第171話 覚悟
「え?いいの?」
「遠慮するな、これは元々残り物だしな」
正確に言うと俺の事前調整による賜物なのだが、この子達にそんなことを言ってもしょうがないからな。
ついでに立ち上がって口をポカンと開けたまま、ネマのカツサンドに視線が釘付けになっている子供達に一つずつカツサンドを渡す。もちろん同じ状態になっているココにもだ。
「「「「「わーありがとう!」」」」」
「ありあとー」
幼い子達の真っ直ぐな謝礼が心にしみるぜ。
「あるじ、すき」
おお、なんかどさくさ紛れにココから告白されちまった。その笑顔、ヨシ!きっとココも育てばかなりの美人間違いなしだ。
子供達はそれぞれ受け取ったカツサンドを大事そうに少しずつ食べている中、ココだけはまたあの兎食いで素早く端っこから浸食していって、途中で止まっては咀嚼し、満足げな笑みと鼻息をプフーと吹き出し、また浸食を再開している。何度見ても独特な食べ方だなぁ。
たしかココは狼人族だから草食動物系じゃないし、この食べ方はきっと種族的なものじゃなくて、ココ個人の特徴なんだろう。
「しかし、ここはランプも蝋燭もないのに、なんかほんのりと明るいのはなんでだ?」
見渡しても光源となりそうなものはどこにもないのに、この地下空間は全体がほんのりと明るいんだよね。
「おそらくこの壁に付いているヒカリゴケがこの地下特有の環境下で元々ある豊富な栄養を元に増殖したのだと思います」
ヒカリゴケって確か反射はするけど自分で発光することは出来ないんじゃなかったかな?いつだか暇な時間であてもなくネットの海を彷徨っていた時にそんなことを見た記憶がある。
「この場に生息しているのはポイズンヒカリゴケです。その名の通り、毒性の物や汚物などを好んで取り込み、栄養として僅かに発光する性質を持っていて、苔という名を冠していますが、実際は微生物の群体です」
ミーナのくれた情報をシスが補完する形で説明してくれた。
発光する苔・・・じゃなくて微生物なのか、なんか不思議な生物だけど、そんな毒や汚物を取り込んで人体には有害じゃないのか?
「有害です。現在も微量・微毒ながら、毒性の物質を放出しております」
毒なんか~い!でもまぁシスがこれまで何も言わなかったということは特に緊急性があるようなものではないのだろうな。それでも、
「シスによるとこの苔は有毒らしい。一旦全員で外に出よう」
毒と言われているのにわざわざここに居座ることもあるまい、それに・・・ここは臭い、とってもバッドスメル。
入る前から分かっていたことだが、ここはおそらく・・・肥溜めとして使っていた場所だ。
満タンになったのか、それとも他の場所に新しいのが出来たからかは分からんが、何かしらの理由で使わなくなったこの肥溜めを、ココ達が隠れ家として使っているのだろう。
あまりいい場所とは言えないが、この子達にとっては雨風、そして大人の悪意から守ってくれるここはこの子達にとっては良い場所なのかもしれない。
「外に・・・でも私達にはここが・・・」
もう俺達に対する警戒心こそないが、自分達にとっての安寧の場所から出ていくことにはやはり抵抗があるようで、ネマと子供達は心配そうな表情で俺を見上げている。
「大丈夫。関わったからには中途半端なことはしないよ。今は俺を信じてついてきてほしい」
自ら首を突っ込んでしまった以上、ここの木箱の前に毎日そっと食べ物を置いたりだの、たまに訪れて面倒をみてやるだの
「ねま、あるじはいいひと」
ココの言葉を受けて少し考えた後、頷いて見せたネマは子供達の手を取り始めた。俺もそれを手伝い、一人の男の子を抱えたが・・・軽い。
あらためて見ると、どの子もやはり瘦せ細っている。こんな年齢なのにどの子もあばらが浮き出て・・・。
「?」
