第153話 リトライ

「お初にお目にかかります。私はグラウデン領主、ワルカ・ラス・シーシャーク子爵に仕えるグラウデン騎士団副団長ラルフでございます」


扉を開けてすぐ、そこに居たデオードと同じ格好で青い目を持った金色の短髪の男と視線が交わった瞬間、その男は片膝を突き、とても丁寧で長い挨拶をしてきた。


「俺の事を知っていたのか?」


こちらが名乗り出ていないのに跪いてきたのを疑問に思った俺が聞くと、ラルフと名乗った男は顔も上げず、


「特徴は事前に聞いておりました。黒髪に茶色の瞳はこの領ではとても珍しいので・・・」


俺の目って茶色だったっけ?日本に居た頃も合わせて久しくじっくり自分の顔なんて見てないから自分の目が何色だったのかも覚えて無いや。

そういや昔、付き合ってた彼女に珍しい色の目だとか言われたような気も・・・十代後半だった化石のような記憶だから俺が勝手に改変しているだけかもしれないけどね。


「そっか。お前の所にどういう話がいったのかは知らないが、ちゃんと最低限の礼義を示してくれればそんなに改まる必要も無いぞ」


グラウデンの騎士団ということは、こないだ来たデオードの部下ってことだ。だとしたらなんかしらの報告は受けているはずだろうからな。


「え?あ・・・は、はい・・・ありがとうございます」


ラルフは少し戸惑った様子で立ち上がる。


「まぁ入ってくれ。今食事が終わったばかりだから特に何も出んがな」


「いえ、お構いなく・・・。失礼いたします」


俺はラルフを家の中へと迎え入れ、台所を通らない玄関から右折して廊下に出て左に行ってすぐ右手側が食堂となるのでそっちのルートで食卓のある部屋へと向かった。


なんでそっちを避けたのかというと・・・まぁ、あれだ・・・。

そっちにはラぺリング降下した大部隊がまだ布巾の上で撤退指示を待っている状態だからな。

そんなオリヴィエの失態を他の人の目にわざわざ写すこともあるまい。

まぁついさっきまでは存在していたことを俺は確認しているが、今はもう誰かの手によって排除させられているかもしれないけどね。


「俺のこと、なんか言われてたのか?」


食卓に向かう短い道中でラルフに話しかける。最初少し怯えた様子が見え隠れしていたからな、だからあのゴリラからの何かしらの情報を伝えられていたのじゃないかと思ったわけだ。


「あ、いえ・・・・・・はい。団長からは・・・あの・・・とても不遜で礼を尽くしたこちらの話を全く受け付けない常識知らずと・・・」


あのマウンテン野郎・・・誰が礼を尽くしたって?うんこ投げ返されても文句の言えないようなことばっかり言っていたくせに。そこ以外は合ってるのがムカつくが、その起因は全部あいつにあるんだからとんだおまゆうだよな。


「なるほどね・・・」


俺達は食卓に到着し、着席する。もちろん他のみんなも一緒だ。

食卓のテーブルはそんなに大きくないから、椅子は丁度今の人数分しかない。はやく応接間を作った方がいいのかね。

でもそんな頻繁にこの家に入れない方がいいような気もするから、逆に受け入れ用の部屋なんかは作らない方が今後の為になるかもしれん。


空き部屋は一階に一部屋と二階に二部屋あるんだが・・・そもそも家でゆっくりとするなんて昨日が初めてだったし、食事する部屋とキッチン、物置部屋と寝室しか使ってないんだよなぁ・・・。

あ、将棋を作って好評だったから他のボードゲームとか室内で遊べるタイプのものを作って集めとく遊戯室的なものを作ってもいいかもな。


「あ、あのぅ・・・」


「あ、すまん。ちょっと考え事をしてた」


「考え事・・・ゴクリ」


俺が彼とその主人にとって不利益なことを考えていたんじゃないかと思われていたのか、ラルフは緊張した面持ちで生唾を飲み込んでいた。

すまんな、全然別のこと考えてて。


「それで、今日は何用でここに?」


ゆーは何しにわが家へ?キョーはファストのゲンカングチで、インタビュー!って俺の問いかけの仕方で黒人のカタコトナレーションが頭の中を駆け巡ってしまった。


「はい、先日訪問させていただきました団長のデオードからすでに要請は伝えられ、お断りされたというのも重々承知の上なのですが・・・我が主である子爵から再度の命令で、使徒様であるサトル殿をグラウデンにお招きしたく・・・」


