第166話 逆襲撃
「結局こんな時間になってしまったな」
グラウデンの宿で目覚めた後、ラルフの面倒を少し見てからシンディと一緒にこれから二人でやってもらいたいことを伝え、俺は諸々の確認と下準備をするためにあちこち飛び回った。
魔力が無くならないか心配にはなったが、どうやらフライは単体だと大した消費量にはならないみたいで、半日ほとんど使いっぱなしだったのにまだまだ余力があるくらいだ。
もしかしたら範囲化を使って対象者を増やせば増やすほど魔力の消費量も倍増していくのかもね。
まぁいっぺんに効果を反映させられるんだから、そのくらいのデメリットがあるのは当然っちゃ当然か。
今は準備も終わり、領主館上空で来たるべき時を待ち、タイミングを窺っている状態だ。
「子爵様は今頃どうしてんのかねぇ」
上から見ても完全に周りから存在がういている領主館を見下ろして言う。
「自分の思う通りにいって浮かれてるんじゃないのか?」
アンジュが道端に落ちている糞でも見ているかのような顔で眼下の館を睨みける。
「まぁ実際は何もうまくはいってないんですけどね」
領主の間抜け面でも思い浮かべているのか、ミーナが吹き出しそうになっているのを堪えながら話す。
「全く・・・旦那の話を聞いていると、どんどん常識が崩れていくよ」
感心しているような、呆れたような微妙な目で腕を緩く組んで俺を見ている。何故組み方が緩いのかは、その手前にあるものの容量が大きいからだ。なんなら乗っかってもいる。じつにすばら。
「・・・ご主人様。ワルカがご主人様のおっしゃっていた通りの行動に出たようです」
はやっ。さすがにもうちょい後だと思ったのに、即行動に移したか。
分かりやす過ぎるだろ。体ん中テンプレで出来てんのかな?
「よし、それじゃ行ってくる。みんなは外で待機だ」
俺は領主の館目掛けて高度を落とし、屋敷中央の二階にある領主の部屋に近づいた。
すると、
「ワルカ様!これはどーゆーことデスカ!」
ラルフの怒鳴り声が聞こえてくる。
・・・不必要に大きい上、少し棒読みなのが気になるが、まぁ事情を知っていなければ気が付かれなさそうなレベルだから大丈夫だろう。
声の大きさはたぶん・・・俺達への合図のつもりなんだろうな・・・普通でいいって言ったのに。
「フハハハ!領主の首を狙う不届き者を成敗するのは当たり前だろうが!」
「ワルカ様、後ろの女は私が頂いてもよろしいですか?色々とわからせてやらねばならないことがありますので」
ゴリラの声がする。どうやらデオードも一緒にいるようだ。
相変わらずの思考回路をしてるな。お前の脳は三つ目の睾丸なのか?
「いいだろう。ただし壊すなよ、私が楽しむまではな」
「・・・下衆共め」
あまりこの声を聞いていると予定外に手が滑ってコイツ等の首を飛ばしてしまいそうになるからさっさと入ろう。
バキッ!・・・ガシャン!
俺は分厚く透明度の低い窓を蹴破り、観音開きの窓は勢いよく開・・・くことは無く、盛大に蝶番が壊れて窓枠ごと床に落ち、障子のように細かく枠で仕切られたガラスの一部はその衝撃で何枚か割れた。
そうか・・・そうだよな、窓って普通は外開きだもんね・・・。そら外から内側に蹴ったらこうなるわな。まぁいいか、領主の物だし。
音に驚いた部屋の中の全員が突然入って来た俺達を見る。
そこには中央にラルフとシンディが背中合わせに構えをとっていて、その周りをデオード、そしてデオードの下位互換のような鎧を身に着けた八人の騎士が囲み、剣を向けていた。
「な・・・!き、貴様は死んだはずじゃ!!」
お前の中ではな。ところがどっこい現実です。これが現実・・・!
ワルカは生きているはずがない者達が現れ、見事なたじろぎを見せてくる。
「こ、ここは二階だぞ、一体どうやって・・・」
「うるさいぞ、それよりお前等は一体ラルフとシンディを囲んで何をしているんだ?」
俺がワルカを睨みつけると一瞬怯えた顔を見せるが、
「お・・・使徒様には関係のないことです」
こいつ、まだ俺達が気付いてないとでも思ってんのかね?さすがに頭お花畑過ぎないか?
