃の寝室より大きいし。悲し。
部屋に置く家具を持ち込み終わり、最後の仕上げに俺がベッドを出すと、子供達が一斉にわーっとその上へと飛び込んで楽しそうに自分達の体を弾ませていた。
ネマが子供達を制しようとしたが、俺がまぁまぁとその行動を許してやるように言うと、「余り甘やかさないで下さいね」と小声で注意されてしまった。
だって可愛いジャマイカ。見よ、小さき者達が跳ねておる・・・あ、サンがベッドの外にはじかれて床に落ちた。あああ・・・泣かないでよベイベー。アレってしょげないでだったっけ?どっちでもいいか。
言わんこっちゃないといった感じで泣き出してしまったサンをネマがあやしに行くと、それまではしゃいでいた子供達も弾むのを中断し、サンを心配そうに見つめていた。
うーん・・・まずいぞ。止めてしまった手前、すんごい居づらい。
なんか、働きずくめのお父さんがたまの休日に子供と遊ぼうとしたけど、普段接していないからどう触れ合っていいのかわからない時のキモチがこんな感じなのかな?知らんけど。
よし、こういう時はネマ母さんに任せて役立たずの父ちゃんは逃げの一手に出よう。
「最後の一部屋はまだ掃除が終わってないようだから、ちょっと手伝ってくるよ」
よし。素晴らしい動機。隙の無い完璧な言い訳だぜ。
「あ、私も行きます。ヒノ、サンのことはお願いね。ライとジンクも行きましょう。ココはジンクを見ていてくれる?」
見事な采配。そして穴だらけだった我が策略は簡単に瓦解したのである。
「任せてっ!ホラ、サン。あんまりめそめそしていると、ゴブリンが食べに来るわよっ!」
なにそれ怖い、この世界じゃ小さい子にそんなこと言って躾けるの?そういうのってありそうで実際にはあり得ないことを言いそうなもんだけど、今のはここじゃ普通にありそうなことだからめっちゃリアリティがあって恐ろしいんだけど。
「ゴブリンいやー!」
ほら、サンもより泣き出してしまったじゃないか、やっぱりこういうのは泣き虫おばけとか・・・あーそういうのもこの世界だとあり得てしまうのか。
子育てって難しいね。
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