「わかった、行こう」


「そこをなんとか・・・私に出来る事ならば・・・え?」


「すぐ行く?今日の午後は特に予定入れてないし」


「来ていただけるのですか!?」


ラルフは俺の回答が自分の予想と違いすぎて、即了承した俺の返事を誤認してしまったラルフは、二度見ならぬ二度聞きをしてきた。


「うん、いいよ」


だって、二度あることは三度あるって言うだろ?こないだ手ひどく追い返したばかりなのに、すぐさま二人目を派遣してくるような奴だ、今回も追い返したってどうせまた送り込んでくるだろ。


そんなめんどうな心配事は溜めとくくらいならさっさと消化してしまった方がいい。

それに、訪問で済んでいる今ならまだいいが、断り続けて相手の不満を溜め、権力を盾に汚い手でこられたらもっとめんどくさいことになりそうだからな。


君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなしというのはよく聞くが、今回は虎穴に入らずんば虎子を得ずの方を採用する。


「ありがとうございます!すぐに出発・・・したいのは山々ですが、生憎自分の携帯食はここに来るまでに消化してしまったので、出来ればファストの街で準備したいのですが・・・」


「グラウデンまではどのくらいかかるんだ?」


「私は通常の旅程よりも速く到着するグラウ大森林を通る道を選びましたが、どうしても危険が伴うので、通常だと急いで五日間はかかると思います」


五日か・・・トレイルよりも遠いってことか。

まぁそりゃそうだよな。この街に一番近いのがトレイルなわけだし、グラウデンがそれより近い場所にあるわけもないか。


「森を抜けるとどれくらいなんだ?」


「森の中では危険すぎて夜営が出来ませんので、森を抜けるまでは夜間も星を頼りに無理矢理進むことになります。それでも二日半はかかるかと・・・」


ラルフ君(23)はレベル6でこの世界基準では結構高いが、さすがに一人で魔物を倒せるような強さじゃないからな。立ち止まって魔物と出会うわけにはいかないのだろう。


危険ルートの旅程が二日半ってことは、直線距離だとトレイルより近いのか?・・・いや、夜通し進む時間もあるから同じか少し遠いくらいかな?


「ですが、森の中は駆け抜けねばなりませんので馬が必須です。そして私はここに来るまでにかなり馬を酷使してしまいました・・・。ですので今すぐその道は・・・」


馬は早く移動できるけどそんな長い距離は走れないって話だしな。酷使すればそれなりの休息は必要になるのも仕方ない。

ラルフは馬の事を案じてか、少し表情が曇る。俺が「関係ない馬を出せ」なんて強要するとでも思ったんかね?


「そうか、まぁ元々馬は使う気は無いから大丈夫だ。すぐに出発しよう。馬はファストに置いていくことになるが大丈夫か?」


「はい。それは衛兵の者に任せるので大丈夫です。それでは私は食料の買い付けに・・・」


「それも必要ないからすぐ行くぞ」


「え?しかし・・・」


戸惑うラルフ君だが、説明するのが面倒だから悪いけど無視させてもらう。百聞は一見に如かず、論より証拠ってね。こういうのは実際に体験するのが一番早いのだ。


「オリヴィエ達も皆で行くから最低限の準備だけして外へ集合だ。飛んでいくことになるからこいつは俺が背負う。ミーナはウィドーさんの補助を頼めるか?」


「はい。制御ならお任せください」


おー、あまり見ない自信たっぷりの顔。フライの制御に関してはもう俺より上手いくらいだからな、ミーナに任せておけば飛ぶのが苦手なウィドーさんも大丈夫だろう。






「え?背負う・・・飛ぶって?えぇ???」


準備を済ませた者から家の外に出て待機し、全員揃ったところで俺のすぐ周囲に集まり、そして、


「フライ!」


俺が魔法を唱えると、俺達の全身は白く淡い光に包まれた。

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