第164話 診察

「旦那!」


ウィドーさんがオリヴィエにお姫様抱っこされて屋根の上から降ってきた。

その状態で屋根の上を飛んできたのか・・・もはやなんでもありだな。


「ウィドーさん、サナトリウムを頼む。段々と効きが悪くなってきた」


魔法の効果が薄れてきた・・・というより、恐らくラルフの体力消費のスピードが上がっているのだろう。


「わかった・・・」


「人員が増えたので、一度コンサルテーションを使用して今の状態を把握してみましょう。感染症にかかっているのなら、アンティボディ、キュアイルネスの順で治してください」


アンティボディは抗体促進の魔法で、キュアイルネスは病気と状態異常を回復する魔法だ。今までウチの中で病気になった者もなりそうなやつすらいなかったから、俺は使用したことがない。


「コンサルテーション」


現在の状態を確認する診察の魔法、コンサルテーションを使用すると、脳内に一瞬情報入ってくるが、


「視覚サポートをオンにします」


シスがその情報を鑑定と同じようなウィンドウ型にして視覚化してくれた。ありがたい。



   毒(ビタタビ・重度))

   感染(破傷風菌・中度)

   貧血(重度)

   酸素欠乏症

   心不全(軽度)

   切れ痔(軽度)



毒も感染もしてるじゃないか。

他は・・・知っているようで全然内容を知らない単語ばっかりだな・・・。最後のは凄い知ってる、俺も前になったし。


「毒、感染症以外は血が足りないことが要因のものですね。最後の項目は元々の持病のようです」


言ってやるな、シス。

しかし、血液はどうにもならんな・・・ん?ってか、リカバリーが欠損回復魔法なら、失った血液も戻せたりしないのか?


「血液は特別で繧ウ繝シ繝峨Ξ繝ラ縺薙蜈医髢イ隕ァ縺ァ縺阪∪縺帙s縲・・・サポート範囲外です・・・」


なんかすんごい不服そうだな・・・とりあえず出来ないってことなんだな?


「・・・はい」


そうか・・・そしたら現状の処置を続けるしかないな・・・。


俺はとりあえず次のクールタイムでアンティボディ、更に次で指示通りにキュアイルネスを使うと、毒と感染、ついでに切れ痔も治った。病気扱いなんだな切れ痔って。

援護に来てもらったウィドーさんにはあれからずっと変わらずサナトリウムを使ってもらい、体力補助に努めてもらっている。


すると、今まで土気色だったラルフの顔色が少し青ざめたくらいに変化し、


「う・・・うぅ・・・スゥー・・・ハァハァ・・・」


消え入りそうな呻き声を出した後、今まで浅く弱い呼吸しかしていなかったのが、一度深く空気を取り込んでから苦しそうな荒い息遣いをしだした。

あの顔色は毒のせいだったのか、それとも様々な複合的要因でああなっていたのかは分からんが、何にしろ容態は良い方向に進んだようだからよかった。


「ラルフ!?」


状況が変化したことにシンディが心配し、声をかける。


「まだ意識は戻っていないようだ」


「毒と感染が治ったことでかなり生存率が向上しました。通常なら体力が持たずに死亡しますが、マスター達の魔法があれば大丈夫という言葉を使える程の確率になるでしょう」


そうか・・・それはなにより。

出会って間もないとはいえ、知ってるいいやつが目の前で死なれるのは目覚めが悪いからな。


シスは続けてこれからの方針を教えてくれた。

治療法と彼に与える食事や使う魔法とその頻度、結構細かかったからまた教えてもらうことにはなるだろうけど、彼女が今後のことに言及してきたということは峠といったものは超えたと言ってもいいのだろう。


「とりあえず危険な状態は脱したようだ。まだ看病は必要だろうがな・・・」


助かる、と断定したことは言えないが、あまりに不安そうにしていたので、彼女を安心させるくらいのことは伝えておいた方がいいと考えた俺の言葉を聞いたシンディは、


「ほ、本当ですか!?」


と言ってラルフの残っている左手を握り、


「よかった・・・副団長・・・」


ホッとした様子でやっと少しだけ笑みを見せたシンディ。


「こんなところでは治るものも治らんだろうから、俺達のとった宿で休ませよう」


まさかこのまま領主館に戻すわけにはいかんしな。

黒ずくめだけど正体は分かりきってるし、わざわざやつらの巣窟に連れてはいけない。


まだあの宿にはゴリラやその部下がいるだろうけど、今は拘束しているだろうし、うるさくするようだったらスリープの魔法で眠らせればいい。

あ、今まで使ったことのないパラライズとかサイレントをあいつらで実験してみるのもいいな。こっちは夜襲をかけられてるんだから、人体実験くらいしても文句は言わせないぞ。


