第152話 初体験
「ほわぁぁぁ・・・じゅわぁってじゅわぁぁっておいひいれふぅ~」
「これも揚げ物なのだろうが、これも物凄い美味いな!」
「旦那・・・こんなの食べさせられたらもう・・・あぁ・・・こっちのトロッとした豚肉入りの野菜炒めも最高だよっ!」
「別皿に用意されたマヨネーズやタルタルソースにつけるとまた味が変わって素晴らしいですね」
昨日はちょっと将棋に夢中になりすぎて、食事もストレージに余分に入れておいたパンやとんかつをつまみながら続けていたので、特に新メニューを出すことはなかったのだが、そのかわり今日の朝食は昨日オルセンが持って来てくれた食材を使ってすべての料理を新しいものにしてみた。
俺にとっては全然新しくもなんともないんだけどね。
一番好評だったのはランバードの肉で作った唐揚げで、次いでオーク肉を入れた酢豚も結構喜んで食べてくれている。
そして予想通りというかやっぱりというか・・・万能酵母で試しに作ったら出来ちゃった納豆は、未だに誰も手をつけていない。
・・・失敗作だと思われてんのかな?
唐揚げに使用した片栗粉はオルセンの持ってきた中には無かったから、ジャガイモから作るしかなかった。
デンプンを取り出すという知識はあったけど、作った経験はさすがになかった。
が、他の作業をしながらでもシス師匠からたまに飛んでくる指示に従っていたら、簡単に作ることが出来た。まぁ工程のほとんどが放置だったからな。
ちなみに乾燥には風魔法を使用した。そよ風に調整するのはもうお手のものだぜ。
今はしょうがが手元に無いからこの唐揚げもまだ向上の余地を残している。
竜田揚げも作ろうと思ったけど、作った片栗粉の量的に無理があったから次の機会に持ち越しだな。
「酢豚はパイナップルがないのが残念だが、結構上手くできたな」
賛否両論ある酢豚やピザにパイナップル論争だが、俺は断然アリ派なので、酢豚にもやはりパイナップルは欲しい。異論は認めるけど採用はしない。
甘酢の材料には代用品を使ったから米酢から作るものと少し味が違うけれど、特に問題あるほどの違いはなく、全然うまい。
あー・・・納豆美味い。タレじゃなくて醤油をかけ、ご飯が無いのは寂しいけど、そのままでも全然美味い。万能酵母はすげーなぁ、納豆菌にも化けられるのか。だったらやっぱりチーズもいけそうだよね。
「あれ、どうした?みんな」
納豆を食う俺を見て、全員が食べる手を止め俺に訝し気な目を向けていた。
あのオリヴィエでさえ咀嚼を止めている。頬は膨らんでるけど。
「だ、旦那・・・それって食べて大丈夫なのかい・・・?」
「どう考えても口に入れてはいけない臭いを放っているぞ・・・」
「あー、まぁ・・・最初はそうなるよね」
なんか日本語ペラペラだから忘れそうになるけど、キミ達って異世界人なんだよね。そらこの糸を引いてる発酵食品を食べてるの見たら気分も一緒に引くよね。俺も最初に納豆を食おうと思ったやつは尊敬に値すると思ってるもん。普通食わんやろ、こんなん。
「これは納豆と言ってな、決して腐ってるわけじゃないから大丈夫だ。慣れれば美味いんだが、苦手な人は一定数いるから無理して食わんでもいいぞ」
日本人でも嫌いな人は結構いるからな。俺は子供の頃から食えたけど。
ってか納豆ってなんで身を守るために臭いとか苦味に対して大人よりも敏感とされている子供が普通に食べられるんだろうな。
どちらかというと子供の頃に食べる環境のないまま育った大人の方が避けている気がする。
もしかして、納豆は本能的に忌避するべき臭いではないのだが、人生という経験を得たが故、その経験則で避ける要素が大きいのかな?
