第169話 喝采

「あの野郎・・・そういえば姿を見なかったな・・・」


ワルカを罪人へと落とす作戦が順調に行き過ぎて逆に全然アイツがいないことに疑問を感じる暇が無かったわ。

館内にいないとなると、恐らくもう逃げた後なんだろうな・・・。

あいつはココの親父の件にどう考えても絡んでいるだろうから、ワルカと一緒に罪人にしてやりたかったのに・・・。


「私達がここに来てからは私が外で警戒してましたので外に出た者は居なかったと思いますが・・・」


たしかに・・・屋根上待機していたオリヴィエに気が付かれずにそっと逃げるなんて俺でも無理そうなのにただの執事のあいつがそんなことできるはずないしな。


「ということは、危険をいち早く察知して一人で逃亡したのでしょうか?」


顎に手をやり思考モードで話すミーナ。

なんかそのポーズのキミを見ているとあっという間に事件とか解決しそうだけど、そういう存在になると事件を毎日のように引き付けるようになりそうだからフラグにならないといいけど。


「もしかしたら昨晩の夜襲失敗をどこかで見ていたのかもしれないな・・・」


その可能性もあるのか、あの時ならば色々バタバタしていたからオリヴィエの感知能力を逃れていたとしてもおかしくはない。


「さかしそうなやつだと思っていたけど・・・主を置いて逃げるなんてね・・・」


それについてはあまり違和感ないかもな、あいつはワルカに忠実ってよりも自分の利になるから利用していたように感じたし。

普通の感覚ではウィドーさんの言うことが正しいのだろうけどね。


「もちろん捜索は続けますが、昨晩のうちに逃走していたとなると、捕縛するのは厳しいかもしれません・・・今はそれにばかり人員を割くわけにはいきませんので・・・」


苦々しい表情で話すラルフ。今回のごたごたでデオード派の騎士は一掃してしまったのから絶対数も減っているし、それに今の状況も重なっているため、捜索の手を強めることが出来ないのは仕方がない。


「そうか・・・まぁしょうがないよな。とりあえず俺達に出来る事はもうないからこの辺でおいとまさせてもらうよ」


サハスを護衛につけたから大丈夫だとは思うけど、宿屋においてきたココも心配だしな。後はこの街の当事者達とカルロに任せよう。


「カルロは各所に報告してからまた連絡するって言ってたから、それを待って対応してくれ」


「はい、ありがとうございます。今回はサトル様に迷惑をおかけする形となり、申し訳ございませんでした」


深々と頭を下げるラルフ。今後の騎士団がどうなるのかは分からないが、存続するなら間違いなくこいつが団長となるだろうから、騎士団は安泰だろう。

まぁそれも領地運営がちゃんとした人物に引き継がれればの話だが、その辺はきっとカルロがなんとかしてくれるだろう。


俺がこの領の未来を行方を思いながらラルフを見ていたら、やり残していたことを思い出した。


「すまん、それ治すの忘れてたわ」


「え?」


何のことか分からずにいるラルフだが、俺は特に説明するわけでもなく彼に手をかざして魔法を使う。


「リカバリー」


魔法名を口に出すと、結構な魔力が体から抜けていくのを感じ、ラルフの右腕の輪郭が淡く光り、その光が内側へ浸透するように内側へ移行していくと、少し盛り上がった上腕部の切断面が蠢き始める。


「あ・・・これは・・・?え、あ・・・うぐっ・・・」


ラルフは激痛と言うほどではなさそうだが、少しだけ苦痛に顔を歪める。

そして切断面の蠢きが止まったと思った次の瞬間、まるで地面から芽吹く植物を倍速再生しているかのような感じで骨が切断面の中心部から生え出し、その周りに筋肉繊維や血管など腕を構成する様々なものが次々に生え続ける骨の後に続くように再生していく。


