第163話 拍動
「あれか!」
やはり誰かが争っているようだ。
しかもそのへんのチンピラが持っているようなナイフではなく、両者がしっかりとした剣を使用している。
さっき見た火花は剣同士がぶつかり合った際に発生したものだろう。
俺達はそのすぐ近くの屋根に着地して様子を・・・、
「・・・!あれは!!」
見ようとしたのだが、高度を落として家と家の間の小路で争っている人影達の輪郭や顔がはっきり視認できるようになり、片方はさっき俺達を襲撃してきたやつらと同じ黒ずくめの格好をしているのが三人ほどいて、そいつらとたった一人で対峙していたのは・・・なんとここへ来る途中で出会った、あのシンディであった。
「オラオラァ!もう諦めろや!」
「ヒヒヒ・・・。おい、脚を狙って動けなくしろ。殺すんじゃねぇぞ、楽しめなくなるからなぁ」
「前から美味そうなケツだと思ってたんだ・・・ヘヘヘ」
「くっ!」
これまでも戦っていたのだろう、シンディはその四肢に複数の斬撃を受けた後が見える。
今も三人同時の斬撃をなんとか凌いではいるが、やはり一人ではその手数を捌ききれず、度々攻撃が当たってしまっていた。
黒ずくめの三人はシンディをいたぶって楽しんでいるのか、そのどれもが致命傷にはなっていなかったのだが・・・。
「オラァ!」
「ぐぁ・・・!」
左大腿部に剣を深く突き刺され、ついに立っていられなくなったシンディは、その場で膝を突く。
「フヒヒ・・・いいねぇ!いつも訓練で俺らをぶん殴りやがって・・・今日は楽しませてもらうぜぇ!」
「下郎が・・・!」
一人の黒ずくめが負傷してうずくまったシンディに近づき手を伸ばす。
もう剣を振る力も残っていないのか、抵抗したくても体が動かないシンディは、これから自身に訪れる最悪を予期しつつも手を伸ばす男を睨み続ける。
「ファイヤーアロー!」
闇夜を炎の矢が明るく照らしながら、シンディに向かった男の腕に命中した。
「ぎゃあ!・・・あ・・・ぁぁ・・・」
「!?」
俺の火魔法が命中した男の炎は消えることなく、腕から全身へすぐに延焼し、喉もすぐに焼かれてしまったのか、叫び声は被弾時にあげたっきりで、後は声にならない音が漏れるばかりだった。
「大丈夫か、シンディ」
すぐに回復魔法をかけたかったが、黒ずくめの一人に使ってしまったので、10秒は使えない。
「サトル・・・様?」
信じられないものを見たような顔で俺を見たシンディだったが、昼に姿を見せた時の驚きのみのものとは違って、その顔にはどこか安堵のようなものも混じっていたように感じる。
「な、何が・・・グヘ・・・」
突然燃え上がった男に動揺していた別の男のすぐ後ろに着地したオリヴィエが
制圧。そしてその背中から飛び出した黒い影が残った一人に飛びつき、
「え?ひっ・・・ガッ!」
突然のことに驚いた男は勢いよく倒れ、そのまま石畳に頭を打ち付け気絶した。
「キャン!」
その男の上に乗って誇らしげに一吠えしたのはサハスだ。
とりあえずこれでこの場にいたのは全部だな。
一応周りを見渡してもみたが、他に怪しい人影はいなかった。
「ヒール」
俺は傷だらけのシンディに近づいて再使用が可能になった魔法を使い、回復する。
四肢を中心に斬りつけられた傷がどんどん塞がっていくが、それらがすべて回復する前に動ける状態になったシンディが俺に飛びついてきた。
え!?もしかしてこの子にも吊り橋効果発揮しちゃった?ごめんラルフ君。でも恨まないでくれ、恋は戦争なんだ。勝った者が正義!すべては戦勝国がいただくのさっ!
「頼むっ!その力で副団長を・・・ラルフを助けてくれ!」
あれ、陥落宣言かと思いきや、ただの支援要請でした。
というか俺の肩を掴んだまま揺さぶり続けるのをやめてくれんか。視界がブレまくって酔いそうなんだが。
「わかった、わかったから落ち着いてくれ。当のラルフはどこに居るんだ?」
やつも別の場所で戦っていたりするのかな?