「言っておくが、お前の命令で俺達のことを襲ったというのは知っているからな」
「なっ・・・フ、フハハハハハ!だとしたらなんだ、貴様が偽物だと貴族であるこの私が証言すれば、捕まるのは私ではなく・・・貴様の方だ!」
こいつ、自己評価高すぎだろ。なんでそんなに自分が言ったことが正義になる
って考え方が出来るんだよ。生まれが優遇され、それを正す人がいないとこんなにも愚かになれるのか。
「・・・まぁ、その前に単独でこの場に来るような愚か者はそもそもここから生きて帰さんがな!・・・デオード!!」
「はっ!」
はっ!じゃないわ、前に出てゴリラ顔を近づけるんじゃない。
ワルカと俺の間に割り込んできたデオードに俺は素早く近づく。
「なっ・・・!」
驚いて身を引こうとしたデオードだが、俺は右手で胸倉を掴み逃がさず、左からデオードの右頬に平手打ちをくれてやった。
「ぶひぇら!・・・ぶっ!・・・ぎゃばっ!・・・がっ!や、やめ、あびゃ!」
振りぬいた左手を折り返し左頬を叩き、さらに戻して右頬へ・・・と何度も往復する必殺技・・・その名も「往復ビンタ」だ。
こないだ人生で初めてやったんだけど、これちょっと気持ちいいよね。相手の事を一ミリも思いやらなくていい時限定だけど。
「・・・・・・あ、あが・・・」
同じ軌道を何度も繰り返していたら、デオードは白目を剥いて気絶した。お前・・・気を失った顔も酷いな。軽く人間やめてるぞ、それ。
「お、お前達!何をぼさっと突っ立っておる!はやくやつを捕らえよ!」
「あ・・・は、はっ!」
ワルカの呼びかけに応じようと、ラルフ達を囲んでいた騎士達が俺の方へと向かおうとした・・・が、
「!?」
武器も持たないラルフとシンディが立ち塞がる。
「い、いくら副団長とて、武器も持たぬなら・・・!」
ラルフの実力を知っているのだろう、一人の騎士が動揺しつつもラルフに向かって剣を振り下ろす。
しかしラルフはそれを避ける素振りも見せず、そのまま脳天に受ける・・・と思ったところで人差し指と中指だけで騎士の剣を受け止めてしまった。
なにそれ、かっこいい。まるで未来から心臓病の薬を持ってきた青年が大王に見せたやつみたい!
「ば、馬鹿なっ!う・・・うぐぅ、あっ!」
騎士の男がなんとか動かそうとするが、挟まれた剣はピクリともせず、逆にラルフが軽く手首を返すように捻ると男の手から剣は離れ、奪われてしまった。
「な・・・なんだそのちか・・・がっ!・・・あふぅ」
ラルフの力に驚いていた騎士が突然眼球をグルリと上に回し、そのままドサッと倒れると、後ろから手刀を構えたシンディが姿を見せる。しかしすぐさまその姿は見えなくなり、
「フッ・・・!ハッ!」
彼女の声の発生源が左に右にと移動し、その音源付近の騎士達が次々と倒れて悶絶している。
「な、なななな・・・何だお前たちのその力は!?」
ワルカはもはやわけがわからなくなっている様子で、ラルフとシンディを交互に指差しながら少し震えていた。
「俺の加護が欲しかったのだろう?だからお前の部下にくれてやったんだぞ」
「ひぃ!」
俺は気が付かれないように素早くワルカの後ろに回り込んで彼に疑問に答えると、突然意識外の後ろから声をかけられて盛大に体を跳ねさせるワルカ。
彼らには万が一を考えて事前に俺のパーティーに入ってもらっていたのだ。
加入直後は嬉しそうに湧き出る力を使って二人で軽い組手なんかを始めていたから、今は俺達の補正値のパワーに振り回されることもなく、ちゃんと制御出来ている。
ラルフが元気を取り戻したばかりなのに、突然二人で殴り合い始めた時はかなりあせったけどな・・・。
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