第156話 ココ
「だいぶ近づいてきましたね」
「領主の街っていってもそんなに大きくないんだな」
現在グラウデンまで距離的にあと数百メートル、その上空。
ずっと上空から視認は出来ていたが、ずっとスケール感はあまり掴めなかったのだが、ここまで近づくとさすがに良く分かるな。
大きさはトレイルの半分もない。三分の一位か?
それでもファストよりは大きいが、日本の都市規模に慣れた俺が、しかもトレイルの次に見てしまうと、さすがにしょぼく見えてしまう。
防壁も申し訳ない程度の高さしかなく、ファストより低いくらいだ。
まぁ向こうは戦時下に造られたという砦という歴史を持つからそこと比べるのは違うかもしれないが、それにしても・・・って感じだ。
「シーシャーク領は領地こそファルムンド一の広さがありますが、そのほとんどがグラウ大森林とエンシェントトレントの居るグラウ大平原ですので・・・」
なるほど、領地がいくら広くても領民が少なければ税は入ってこないからな。
街や村を作ろうにもそのほとんどが開墾の難しい魔物の森か、逆鱗に触れたら街が滅ぼされかねない爆弾が居る土地しかないのではな・・・立地的には最悪というわけだ。
「それじゃ、街の直上まで来たし、どっかの人目が少ない路地に・・・」
「ご主人様!」
「キャン!」
耳をピコピコさせたオリヴィエが俺の言葉を遮ってきた。
どうした。ご飯にはさすがにまだはやくないか?っていうか、サハス。お前そんなとこに居たんか。オリヴィエが背負い袋を持っていたのは中にサハスを入れるためだったのね。
「あれを!」
オリヴィエは俺にその場所を見るようにと、地上に向かって指で差し示している。
なんだ?そこになにが・・・。街の人気のない裏路地に、何か・・・誰か走ってる?
・・・・・・ーーー!!
高度を落としていく毎に、何か怒鳴り声のようなものも聞こえてきた。
「コラァーーー!!待たんかクソガキィーー!!」
・・・厳ついスキンヘッドの男が・・・子供を追いかけている!?
俺は急いで高度を落とし、もはやただ落ちるよりも早い速度で地上を目指す。
目標は子供と追いかけている蛸頭の間だ。
ぐんぐん目標が近づく。
ぐんぐん・・・ぐん・・・あ、ヤベ。
ドオォーーーーン!
咄嗟に右手を地面に突き出して風魔法を使ったが、とてもじゃないが魔法の風圧だけでは勢いを殺しきれず、もはや着地というよりも墜落といった方が表現としては正しい形で降り立った。
・・・うわっ、右手を下にした動きに体が連動してつい右膝をついたのだが、この格好・・・ヒーロー着地やん!はずぅーー。
急に変なポーズで二人の間に現れたもんだからご両人とも目を丸くして固まってらっしゃるやん・・・。あ、くそ・・・衝撃で痺れてすぐ体が・・・。
「な、ななな・・・なんだてめぇは!」
「・・・ぉー」
なんとか気持ちを持ち直した禿げ頭が、一番上澄みの浅ーい質問を投げかけてきた。俺が背にしている子供は何か感嘆詞のようなものを口にしてるし・・・。キミ、ピンチだったん・・・だよね?
