第165話 多通じ

「う・・・こ、これも食べなければダメなのですか?」


いや、別にそんなことは無いけど、シスのお墨付きはあるから意味はある。

他の物でも代用できるとも言っていたけど、結局俺はお前のために一睡も出来なかったんだ。このくらいの仕返しをする権利くらいはあるだろ。


あれから俺の賢明な看護とシスの的確な指示により、見事危険な状態を脱したラルフ君は、一夜明けた今日になるとまだ衰弱はしているが、意識もしっかりして、今は失った血を生産するための材料を体内に取り込むため、シス栄養士による食事メニューを俺と一緒にずっと看病していたシンディが体の動かせないラルフに匙で食べさせているところだ。


「サトル様の出してくださった薬です。我慢して食べてください」


それは薬じゃなくて納豆だけどね。

だけど、シスによると血が足りない時に納豆はかなりいい食材らしく、彼女の提示したメニューの中で結構な割合で登場する。


「な、なんという厳しい試練・・・私も怪我をしないように気をつけなければ・・・」


そんな魁の高校生たちが名物修行をしているのを見た一般人みたいな顔しなくても・・・あれはそんな無理難題ではないぞ。苦手な人にとっては酷だろうが、人で吊り橋を作って渡るほどじゃない。


本当はレバーがいいらしいけど、さすがに生レバーは持ってないし売ってもないのでベッドのサイドテーブルには肉と納豆、緑系の野菜と果物がバランスよく並んでいた。


ちなみに、シスが提示したメニューは半日でなんと七食。一日じゃないぞ、半日だ。ほぼノンストップ飲食である。


普通なら吸収率や消化、体力などの関係で弱った体にそんなわんぱくな戦闘民族みたいな食事をとることなど出来ないし、逆に危険なのだが、抗体促進の魔法であるアンティボディには体に足りない栄養素を作り出すという効果もあるらしい。


しかしそれは無から生み出すというものではなく、副次的な効果で食べた者の消化を早めるそうだ。


というのも、本来は基本的に胃で消化し、腸で栄養素を取り出すという工程をとり、栄養素にもよるが、例えばタンパク質なら70~90パーセントほどを食べ物から吸収する。しかし鉄分の吸収率は多くても20パーセント程度しかないらしい。


だが、それらの消化工程をほぼすっとばし、飲み込んだ食べ物を魔法の効果で消化、吸収。しかもほぼ100%の必要な栄養素を吸収するとのことだ。消化までの時間も通常よりかなり早いというチートっぷり。


それなら七回と言わず、どんどん口に放り込んでいけばいいんじゃないかと思ったのだが、どうやらそういうわけにもいかないようだ。


それをすると臓器がすぐイカれるらしい。


まぁそりゃそうか。いくら燃焼効率がいい燃料が大量にあったって、それを動かすエンジンやギア、シャーシなんかを酷使し続けたら頑丈に作った車だってすぐに壊れるだろうしな。


今回もサナトリウムという疲労回復魔法との併用をしなければかなり危険で、あまりやらない方がいいということだが、例外的に必要な緊急処置としてラルフには採用したということだ。


何故メニュー提示が一日ではなく、半日だったのかというと、単純にこの後俺は行かなきゃいけない場所があるからである。

俺が居なくなるという事はすなわちシスの指示も受けられないわけだ。

ウィドーさんだけでも魔法は使えるが、結構タイミングが重要らしい。


「後二時間ほどはウィドーさんに疲労回復の魔法を数分に一回使ってもらえば大丈夫らしいから、俺は少し休んでくるよ」


「わかった。後は任せておくれ」


さすがに眠い。夜通し魔法を使い続けて疲れたしな。二時間後に起きなくてはならないが、今は少しでも寝ておきたい。いくらレベルが上がっても睡眠欲は無くならないのだ。

ウィドーさんは今日はまだ魔法を使っていないから、そう頻繁に使わない限り魔力切れになることもないだろう。


「あ、それと・・・ラルフ、先に言っとくわ」


「はぐ・・・むぐむぐ・・・ふぁい?んぐっ、何でしょう?」


納豆を咀嚼しているところ悪いな。でも、これだけは言っておかないとな。心の準備ってのもあるし。


「生きる為だ。恥は捨てろ」


「え?それはどういう・・・」


俺はストレージから一つの桶とたくさんの布、それと数個の水袋を取り出してシンディに渡し、耳打ちをする。


「シンディも大変だろうけど、必要なことだから・・・」


「私は大丈夫です。お任せください」


惚れた相手の「その」世話までするというのは将来を誓った間柄でもキツイものだと思うが、シンディはそれを快諾してみせた。ラルフ君、彼女を大切にしろよ。こんなことを快諾してくれる娘は中々いないと思うぞ。


