第159話 憤慨

「ココちゃん・・・あれからもう五年も経ったのに、全然変わってない・・・。ううん、少しだけ・・・背が伸びたかしら」


サリナは悲しそうな顔をしながらココに歩み寄り、屈んで視線の高さを彼女に合わせると、その小さな肩に両手を乗せ、その顔をじっと見つめながら話しかけた。

しかし、ココは小首を傾げながら少し困った表情を見せつつ、


「だれ?」


と言って、サリナのことがわからない様子だった。


「そうよね。私と会ったのはテイザー様に紹介してもらった時に少し一緒に遊んだ一度だけ、覚えていないのも無理はないわ」


仕方ないとは言いつつも少し寂しそうだったサリナを、じっと無表情のまま数秒間じっとまっすぐ見ていたココは、


「どろだんごをたべさせようとしたひと?」


そうココが言うと、サリナの表情はパァッと明るくなり、


「そう!泥団子を・・・あ、いえ、違うんです!あれはおままごとで泥団子を作って提供したフリをしただけで・・・」


あらぬ誤解を生むんじゃないかと焦って手をバタバタさせるサリナ。いや、この状況でキミがそんなものを無理矢理ココに食べさせたなんて、さすがに誰も思わんわ。


「サリナ」


ココが彼女のことを指差し、その名前を口にすると、またさっきの表情を取り戻したサリナがココの手を取り、


「そう、サリナ!思い出してくれたのね!」


「ううん、なまえはさっききいたから」


そりゃそうだ。見た目と言動はかなり幼いままだけど、ココはもう10歳なんだからな。さっきまで一緒に話を聞いていたんだからそんくらいはもうわかってるだろ。


だが、思い出してくれたのかと期待して嬉しそうにしていたサリナも、「そうよね」と言って納得しつつも、非常に残念そうにうなだれていた。


「それで、なんで執事長の娘だったココが路上生活なんかを強いられることになったんだ?」


「え?」


え?って・・・質問しているのはこっちなんですけど。疑問符を跳ね返すのはやめていただきたい。


「ココちゃんが・・・路上で・・・?なんで?・・・執事長は高給とはいわないまでも、それなりの給金はいただいてて、贅沢をしている様子も全くなかったのに・・・」


「どういうことだ?つまり、ココが一人になっても普通に暮らせるだけの蓄えは持っているはずだってことか?」


なんだかきな臭くなってきた。


「はい。テイザー様は代々この子爵家に仕える執事の家系でしたので、先代領主様の時分から・・・それこそ子供のころよりお仕えしていたはずです。もし見えぬところで散財をしているようなことがない限りは・・・。ですが、テイザー様に限ってそのようなことはないと断言できます」


ココの父ちゃんは死ぬまで贅沢をせずに働き続けたにもかかわらず、何故か彼が亡くなった途端にその子供がストリートチルドレンとなった・・・か。


プンプン臭うどころか、なんかもう俺の目の前にハッキリと映るくらいに情景が思い浮かぶんだけど・・・。


「ココ、父上が亡くなった後、家はどうしたんだ?」


するとココは俺の事を見上げ、、


「ちちうえがしんですぐ、おとこの人がきて。ちちうえがわるいことしたからぼっしゅーだって。・・・でていけって」


相変わらずの無表情ではあったが、その顔には確実に哀しみの色が滲んでいた。


「そんな!?裁定が下った時、テイザー様は罪を受け入れる代わりに家財は自分の子に受け継がせるように、という約束だったはずです!」


「・・・ちなみに、ココの父親はなんで死んだんだ?」


俺は必死にコンコンと湧き出てくる怒りを抑えながら、サリナに問う。


「・・・・・・テイザー様は・・・領民の税を横領した、と・・・そしてその罪で極刑に・・・」


「彼がそれをしたと思うか?」


「ない!・・・と思います。・・・ですが、当時執事として領主様が雇ったばかりのナード様が証拠があると言って・・・」


うん、黒い。

黒すぎてもはやグロいわ。色んな意味で。

サリナが断言しなかったのも、それをしてしまうと仮にも自分が仕えている主人に対してハッキリとした敵意を人前で示してしまうと思ったからで、おそらく彼女はココの父親がそんなことをしたとは一ミリも思っていないはずだ。見りゃわかる。


