第162話 夜襲

俺達はグラウデンにあった宿屋「宿り木亭」の二階の奥の少し大きめの一室をとった。

空き部屋はいっぱいあったが、俺達が全員で泊まれる部屋は二階の角部屋にしか無かった。

値段も他の部屋よりかなり割高で二部屋に分かれるよりも高くなったが、今夜予想される出来事を考えれば一階より二階の方がいいし、まとまって離れない方がいいからちょうどいい。


「ぼいーんぼいーん。あるじ、フカフカ」


ダブルくらいあるベッドの上で跳ねたりしてクッション性を堪能しているココが俺にその感想を伝えてきた。楽しそうだな。

ちなみにウチのベッドはキングなんかよりももっとでかいぞ。


「しかし・・・本当に来ますかね?」


弾んだり手足をバタバタさせたりしているココを見ながら、ミーナが真面目な顔で聞いてきた。


「ミーナも聞いただろう?奴らの愚行としか言えない企みを」


汚いものを思い出してしまったように顔をしかめながら言うアンジュ。


「そうですね。しかし、スタンピードをほぼ単独で対処してしまったサトル様をどうにかできるなんて本気で思っているのでしょうか?」


「きっと噂が大きくなったとでも勝手に思って信じていないんじゃないか?旦那の力を知っていたら、あんな考えを持とうなんて思わないさね」


ミーナの言葉にウィドーさんが合っていそうな憶測を伝える。


「あの領主は貴族失格です!ご主人様への態度がなっていません!」


いや、俺に対してのどうのこうのが無くてもあいつは駄目だと思うぞ。

貴族の領地運営がどんなものなのかは知らんけど、そんな俺だってあの館が見栄と虚栄で出来ていることはすぐにわかる。


それでこの街が発展しているんだったらまだいいが、ここはお世辞でも良い街とは言えん。

下水施設がちゃんと整備されていないのか、街中はなんか臭いし、住民も活気があるようには見えない。


館ばかり立派でも、それが立っている街がこの有様じゃ、領主の器は知れたものだ。


「さっきここの亭主に聞いた通り、グラウデンで一番大きい宿屋はここで、大人数で泊まれるのは他にないらしい。だから今夜、間違いなくここに来るはずだ」


そのために俺は明日の早朝に街を出ると言ったのだ。街を出てしまえば俺達を見つけるのは困難になるだろうし、ファストに到着してから襲撃するには目立ちすぎる。


襲撃にはそれなりの人数を用意するだろうから、夜中の人が寝静まった頃に襲い、目撃者をなるべく減らしたいだろう。

いくら自分の領地といったって多くの者に目撃されれば、自分の正当性を欠くことになるかもしれないからな。


奴は俺を偽物としたいはずだから大人数で奇襲をかけたなんてことが知れれば不味い。俺は偽物のはずなのだからな。


そういったことも含めて強引に強権を振るってことを進めることも出来るだろうが、それはきっと最終手段だ。考えなしのお馬鹿さんだったら最初から使うかもしれんが、悪いやつってのは往々にしてこういうことだけには頭が回ったりするもんだからな。


その後、俺達は想定できる襲撃方法をあらかじめ何通りか話し合い、それぞれの対処法も意見を出し合ったが、そもそも襲撃者の実力は最高でもラルフ君以下であろうことから、ココさえしっかり守っていればどうとでもなるという結論に至り、彼女周りの安全対策と最低限の決まり事の確認と、不測の事態も少しだけ考えて、作戦会議は終了となった。



その夜、同宿屋にて。


ギィィィィっと角部屋のドアの音を殺して開こうとしたのだが、年季が入った扉の蝶番と建付けの悪さがそれを許さず、扉を押し開ける毎に低い呻き声のような扉の軋む音が鳴っていた。


そしてそれが鳴り止むとほぼ同時に数個の影が音もなく部屋の中に入り、ベッドの周りに集まっていく。影は全部で四つ。ベッドは壁の端ではなく中央にあるため、影たちは左右に二人ずつ分かれた。

そしてそいつらはお互いを見合わせ、同時にコクリと頷くと、ベッドの膨らんだ箇所に全員で一斉に剣を突き刺した。


「その弁償代はお前らで払えよ」


「!?」


部屋の隅にある蠟燭の灯りが届かない反対の角に隠れ潜んでいた俺が声を発すると、そいつらは一斉にこちらを見るが、俺はそいつらが向く前に別の角に移動して、さらに天井近くに張り付き視線から逃れる。これ、前からやってみたかったんだよね。蜘蛛のスーパーヒーローの所作は誰もが真似するだろ?ちなみに、この行動に特に意味はない。俺がやりたかっただけだ。


声がした方に人が居なかったことで困惑したのか、キョロキョロと周りを見始めるも見つからない。

そんな中、ベッドの左奥に位置どっていた男がベッドの掛け布団と剥ぎ取ると、そこには俺のストレージから出した布をこの部屋に元々あった枕に巻き付けたりねじったりして、雑に人型となるようにしたものが複数個おいてあった。


「なっ!?」


こいつらは全員が口の部分を布で覆い、全身を黒ずくめの格好をして素性を隠そうとしているのだが、


「お前等、子爵んとこの人間だろ」


「うわぁ!?」


俺は音もなく男達の背後に天井から降り、話しかけると、突然意識外から声をかけられた黒ずくめ達は声をあげて驚く。


「ち、違う!俺達は子爵様の手の者ではない!」


「様」つけちゃってるし・・・。だいじょぶ?