それなら納豆の臭いは生物学的には良い匂いってことなのか?・・・って俺は何を栓の無いことを考えているのだろう。どうでもいいな、そんなことは。
「これが・・・美味い・・・」
そんな生唾を飲むほど緊張した顔で納豆を見ないであげて。食わなかったら俺のストレージでいくらでも保存しておけるから食わんでいいぞ。
「・・・はぐっ!」
「あぁ!ウィドーさん・・・」
意を決した様子でパクリと口に放り込んだウィドーさんを他の三人が心配そうに見つめる。
「くちゅくちゅ・・・ゴクン・・・」
納豆独特の粘り気を帯びた咀嚼音がしばらくウィドーさんの口から漏れ出た後、そのまま嚥下に至った彼女の様子を周りもつられるように固唾を呑み、彼女の反応を待つ。
「うん、やっぱりまだこの感触に少し抵抗はあるけど、アタイは全然イケるね」
その言葉を聞いた三人が、各々と顔を合わせて静かに頷く。
そして自分の目の前の小皿に盛られた納豆へと視線を落とし、匙でそれをすくいとって糸引く様子とその臭いに顔をしかめるが、三人同時に意を決して目を瞑り、自分の口へ納豆を放り込んだ。
「!・・・これは、感触こそ気持ちのいいものではないが、味はどことなくフラルに似て美味いな!」
「んん・・・たしかに、味は似ているところがありますが、匂いはどちらかといえばロッケイじゃないですか?思っていたよりも美味しいですね」
なんだその高波の奥で富士山が描かれたような名前は。どっかに「サンジュウ
」もあるのかい?
「みんな意外と結構イケる派なんだな、オリヴィエも・・・オリヴィエ!?」
思ったよりも好評を得たことに気をよくして最後の一人にも感想を、と思ってオリヴィエの方を見たら、食事中あれだけキラキラしていた彼女の瞳はその輝きを失い、虚空を見つめながら口からは納豆を垂らしていた。
ちょっとにしとけばいいのに匙いっぱいに盛ったもんだから次々に糸を引いた納豆がゆっくりと、まるでオリヴィエの閉じなくなった口からラぺリングで脱出するように降下していく大豆達。
ああ・・・駄目なタイプだったのね。
しかも結構重度に。
「オリヴィエ!ほらっ!ペッしていいから!ペッ!」
俺は彼女の口元に布巾を当てがってやり声をかけるが・・・、
「き、気絶している・・・」
オリヴィエは俺の言葉にも全く反応を示さず、座った体勢のまま気を失っていた。
これが、オリヴィエのこれまでの人生において、はじめて苦手な食べ物が発見され、以後納豆が封印された瞬間であった。
「うぅ・・・まだ口の中がねばねばしますぅ・・・」
食事後の台所で俺達が食器を洗うその横で、口を何度もゆすぐオリヴィエ。
「すまんな、俺が納豆なんか作ったばっかりに・・・」
「いえ、みんなが食べられるものを食べられない私が悪いんです・・・。いつか・・・いつかきっと食べてみせます!納豆!」
胸ギュして決意を込めるオリヴィエだが、別にそんな無理して食べるもんでもないぞ。他に美味いもんはいくらでもあるからな。
それに、納豆を好きになったらなったで、オリヴィエのいつものあの食い方で納豆を食べたら・・・ちょっと酷いことになりそうだからやめとこうぜ。
「オリヴィエさんにも苦手な食べ物があるんですねぇ」
「ぷくく・・・あのオリヴィエの顔を思い出すと・・・アハハハハハッ!」
「もうっ!酷いですよウィドーさん!」
プクーッと膨れるオリヴィエだが、さっきの表情を思い出してしまった俺達はウィドーさんの笑いが引き金となって次々に笑顔が伝染していった。
その時、
トントントン
玄関をノックする音が聞こえた。
軽く大きな音ではなかったが、台所から直線上にある玄関は音がよく通るため、ノック音は消失することなく全員の耳に届く。
またか・・・。
ほんと、最近多いよね。今度は誰が来たんだ?
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