俺はラルフの体をなるべく動かさないように優しく抱き上げた。

その時に気が付いたのだが、切断された腕の出血が完全に止まっていると思ったら、傷口は完全に皮膚で覆われ、塞がっていた。傷口に沿って綺麗に皮膚が張っているのではなく、少しだけ再生したような痕跡があってちょっと盛り上がっているのが気味悪い。


傷が治っているのはあれだけヒールをかけたんだし、当然っちゃ当然なんだろうが、中途半端に治るとこうなっちゃうんだな・・・。


フライをかけるとオリヴィエがシンディを背負う。

ウィドーさんの補助する人間が居ないが、「大丈夫」と本人が言うので今回は一人で飛んでもらった。

まだ少しおぼつかないが、ちゃんと一人でもなんとか制御できるようになったようだ。ココの遊びに付き合ったのが効いたかな?


距離的にはそう遠くないので、フライを使うと宿屋はすぐに見えてくる。その屋根に着地すると、


「サトル様!・・・その方は!?」


宿の屋根で待機し、周りを警戒していたミーナが俺を見つけて駆け寄ってくる。


「すまん、悪いがここの亭主に話をしてきてほしい。それと・・・これで諸々の迷惑料と追加の部屋も頼んできてくれると助かる」


おそらく宿屋の主人には何らかの騒ぎが起きていることはもうバレているだろう。なんせ結構音も立てたし、声もあげてたからな。

とりあえずミーナにそれなりの現金を握らせ、交渉事を頼んだ。


「はい。お任せください」


指示を受けたミーナは屋根から開けてある部屋の窓に飛び込み、俺達が借りた部屋へ戻る。

こういうときミーナはわざわざ細かく説明しなくても瞬時に状況を把握し、俺の意図を汲み取ってくれるから助かるね。


俺と他のメンバーも彼女に続いて窓から中に入ると、部屋で拘束した黒ずくめの男達を見張っていたアンジュが俺の腕で苦しそうに息を荒くしているラルフを見つけ、眉をひそめる。


「それは・・・そうか、道理でこちらに暗殺失敗時の常套手段が無いわけだ」


見るからに重傷のラルフと、傷は治ってはいるものの、明らかにその痕跡があるシンディを連れてきた俺達を見ただけでアンジュもすべてを理解したようだ。

ほんと、うちのメンバーはみんな察しがいい。


俺がすぐにラルフをベッドに寝かると、すぐさまウィドーさんがその傍らにきて詠唱を開始する。

しかし、そんなウィドーさんにも少し疲れが見え始めた。


俺に合流してから絶え間なく魔法を使い続けているからな・・・。

彼女の僧侶もレベル24とかなり高くはなっているが、こうも連発すればさすがに魔力の減少を感じているだろう。


「まだ平気だろうけど、もうそんなたくさんの魔法は必要ないから、後は俺に任せてくれ。限界まで魔力を使ってしまうと回復に時間がかかるだろうしな」


俺はボーナススキルでMPの回復速度が20倍になっているからどんなにからっけつになっても一晩寝れば全快するんだけど、それを持たないウィドーさんはそうもいくまい。


限界までMPを使ってしまったら、全回復するまでに数日かかってしまう恐れもある。そうなったら何か緊急事態があった時に困るしな。


「大丈夫・・・と言いたいところだけど、そうさせてもらうよ。ここまで魔法を使ったのは初めてだから・・・でもこの感覚は慣れないとね」


魔力が減ったというのは感覚でしか分からないのだが、これがまた変な感じなんだ。

体は疲れてないのに、体内の中心辺りから魔法を使う以前まで体感したことのない、倦怠感に似たようなものを感じ始める。

しかもそれは魔力が回復するまで続くんだよね。俺の場合は割とすぐに回復して収まってしまっていたから言及することもなかったんだが、あれが一日中となると、ちょっとしんどいかもしれん。






「ん゛っ・・・ん゛むぅ~~ん゛ん゛!」


「サイレント」


猿ぐつわをされた男がさっきからうるさかったから、俺は魔法で黙らせた。

今はお前と遊んでいる暇はないんだ。汚い声を出すな。

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