領主が雇った執事、そいつが持ってきたという証拠、領地に見合わぬ豪華な館、そして・・・ココの父親の財産没収。


こんな分かりやすすぎるミステリーあるか?

俺が編集長だったら一目見て没にするぞ、こんなん。・・・クソ!


 ドン!!・・・パリンッ


我慢できなくなった俺は今すぐに領主のもとへ行こうしたのだが、ムカつきすぎて、その感情のままに部屋のドアを蹴って開けようとしたら・・・蹴破るどころか蹴った観音開きの扉が片方綺麗に飛んでいってしまった。

反対側の壁に飾ってあった壺がなんか落っこちた気がするけど・・・まぁいいか、子爵の屋敷だし。おれんじゃないし。


「サトル様!」


止めてくれるなミーナよ。


「領主である貴族を個人の判断で裁断し、成敗することは危険です」


分かってる。それでも・・・!


「ですが・・・・・・。やっちゃいましょう!子爵程度を敵に回したところで、アースドラゴンより手強いなんてことはないはずです」


ミーナは俺に向かって以前に俺がオリヴィエに教えた親指を立てるグッジョブサインを見せてきた。そういやダンジョンで結構定期的にやりあってるよね、それ。気に入ったん?


「ミーナ・・・」


俺は嬉しくなってミーナの頭をついナデナデしてしまった。

まさかミーナから許可が下りるとはな。

彼女もドラゴンの前に立ってしっかり戦うほどの胆力を持った女性、ということだな。おじさん、嬉しい。感動しちゃう。


「私もお供しますよ!」


いつもの胸ギュで参戦表明してくるオリヴィエ。


「腐った権力者を正すのも使徒の役目・・・だろ?」


そんなことはない・・・と提案してきたアンジュに否定したいが、実際にやろうとしちゃっているからできないのが悔しい。


「旦那についていくって決めたんだ、アタイも覚悟は決めるよ」


この中ではまだウィドーさんだけまだちょっと覚悟が足りてない感じがするけど、彼女はあのスタンピードやらドラゴンやらを乗り越えたわけじゃないからしょうがないよな。

でもそんな彼女もついてきてくれると言ってくれるのはかなり嬉しい。


「オリヴィエ、アンジュ、ウィドーさん・・・ありがとう」


どうやらこの場で俺の怒りに任せた判断を諫める者は居ないようだ。

それどころか全員で同意してくれた。

これならもう怖いもんなし。今の勢いなら皇帝だってぶっ飛ばしちゃうね。やらんけど。


「だが大丈夫だ。今回の件は、たぶんぶん殴らなくたって解決できる」


「え?それはどういう・・・?」


気合入り過ぎて腕まくりまでしそうなくらいだったミーナが、俺の言葉に首を傾げる。

その疑問に俺はあえて答えず、黙ってニヤリと笑ってみせた。


そう、ペンは剣よりも強し!なんて一定の条件が揃わないとまったく効力を発揮しない理想論を言うつもりはないんだけど、別にムカつくやつをぶん殴るだけが解決方法ではないってことだ。


正直今の俺達なら暴力を振りかざしてこの領地ごとまるまる制圧することだってできてしまいそうだが、そんなことしても俺がめんどくさくなりそうなだけだし、そういうことができそうなやつには心当たりがある。

でっかい貸しもあることだしな。






それに、もしかしたら今回のことを利用して、今回のようなことを抑止できるかもしれない。

毒を持って毒を制す、楽は苦の種、苦は楽の種ってね。

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