第157話 約束
「はぐっ・・・!はむはむはむごくん。はぐはぐっ!はむはむはむはむごくん。はぐはぐはぐっ!はむはむはむはむはむはむはむはむごっくん」
ココを丸洗いした後、ウチで一番サイズが小さいミーナの服をココに着させたのだが、さすがに大きすぎて彼シャツ状態になっているココに、俺がストレージから作り置きしていたカツサンドを出して渡すと、最初は見たことない食べ物に戸惑っていた様子だったが、恐る恐るカツサンドにパクっと食いつくと、どんどんそのちっちゃい口に吸い込まれていった。
オリヴィエと違って口にストックするのではなく、咀嚼を高速化することでカツサンドを端からどんどん消していくように食べる様子は見ていて少し面白かった。
作り置きなのにストレージに入れておいたおかげでまだ温かく、肉汁も冷えてないから噛む度にジュワッと出てくるカツサンドはうまかろう?
ちなみにココを洗っている最中に今は何処に住んでいるのかなど、二、三質問したのだが、どうやら彼女はいわゆるストリートチルドレンというやつらしい。格好や状況から予想はついていたことだが、直接本人から聞くと心にくるものがあるよな・・・。
横で一緒にそれを聞いていたアンジュが「分かっていると思うが、キリはないぞ」と詳しくは語らないその短い言葉の中に凝縮された忠告をしてくれたのだが、俺は「分かっている」という嘘をついた。
俺は何も分かってなんかいない。これは今見過ごさないことで俺が後悔しない為だけの・・・ただの自分勝手な自己満足だ・・・。
「あるじ」
・・・・・・あるじって・・・え、俺の事?それともこの地方の方言か何かなのかな?
ついさっきのことを思い出していた俺に変な呼び方で声をかけてきたもんだから少しだけ戸惑いはしたが、どうしたのかと思って下を見ると、さっき渡したカツサンドをすべて食べ終わったココが、自分の両手をじっと見つめていた。
数秒そのまま黙っていたのだが、その後に俺の事を見上げ、
「なくなっちゃった・・・」
と、悲しそうに瞳をうるうるさせるココ。
俺がそのあまりのかわいらしさに、ついつい手が伸びておかわりカツサンドをストレージから出してしまいそうになったのだが、その気持ちはなんとかグッとこらえる。
揚げ物だし、今の状態のココにいっぱいあげちゃうと胃がビックリしてしまうだろうと思ったからだ。
こういうときはもう少し時間を置いた方がいいってどっかの漫画のばっちゃんが言ってた。
最初から与えるものを胃に優しいものにすればよかったとは思うが、なんせウチの食事は揚げ物が大人気メニューでその大部分を占めるため、自ずと大量に作るのは決まって揚げ物であり、そうなるとストレージに入れる非常食はおのずと油を吸い込んだものばっかりになってしまうのだ。
ちなみに食べ切れなかったものを入れる、などとという事はない。
全部、これはちょっと多いなと判断した俺が、調理後すぐのものをストレージに入れて量を調整している。
そうでもしないとやつらは食卓に出したもののすべてを吸い込んでいくからな。
「また後であげるよ」
ストックはまだまだあるぞ。
「ほんとう?」
「ああ」
「やくそく?」
ココが少し小首を傾げて念を入れてきたので、
「約束だ」
と、俺はココとカツサンドのおかわりを約束した。
「ありがとう、あるじ」
表情の乏しかったココがこのときはじめて満面の笑みを見せてくれた。・・・可愛い。パッシブスキル「親心」を手に入れてしまったかもしれん。
しかし、また俺の事をあるじって呼んだな・・・。この地方ではお兄ちゃんとかの意味だったりするんかね?