「こっちだ!」
いつものクールな様子とは全く違い、取り乱したシンディが路地の奥へと走って行ったので、それについていくと一つ角を曲がったところに・・・、
ラルフが座っていた。
いや、座っているんじゃない。ただ壁に体をもたれかかっていてそう見えるだけだ。
「うっ・・・これは・・・」
彼の目は虚空に向いていて、開いてはいるが・・・何も見ていない。
床にはおびただしい量の血溜まりができていて、今なお少しずつ広がっている。
出血元は色々だが、主に彼の右腕が「あった」場所のようだ。
ラルフの右腕は二の腕から先が無くなっていて、少し先に剣と一緒に転がっていた。
顔は土気色になっていて、呼吸をしている様子もない。
「サトル様・・・使徒様!!彼を・・・ラルフをお助け下さい!!」
「いや・・・しかし、これは・・・」
回復魔法は万能ではない。
傷は治せても死んだ人間を生き返すのは無理なんだ・・・いくらなんでも・・・。
「ご主人様!とても小さく弱々しいですが・・・まだ心臓の音がします!」
「!」
俺はすぐにラルフに近寄り、その胸に耳を当てる。
・・・本当だ、今にも停止してしまいそうだが、弱々しい拍動を感じる。
「ヒール!」
くそっ見た目があまりに惨過ぎて確認する前に決めつけてしまった。
しかし、この状態で回復魔法を使ったところで・・・いや、とりあえずやれるだけのことはやろう・・・諦めるのはまだはやい。彼の心臓は鼓動をまだ止めていないのだから。
俺はストレージから襲撃者の拘束に使ったのと同じ布を取り出し、切断された右腕の付け根をきつく縛りあげる。とりあえず止血しないとこのままはもたない。
回復魔法で失った血液は取り戻せないからな。
「シス!どうすればこいつを助けられる!?可能性があるなら手順を教えてくれ!」
「次のクールタイム明けでリジェネレーションを使用後、さらに次でサナトリウムを使用してください。それから、ウィドーをオリヴィエに召喚させましょう」
いつものゆっくりとした口調とは違い、矢継ぎ早に素早く頭の中で言葉を伝えてくるシス。・・・ありがとう。
「オリヴィエ!ウィドーさんを呼んできてくれ!」
「はい!わかりました!」
ウィドーさんはアンジュと一緒に万が一のために宿屋裏で退路確保のために待機してもらっている。
今もまだそこにいるはずだから、オリヴィエが急げばすぐに連れて来てくれるはずだ。
俺の指示を受けたオリヴィエは壁を蹴り、反対側の壁に飛んでから再びその壁を蹴って屋根の上まで飛び上がると、そのまま宿屋のある方向へと跳ねるように向かった。
フライの魔法をかければもっとはやいだろうが、今は魔法を余計なことに使う余裕はない。
ラルフの傍らではシンディが両手を組み、祈るようにして見守っている。
「たのむ・・・お願いだ・・・たのむ・・・」
誰に言うでもない悲痛な願いを呟いているシンディ。
少し・・・震えている。
「リジェネレーション!」
魔法をかけられたラルフの体が淡く光る。その光はすぐにスゥーっと消えて無くなると、今度は光の粒子がキラキラとラルフの周りに発生しては瞬き、体に溶け込むようにして消え、また発生して体に消えていく。
このリジェネレーションも回復魔法なのだが、瞬時に回復していくヒールと違い、これは一定時間継続して回復し続ける魔法だ。
この光の粒子が発生している間はその効果が継続しているということなのだろう。
俺は魔法の様子をただ見つめ続け、クールタイムが過ぎるのを待つ。
「サナトリウム!」
次のクールタイムが来たので、シスの指示通りに今度は疲労回復魔法を使う。
これで体力を回復させて危険な状態を回避し、安定させる狙いなのだろう。
「このまましばらく、ヒール、サナトリウムを繰り返してください。リジェネレーションは重複しませんので、効果が消失したのを確認してから使用をお願いします」
わかった。リカバリーは使わなくていいのか?
欠損回復の魔法であるリカバリーは、ヒールで治らない深すぎる傷や、四肢欠損も治してしまうとんでも魔法だ。
これを使えばラルフの右腕も治るはずなのだが。
「現在の要救助者は大量の血を失っています。ここで腕を治してしまうと再生した腕に血が流れ込み、非常に危険な状態となります」
なるほど・・・リカバリーはガワは作っても中の血液やらなにやらは作られないのか。使い方には気をつけないとな・・・。
しかし・・・ラルフの顔色は一向に良くならない・・・。
シス、これは大丈夫なのか?
「・・・このままマスターが魔法をかけ続けても生存確率は38%です。点滴で輸血することができませんので・・・あとは彼の気力次第です」
システマチックなシスでも、最後には気力という曖昧で不確実なものに頼るしかないのか・・・。
結局最後の最後で生死を分けるのは、そういったものなのかもしれないな・・・。
その後も震えた手で祈り続けるシンディの横で、俺はシスの手順に従い続けた。
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