それが、肘、前腕、手首、手、指と続き、指先まで再生が終わった後、最後に凄いスピードで皮膚が構築されていった。


凄いな。こんな感じで再生してくんだぁ。

内部組織が丸見えだったが、血が無かったからか、特にグロいという印象はなく、むしろ綺麗だった。再生途中はまるで人体構造を描いた教科書とかにある図解みたいだった。


「手・・・腕が・・・!」


すぐ近くにいたシンディがラルフの無くなったはずの腕が再生していく様子を見て驚いている。


「俺の失った腕が・・・」


信じられないようなものを見る目で自分の腕をゆっくり動かしてみたり、手をにぎにぎしたりして、再生したすべての部分を余すことなく確認するようにするラルフ。


「腕が・・・生えたぞ・・・」


「凄い・・・奇跡だ・・・!」


「これが使徒・・・サトル様の御力・・・」


せわしなく動いていたこの場のすべての人もラルフの声と異変に気が付き、今は全員が動きを止めて再生した腕を注視し、次々に各々の感想を口にしだしたと思ったら、


「奇跡の御業だ!」


「うおおおおおおお!!使徒サトル様万歳!!」


最初はみんな驚きの中で呟くように声を漏らすだけだったが、その中の一人が俺の力を賞賛する言葉を叫ぶと、それが次々波のように周りへと伝播し、あっという間に部屋の中が熱狂で包まれる。


「みんな、こっちへ!」


俺は窓際へと移動して声と目配せと身振りのすべてを使ってオリヴィエ達を呼ぶ。

うるさくてかなわん。ここはさっさと逃げるに限る。

俺は飛翔魔法を素早くかけ、そのまま窓から飛び立った。オリヴィエ達も俺に続いて部屋から出てくる。


「ご主人様、よろしいのですか?」


高度を上げながら遠くなっていく領主部屋の窓を見ながらオリヴィエが問いかけてきた。


「うん。あんなこと言われてもどう反応したらいいのかもわからんしな」


賞賛を一心に受けて悦に浸るような趣味も図太さも俺は持ってないんだ。勘弁してくれ。


「へぇ~。案外恥ずかしがり屋な一面もあるんだねぇ」


「普段は何事にも動じてない様子なのに、意外だな」


「サトル様は時々ああいった顔も見せてくれますよ」


「あ、私も気が付いたことがありますよ!カワイイですよね」


ヤメロ。男に可愛いはダメだ。恥ずかしすぎる。

全然状況は違うけど、戦後の通常モードに移行した息子を見た対戦相手に同じことを言われた時を思い出したわ・・・。


あれやめてほしいよね。言われて喜ぶ男おるん?なんか居そうではあるが、俺は断然否定派だ。


その後も四人で俺のどこがああだのあそこがこうだのと意見交換しだしたが、内容がどれも俺にとってこっぱずかしいものだったからなるべく聞き流す方向で宿に着くまでなんとかやり過ごした。



「ココ~、ちゃんと大人しくしてたかぁ~?」


宿り木亭に到着し、部屋の扉を開けると、そこにはベッドの上でスヤスヤ眠るココと、彼女の腕に抱かれたままの状態となっているサハスが困った顔をして俺に助けを求める視線を送っていた。


その要請に応じ、ベッドに近づいてココの腕を剥がそうと手を伸ばした時、眠っていたココの目が突然大きく開く。


それがとても絶妙なタイミングだったため、ついビクッとなってしまったが、そんな俺を見ることもなくサハスを抱いたままガバッと上半身を起こしたココは、すぐ傍の俺に目をやったかと思うと、拘束に使っていた手を片方解き、俺に手のひらを見せてきた。


「・・・ん?なんだ・・・?」


その突然の行動にココへ疑問の声が漏れる。


「やくそく」


「え?・・・ああ、腹が減ったのか?」


なんだかんだで結構時間かかってしまったからな、それも仕方あるまい。

俺はストレージから昨日大好評だったカツサンドを渡してやると、ココはそれを受け取ってサハスを解放し、ベッドの上から飛び降りると、


「ココちゃん!どこに・・・!?」


そのまま部屋の外に走って行ってしまった。

誰もココの行動を予測しておらず、不意を突かれてしまって止めることが出来なかった。


「連れ戻すか?」


心配したアンジュが俺に問う。が・・・、


「何か理由があるのかもしれん・・・、ついていってみよう」


俺達ならココの行く先に立ち塞がって止めることは簡単だが、それはやめておこう。


ココは少し不思議なところはあるが、結構しっかりしている子だ。

一緒に過ごした時間は短いものの、ここまで起こった出来事にもあまり動揺して取り乱したりもしないし、俺の言ったことをちゃんと守ってくれたりもする。


夜襲の時なんか、アンジュとウィドーさんの傍で怯えることもなくしっかりとしていたらしいからな。


突然部屋を出ていった行動の意味はわからないが、それには何か理由があるんじゃないかと思ったのだ。






俺達は短い足を一生懸命回し、どこかに走っていくココを追いかける。

もう外も暗くなっているからちゃんと見てやらんとな。

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