自分の体を凝視されて不思議がる無垢な瞳を見ているとつい抱きしめそうになってしまうが、これは俺が新しい扉を開いたわけではなく、ただ単に元からある父性を引き出されただけだ。
今考えてみたら別にハシゴを登るくらいはいつもやっているだろうし、抱える必要も無かったんだろうけど、今更降ろすのもおかしいから俺は抱えたまま片手で登ろうとしたら、
「ご主人様、こちらへ」
上でオリヴィエが両手を差し伸べてくれていたので、俺はその手の届くところまで登って男の子を託した。
というか、抱えたままだったらこの50cm径の穴は通れなかったな。こりゃうかつだったぜ。
全員が外に出てすぐ、最初にネマの状態を魔法で診断すると、やはり中毒(弱)の結果が表示された。
クールタイムがあるので、俺が診断して異常が出た者にウィドーさんが治療していくという手順を踏んだが、結局は子供達全員がネマと同じ異常が発見されたので、全ての子を治療することになった。
「うーむ・・・とりあえず全員洗おう」
このまま宿に戻ってもいいが、さすがに今の状態だと亭主からクレームが来かねない。こういっちゃなんだが・・・全員かなり・・・ね。
「それじゃココの時と同じでこれを・・・あ」
俺はストレージから桶を取り出そうとしたが、そういえばあれはラルフ君の不必要なものを受け止めまくるのに使ったので、彼に寄贈したんだった。
「うーむ・・・」
どうしようか悩んでいたら、ふと視線の先にある秘密基地の入口にあった物に目が止まった。
「これを使うか」
穴を塞いでいた木箱は全面塞がっているのではなく、上部だけ開放されている物だった。ならば・・・。
「お、ビンゴ」
入口を塞いでいる木箱は側面の板が外れているので使えないが、横にあった同じ形の物をひっくり返すと、それも同じ形状だった。
きっと捨てられた時は開放部が上面の正位置だったのだろうが、穴を隠すのに目立たないよう、他の物もひっくり返したのだろう。
俺はこの木箱を臨時の浴槽代わりに使おうと思ったのだが、このままでは水漏れするのは確実なので、底面と側面をクリエイトストーンで作り出した粘土を塗り、その外側から他の木箱から剥がした板を張って抑えつける。
薄い粘土を張り付けただけじゃ水圧に耐えられずに剥がれてしまうだろうから、板はそれを防止するための対策だ。
「おし、ここに湯を張ろう。俺が熱湯を出すから、ミーナも水魔法で手伝ってくれ」
「わかりました」
水魔法の温度変化は魔道士にならないと使えないので、ミーナが水しか出せない分、俺が熱湯を出すことで適温を目指す。
ある程度水位があがったら湯温を調整すれば完成だ。うん、42度。パーペキ。
「それじゃ、お風呂セットを置いておくから四人でこの子達を洗ってあげてくれ。俺は宿に戻って食事の用意をしておくよ」
カツサンドの在庫はさっき切れてしまった。
ラルフの治療でごたついてて外食にもいけず、料理する時間も無かったからあんなにあったストックもすべて消化してしまったのだ。
ただ、とんかつとパン、キャベツもあるので作るのは可能なので、料理道具と材料を宿の部屋で出してまた大量に用意しておこう。今回は人数も多いしね。
あと・・・さすがにネマのお風呂シーンを間近で見るのは気が引ける。
彼女は13歳で、ココとは違い結構発育もいいが、まだかなり幼さもかなり残しているからね。
「了解しました!食事・・・お願いします!」
目を輝かせて返事をしてきたオリヴィエに代表して石鹸などのお風呂に必要な道具を渡した。
さーて、一度決めた以上しっかりやらんといけないな。
大変そうだけど、そうも言ってられない。
しかも今回の行動というのはおそらく・・・これで終わらないしな。ちょっと気合を入れねばなるまい。
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