「たすけて」
俺がやっと痺れが治って立ち上がると、後ろの子供は俺の足にピタッとくっついて短く簡潔な言葉と特徴ある平坦なトーンで救助を求めてきた。
子供はボロ切れのような服とは言えないようなものを身にまとっていて、その・・・正直にまっすぐと表現すると・・・かなり汚い。
水浴びすらしていないのか、匂いが結構キツいし、黒髪なのに見ただけでベトベトなのがわかるほどだ。
獣耳が付いているが、オリヴィエのものよりは少し小さいかな?どっちかというとサハスのものに近い。
少し前の俺もちょっと匂うかなと思うとこまで来ていたが、今は風呂も入っている上に石鹸まで自作してしまったが故に、余計にそう感じてしまっているのかもしれない。
「コラ、子供を襲うのはやめろ」
「うんうん」
俺が禿げ親父に忠告すると、足元の子は・・・ん?こいつ・・・。
「ご主人様!」
少し遅れてオリヴィエ達も次々に降り立ってきた。
「し、死ぬかと思った・・・」
最後にアンジュが何故か俺の背中に居るはずのラルフ君の首根っこを掴んで降りてきた。
あ、そっか。あんな速度で降下したらそりゃ途中で振り切るよね。こりゃ失敬失敬。すまんな、ラルフ君のことすっかり忘れてたわ。
「な、なななななんなんだお前等は!」
再び起こった不可解の連続にまた同じ質問をしてきた蛸入道。
「大体、俺はそいつを襲っていたわけじゃねぇぞ!そいつが店の物を盗んだから追いかけていただけだ!」
足元の子・・・鑑定によるとこの子の名前はココ・・・は、親父の指摘を受けた瞬間にサッと右手を後ろに隠した。
「・・・」
俺がジトっと足元のココを見ると、逃げるように視線を外した。
うーむ・・・これは、おヒカリヘッドのオジサマは悪くない感じかぁ・・・。
「・・・わかった、俺が十倍の値で買い取ろう。今日はそれで勘弁してやってくれ」
ただ今持っている物を返しても、ここまで追いかけてきた労力と迷惑は返ってこないのだから、こういうときは最初から結構高めに弁済した方がいい。
その方が溜飲を下げやすいしな。
「ま、まぁそういうことであれば・・・」
「すまんな。よく言い聞かせておくよ」
俺は後ろ手でコッソリストレージから取り出した銅貨を一握り分渡した。
「こ、こんなにいいのか?」
俺が頷くと、親父は反対方向に歩いて去って行った。
俺は改めて足元のココに目をやると、ココもこっちをじっと見つめていたので、目が合って見つめ合う形になった。
さっきも使ったが、チラッとしか見てないから、俺は改めてもう一度鑑定を使う。
名前
ココ
性別
女
年齢
10
種族
狼人族
職業
盗賊 Lv2
10歳だということだが、見た目はもっと幼く見えるな。
「栄養不足による成長阻害の状態と推測されます」
うん・・・そうだろうね。なんとなくわかる。
しかし、盗賊レベル2か・・・この細い子供が魔物を倒してレベルを上げたっていうのはちょっと想像できんから、もしかして盗賊は物を盗むと経験値が入るのかもな。
そしてそれでレベルを上げたのだとしたら・・・。
「お前、今回が初めてじゃないな?」
「うん」
しょうじきぃ。そんな真っ直ぐな目で自供しないでくれないかな。怒りづらいやん・・・。
「なんでこんなことを?親はどうした」
「しなないため。ちちうえはしんだ」
死なない為・・・か。こんなに小さな子が。
この世界じゃありふれているようなことなんだろうけど・・・実際に目の当たりにすると結構きついもんがあるな。
俺がストレージから布と水袋を取り出し、布を水で湿らすのを見たオリヴィエが、
「ご主人様、私が」
と言って俺から布を受け取り、オリヴィエがココの顔を優しく拭いだした。
うーん、ちょっと拭いたくらいじゃあまり意味無さそうだな・・・。
おし。
俺はストレージから桶と石鹸とシャンプーを出す。
すると、
「よーし、みんなで一気に綺麗にしちゃおうかね」
取り出した物を見たウィドーさんが俺の意図を汲み取り、腕をまくり出す。
「私が水を用意しますね」
ミーナが桶の中へ魔法で水を張る。
「コラ、これはサハスの飲み水じゃないぞ」
水を入れた途端にオリヴィエの背負い袋から飛び出して桶の水を飲もうとしたサハスをアンジュが注意すると、
「わんわん!」
と言って、オリヴィエとウィドーさんによって服をすべて剥ぎ取られたココが表情にはあまり出ていないが、頬に少しだけ嬉しさを滲ませてサハスを抱き上げた。
最初はジタバタと小さな手から逃れようとしていたサハスだったが、ココがしっかと掴んで一向に離してくれないため、しばらくすると脱出するのを諦めたようだ。
体を洗うのに邪魔だったのだが、最後の方はサハスごと泡まみれになってボディタオル代わり状態になって大いに役立っていた。
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