「あの・・・何のことですか・・・?」


自分のことのようなのに自分だけ置き去りにされていたラルフは凄い不安そうな顔をしていたが・・・なぁに、すぐにわかるさ。


だって、いくら魔法だからってそのすべてを消化、吸収するわけじゃないんだ。

必ず体に必要のないものはどの食材にだってある。

そしてそれをこれから君は大量に摂取するんだ。・・・後は、わかるね?じゃ、俺は昨日ミーナが追加でとってくれた隣の部屋に行って軽く寝てくるわ。


ふわぁ~、眠い眠い。




遠くで声が聞こえる。

うるさいなぁ。もうちょっと静かにしてくれよ。


「も、もう大丈夫だ!ほらっ!こうしてもう自分で歩ける!だから・・・それはもう持ってこなくていい!」


重たい瞼を開けると、傍らにはオリヴィエが座って俺の顔を覗き込んでいた。


「あ、お目覚めになられましたか?」


目が合っても覗き込んだままの状態を維持しているオリヴィエ。


「お、おう・・・。オリヴィエは何をしてたんだ?」


「ご主人様を見ていました」


そういうことじゃないんだけど、そんな満面の笑みで言われると何も言えなくなるなぁ・・・。

一直線に突撃してくる愛が俺の心に突き刺さる。回避不能、必中攻撃や。


「そうか・・・ラルフはどうなった?」


「昨日の状態が嘘のように、今は元気になられましたよ。さすがご主人様です!」


「今回はほとんどシスのおかげだけどな」


彼女が居なかったらラルフの生存率は1パーセントもなかったんじゃないかと思うほどだ。それくらい今回の彼女の対処は完璧だった。


「シスさん・・・お会いしたいですねぇ」


前も言ってたな、それ・・・。

シスと会うには物理的な肉体、もしくはデバイスのようなものが必要なのだろうが、そもそもシスの意識みたいなものをそういったこの世界の物体に移動させることなんて出来るんだろうか?


「可能ですよ」


そうだよね、いくらシスでも・・・え?


「魂の無い器があれば理論的には可能なはずです。ですが、物理的なものに一度でも干渉した場合、対象となった物体に定着してしまいますので、それ以降はその器から離れなくなり、器が消滅した場合、マスターのスキル「システムサポート」は消失します」


つまり、例えば人形を用意してそれにシスを移した場合、人形に定着したシスは今のような状態に戻ることができず、人形が壊れたらシスも死んで復活は出来ないってこと?


「はい。壊れたの定義に修正は必要ですが、概ねその通りです」


うーむ・・・リスキーだなぁ。

シスは絶対失いたくないから、無敵の肉体でもない限り、実行するのは慎重にしたいな。

いくら物理的にシスと触れ合いたいからってホイホイと気楽にやるようなことでは無い感じだ。


「・・・」


どっかにないもんかねぇ、無敵の肉体。ちなみに俺もほしい。十個くらい転がってねーかな?


「ご主人様?」


「ああ、すまん。シスと話してた」


するとオリヴィエは唇を尖らせて。


「ご主人様だけズルいです」


と羨ましがった。

まぁいずれ・・・な。今すぐは危険がアブナイのでそんな賭けのようなことは出来んが、きっとどこかにシスを入れるにふさわしい器はあるはずだ。


あ、いくら強固で頑丈でも土偶みたいなゴーレムとかはお断りだからな。

折角綺麗な声をしているんだから、彼女の器もそれにふさわしいものでなくてはならないのだ。


「ま、待て待て!だからもう桶は要らないって!厠にはもう自分の足でいくから!」


「いえ、まだ不安です。私の上司なのですから体調が万全になるまでお世話するのは部下の務めです」


聞き覚えのある騒がしい声達が聞こえたので部屋の外に出ると、薄汚れてしまった桶を持って迫るシンディを、右手は無いが両腕を出して迫りくる自分専用携帯トイレの接近を阻止しようとするラルフ。






元気そうで何より。

あと、その桶はもう返さなくていいので、快気祝いとして君にあげるよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る