第149話 野生脱却
「う~ん・・・これっていつ手に入れたんだろう・・・」
俺は先の不覚をとった経験が霞んでしまわない内にと、僧侶の上位ジョブである神官もとっておいた方が新しい魔法などを覚えて色々なことに対処できるかもしれないと思って変更しようとした時、自分の職業に「獣使い」が加わっていることに気が付いた。
たしか獣使いって信頼を得た獣が魔物を倒さないといけないんだよな・・・?俺がこの世界に来て信頼を得るほど触れ合った獣といえば、サハスとその母親以外には居ないわけだが、サハスは魔物に触れてすらいないし母狼は弱っていて・・・・・・あ。
そういえばあの母狼・・・必死の反撃を・・・。
そうか、あの時俺はフォレストハウンドを蹴り上げる時、食いついた状態の母狼を案じてそれほど強くは蹴らなかった。
それがフォレストハウンドを一撃で仕留めるに至らない原因となって・・・。
母親が食いついたのは俺が蹴り上げる前であったが、死因は俺の攻撃ではなく、母狼が命懸けでつけた首元への傷に起因するものだったのではなかろうか。
それが出血なのか呼吸不全なのかは分からないが、俺が獣使いを取得しているというのがなによりの証拠だろう。
つまり、この「獣使い」はあの母狼からの贈り物といえるのではないだろうか・・・。
こんなものは俺が勝手にこじつけたものと言われればそうなのかもしれないが・・・そう思うことでサハスへの愛情が深まるならば、あの命を削った子を想う母狼の行動が、より彼女にとって有益なものになるのだから、それでいいだろ?
「とりあえず錬金術師を獣使いに変更するか」
そして俺はサハス専用にしたオリヴィエの持ってきた深めの皿に入れた水をピチャピチャとまだ舌を使った飲み方がぎこちないサハスに向かって、
「お前、俺の使役を受けるか?」
サハスにそんなことを言っても伝わらないとは思っていたのだが、俺の予想に反して、その言葉を聞いたサハスは水を飲むのを中断し、こっちを向いて
「ワン!」
と、元気よく吠えた。
「ハイイロオオカミ、個体名サハスが眷属となることを了承しました」
シスが突然システムボイスチックな声で状況を説明してくる。
いやキミ、普段はもうちょっと感情が表に出てる喋り方してるでしょ。なんでそんな急にThat smellsみたいな喋り方になるん?もしかして臀部AI風の声を出すという彼女なりのボケなのか?
「マスターによるハラスメント行為を確認、これ以降のサポートレベルを調整いたします」
ちょ、ちょっと待って!
ごめん!ごめんてぇぇーー!!シスのサポートが無かったら俺による謳歌人生の生活レベルが著しく低下してしまうではないか!
それだけは!それだけはご勘弁をぉぉぉ!!
「警告はしました」
ハイ!申し訳ありませんでした!
「ちなみに冗談ですので、本気になさらないで下さい」
・・・。
このサポートシステム・・・着実に進化してやがる・・・。いや、というよりも素を出してきていると言った方が・・・。
「・・・・・・」
ハイ!
「何も言っておりませんが?」
いや、気配ビンビン出したやん・・・。俺の脳みその半分が揺れたかと思う位の・・・。
くそう・・・最近はあのオリヴィエにも細かいことを注意されだしたし・・・まぁハーレム状態を形成する以上、それを円満で続けていくには女性の尻に敷かれる位がちょうどいいのかもしれな・・・いや!俺は諦めんぞ!夢はでっかく五十年後もさすごしゅ継続だ!