「なんで俺の事をあるじって言うんだ?」
「わたしのあるじだから。ちちうえがいってた」
どういうことだ?あるじってもしかして方言とかじゃなく、そのまま「主」って意味なのかな?主君とか我が主とか、誰かに仕えた人がその主人に言うアレの・・・。
仮にそうだとしても、ちちうえがいってたっていうのはどういうことだ?俺の知り合いがこの世界に居るはずもないしな・・・。
「父上が・・・なんて言ってたんだ?」
「・・・」
俺の質問にジッと顔を見つめたまま固まるココ。なんだ・・・どうした?俺の顔にちっちゃいオッサンでも付いてるか?それとも、その曇りなき眼は俺が自身がオッサンだという事を見抜いてしまったのか?
「ないしょ」
うおー、胸がキュンキュンするんじゃあ~。これが古から伝わるかの親のキモチというやつか!
これは・・・何というか・・・保護欲が凄い、グングン上昇中。ストップ高。
この子を解き放て!ココは可愛いんだぞ!俺にココが救えるか?あぁ救ってやるとも。いくらでもな。
「ラルフ、ちょっとこの子の服を買いに行きたいんだが、少し寄り道してもいいか?」
さすがにこのままミーナの上着一枚というわけにもいくまい。
丈はまぁワンピースと無理矢理言い切ってしまえるかもしれないが、袖は定期的に捲ってあげないと、びろーんとなって完全に萌え袖状態になってるしな。
「はい、問題ありません。むしろ丁度いいですね。私は先に領主館へと戻り、子爵に報告してまいります」
たしかにいきなりぞろぞろと領主館に押し掛けるよりも、あらかじめラルフ君にアポを取っておいてもらった方がすんなり事が運びそうではあるよな。
「頼む。そんなに時間はかからないと思うから」
「了解です」
そして薄暗い裏路地から街の表通りに出て、ラルフに領主館のある大体の位置と方向と、服を売っている店の場所を教えてもらってから別れ、俺達はその店に向かった。
「ココ、次はこれを着てみましょう!」
「や!」
オリヴィエがピンクの渦巻きに中心から虹色の線が放射状に伸びて背中で収束するという洗脳されそうなデザインの服を持ってココに着るように勧めているが、今はウィドーさんの選んでくれたカッコ可愛いいハイセンスの服を着ているココはそれを完全に拒否。ちょっとした追いかけっこになっていた。
「とっても可愛いですよ、ホラ、脇のとこにはこんな素晴らしい意匠も施されています!」
「や!」
いや・・・そんな目玉みたいなマークが脇の下に配置されてたら怖いだろ・・・。ってかなんでそんな服売ってんの?どこにあったのよ、それ。
別にパッと見はそんなに変なデザインがいっぱいあるような店ではないのにな・・・。
そういや、ファストの店でもそうだった。オリヴィエは奇抜なデザインを店のどこかから必ず見つけてくる。でも、俺が探してもそういう服は出てこないんだよね・・・。
もしかしてオリヴィエって、変な服専用ストレージを持っていて、密かにそっから出してんじゃないの?って思うくらいだ。
店内を走り回ってオリヴィエから逃走を続けるココは、たまたま移動先に居たミーナを盾にして後ろに隠れ、足にしがみついてそこから半身だけ姿を覗かせている。
「オリヴィエさん・・・ココも嫌がってますし、その辺で・・・」
「んー、可愛いと思うんですが・・・」
オリヴィエの言葉に渋い顔を見せるココと、苦笑いしか出来なくて困り顔のミーナ。
「凄いな・・・あれは」
「ある意味感動すらするねぇ」
あのお狐様に賛同する人がいなくてよかったよ。
誰か彼女の捻じ曲がったセンスを矯正してくれる人はいないのだろうか。
「あ、ご主人様に似合う服も見つけてきましたよ!」
・・・・・・。
誰か!はやく!
オリヴィエを止めてーーーー!
その後は、結局誰も止めてくれなかったどころか、ココを含めた全員が目を逸らしやがった・・・。この薄情者共め。
仕方ないから俺は自分で思いつく限りの様々な言い訳を全力で駆使し、なんとかオリヴィエチョイスの購入を阻止することに成功した。
一度購入してしまったら最後、今度は家で着用するのを勧めてくる彼女を躱し続けなくてはいけなくなるからな・・・それだけは絶対に避けなくてはならない。
絶対にだ!
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