というか・・・、夜襲にきてるのにそんな反応しちゃだめだろ。


たぶんこいつらは暗部ぅーとか、闇ぃーとか、忍者ぁみたいなよく物語に出てくる暗殺とかの専門部隊なんかじゃないんだろうな。

まぁこんな弱小領地の子爵がそんなもん持ってるはずもないけど・・・それにしたって分かりやすすぎだろ。このお馬鹿ちゃん達め。


もういいや・・・ということで、俺は右手を上にあげた。

すると、


「ガッ!」


「グハッ!」


「ウッ!」


俺の目の前のやつ以外の三人が短い呻き声を出した後、それぞれが白目を剥いて次々に倒れていく。

まぁオリヴィエとミーナの拳が黒ずくめの男達の腹部にめり込んだらそりゃそうなるよね。二人は気絶しているが、一人は不幸にも気を失うことができなかったようで、その場に突っ伏して声すら出せずに悶絶している。


「なっ!?」


「しかし、もっといっぱい来ると思ったのに、たった四人とは舐められたものだな」


まぁ元々こいつらは完全に不意をついて寝込みを襲うつもりだったのだろうから、そう人数を揃える必要もないと踏んだのかもしれんが、それでも作戦なんてものは万が一に備えて予備も用意しておくものだ。


俺達もこいつらが夜襲に失敗した時に第二案として予備戦力を突入させ、隠密性を捨てた数による攻撃を仕掛けてくるんじゃないかと警戒し、その対策としてアンジュとウィドーさんを別に配置していたのだが、それは全くの無駄に終わったな。


「ぐぬぅ・・・まさか気付かれていたとは・・・まあいい、こうなったら力づくで貴様を・・・!」


「キミにはむりぃ~」


俺は剣を突き刺すような形で突撃してきた男の側面に素早く回り込み、頬にビンタをくれてやった。


「ぶべらっ!」


床に倒れ伏すデオードの胸倉を掴んで無理矢理起こし、


「ぶっ!・・・げはっ・・・ぎゃ!・・・い゛だ・・・や・・・やべで・・・」


何度も何度も手加減した往復ビンタを繰り返す。ちょっと力を篭めたらたぶん首がクルクル回って飛んでいきそうだからな。感謝しろよ。


「ぐ・・・きゅぅ・・・」


頬が腫れ上がっておたふくみたいになると男の眼球はグルリと上向きに回り、気を失った。


「おし・・・とりあえずこいつらを縛って・・・」


「ご主人様・・・!」


俺が倒れた男の顔を覆っていた布を剥がそうかと手をつけようとした時、オリヴィエが突然俺を呼んだ。

そちらを見ると、オリヴィエは何故か窓の外を睨みつけていた。


「ん?どうしたオリヴィエ」


「何か・・・遠くで・・・」


そして目を瞑り、集中した様子で耳を動かす。

これはダンジョンでも彼女がいつも見せる、探知に集中した時の動きだ。


「これは・・・!少し離れた場所で誰かが争っている音がします!」


小さな音を捕捉し、解析したオリヴィエは、目を開いて俺にその分析結果を報告した。

誰か・・・って誰だ?

オリヴィエが集中しなきゃ分からない位だから近くで待機しているウチの二人ではないはず。そもそもアンジュとウィドーさんだったら争いにすらならないだろうしな。


「・・・念のため様子を見に行くか。ミーナはこいつらをこれで縛りあげといてくれ」


ストレージから拘束に使えそうな手頃な長さの布を多めに出して渡すと、ミーナは黙って頷く。


「オリヴィエ、その場所まで案内してくれるか?」


「はい!」


俺はフライの魔法を使い、すぐさま部屋の窓からオリヴィエと二人で飛び立つ。

外に出ると、もうすっかり陽は落ちていたから真っ暗かと思いきや、通り向こうの家が視認出来るくらいで、意外に明るいなーと思い目線を少し上げて見たら、まんまるの月が浮かんでいた。


どうやら今日は満月のようだ。


この世界は異世界だからって月が複数あったりしないが、月の色やここから見える大きさは俺の知る月と変わらない。なんか模様は違うけどな。


月の光量なんて意識したことなかったけど、こうも街に明かりが少ないと気にしなくてもよくその明るさがわかるな。






「ご主人様、こちらです!」


オリヴィエは自らが捉えた音を見失わないようにするためか、視線をある一点に向けたまま動かさず、俺を誘導する。


そのまま黙って彼女についていくと、闇夜の中に僅かな火花の瞬きが見え、同時に金属が交差する音が俺にも聞こえてきた。

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