「クゥン?」
自分の中のシスに弄ばれて傍目から見たら一人でテンションを上げ下げする完全に変な人だっただろうが、そんな様子を心配してか、サハスが俺の前に座って可愛い声を漏らして見上げてくる。
「おお、サハス。慰めてくれるのかぁ」
俺はそんなサハスを抱き上げて頬擦りする。
「お前はかわい・・・ん?お前、ちょっと臭いな」
まぁそりゃそうか。直前まで言葉通り野性味たっぷりのワイルド生活をしていたのだからな。こんなドクダミみたいな匂いがするのもしょうがないか。
「おし、丁度出来立ての石鹸もあるし、その使用感を確かめるためにもみんなで風呂に入るか!」
「石鹸を使ってもいいのですか!?」
「わぁ・・・楽しみです」
「いいね。作っていたのを見ていた時から気にはなっていたんだ」
「あ、アタイもいいのかい?旦那」
「もちろんだ。シャンプーとトリートメントの使い方も説明するから全員で入るぞ」
シスによる指導で作製に成功したシャンプーは完全にオーガニックなものなので、サハスに使っても問題ないだろう。問題あったら彼女が忠告してくれるはずだしな。
そうして俺達はすぐに風呂の準備を始めた。
というか、魔法でミーナと準備していて思ったが、水は掴めないからストレージに入れられなかったけど、コップや水袋に入った水は入ったし、出すことも可能だったから、適温に温めた水を樽かなんかに溜め、それを取り出して風呂桶に注げば・・・あ、ていうかこれってもしかして風呂桶ごとストレージに突っ込めば・・・。
いや、さすがにこんなでっかい風呂桶に水を満たし、それを持ち上げるなんてこと・・・なんか出来ちゃいそうで怖いが、たぶん持ち上がったとしても風呂桶の耐久度の方が持たずに崩壊しそうだな。
不思議空間に投げ込むタイプじゃなくて近くの物を収納したり任意の場所に出せたりするタイプだったらそんなことも出来たんだろうけどね。
とりあえず近日中にファスト全域で樽の在庫がすべて売り切れるという珍事が発生することが確定したが、そもそもファストにそんな何軒も樽を売っている場所などはないだろうし、特に問題はないだろう。
風呂用の水だけじゃなくて、色々なものに適した温度の水を用意するのもいいかもしれないね。
「あ、コラ!どこ行くんですか!?サハスッ!」
そろそろ風呂の準備が終わろうかという頃、あられもない姿でブルンブルンと胸部に激震を引き起こしながら、オリヴィエが勝手口から飛び出したサハスを追いかけて出てきた。
う~ん、ファンタスティック!
「キャンキャン!」
サハスは俺達が遊んでくれていると思っているのか、追いかけるオリヴィエの手をするりと躱し続けるが、少し本気を出したオリヴィエから逃げ続けられるはずもなく、ほんの五秒程で捕まってしまった。
しかし・・・ナイスだぞサハス。とてもいい五秒間でした。
捕獲されたサハスも無事に罪人に落ちることもなく、現在はウィドーさんの手でおとなしく念入りに全身を泡立たさせられている。
背筋を伸ばして座ったまますまし顔で洗われている姿はちょっと偉そうだな。言っておくがお前はこの中では順位は一番下だからな。厳しく・・・はいけたらいくぞ。
「凄いねぇ、この石鹸は・・・はじめは泡立たなかったのに、一回流したらモコモコになったよ」
ちなみにそれは石鹸じゃなくてシャンプーだけどね。石鹸の一種ではあるけれども。
サハスのワイルドスメルを落とすには一度洗いでは無理なので、俺のアドバイスで今は二度目の洗浄中だ。泡立たなくても汚れは落ちているんだろうけど、やっぱりよく泡立ったほうが気持ちいいよね。
お前は今日でその野生スメルをすべて洗い落とし、ワイルドウルフを脱却して明日からは立派なジェントルウルフになるんだぞ。
「アン!」
いい返事だ。勇ましく、そして愛らしい。見事なデュオや。
「ご主人様、体はこの石鹸でいいのですよね?」
前日に作り、上手く固まった石鹸をいい具合の大きさに切り分けた中の一つをオリヴィエが持って俺に見せてくる。
「そうだ。そっちの液体石鹸のシャンプーとトリートメントは髪用だからな」
シャンプー、トリートメントとそれぞれ表面に書いた水袋を指差し答える。
「このしゃんぷうをつけて髪と頭を洗い、とりいとめんとで洗った髪を撫でるように・・・」
「見てみろミーナ!サトルの言う通りにしたらなんだか髪の毛の触り心地が凄いぞ!」
自分の艶やかになった長い金髪をミーナに見せ、「ほんとだ」とそれを触りながら感動するミーナ。
「風呂から出たらちゃんと乾いた布で水分を拭き取るんだぞ。そしたらドライヤー・・・は無理か。なるべく乾かしてから寝ることだ」
そしたら翌日はきっとみんなもっと感動するぞ。
結構みんなこれまでも自分なりに髪の手入れなんかは丁寧にしていたからな。そこに髪用石鹸なんか使用したら元々のポテンシャルが爆発することだろう。
こりゃ明日が楽しみだ。
だがそれよりもっと、今夜が楽しみだぜ。グヘへ。
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