第147話 母の勇気

オルセンはどうやらたんまり持ってきた荷物の中からピックアップしていくものと思っていたようで、俺がすべて買い取ると言った時は意表をつかれ、面食らって変な顔になっていた。


たしかにストレージ獲得前であれば、調味料はまだしもこんな大量の野菜や果物などの食料はいくら食いしん坊揃いのうちだって、とてもじゃないけど普通なら食べ切れないからな。

だが、今は時間停止系倉庫を持つ俺にはいくらあったって困らんのでな。すべて漏れなく買い取ってやったぜ。


オルセンは俺が何かの商売を始めるんじゃないかと遠回しに聞いてきたが、今は特にそんなめんどくさいことをするつもりはない。

もし商売を始めるならば一報くれれば相談にのってくれると言って帰っていったが、あれはただいっちょ噛みしたいだけだろうな。目の奥が¥マークになってた気がしたし。ここの通貨は円じゃないから俺の思い込みなんだろうけど。


ちなみに買い取った主な品は醤油やみりんなどの調味料に、キャベツやトマト、かぼちゃやジャガイモなどの野菜、リンゴやベリー系の果物もあった。あとは嬉しかったのは、大豆を大量に購入できたことかな。

万能酵母があれば味噌もいけそうだし、色々と楽しみだぜ。


ほんとは牛乳や米も欲しかったんだが、牛乳は冷蔵庫も無く、輸送に時間もかかるこの世界では大都市付近の魔物に襲われてもすぐに助けが来るような立地でないと牧場の運営は難しいらしく、入手するのは不可能ということだった。


トレイルも大きい都市なのだが、あそこは貿易拠点の側面が強く、生産面はそれほど充実していないらしい。

貿易しているのなら生産拠点もそこに置いた方が商売が上手くいくのじゃないのかと思ったのだが、なんか理由でもあるのかね?


米に関しては単純に流通していないと言われた。

何それ?って言われなかったので存在はするのだろうから、いつか手に入れたいね。


オルセンが帰ったのを見届けると、食事の後片付けをすると言ってオリヴィエ以外は家の中に戻って行ったが、俺は食料のすべてを手にとってはストレージに突っ込み、手にとってはストレージに突っ込み・・・と、何度も繰り返しているのを、オリヴィエは何故かすぐ隣で見守っていた。食料を目で追うのをやめないのは何でなん?


もうめんどうだから荷車ごと入れてやろうかとも思ったくらいの回数をこなし、最後に空になった荷車もついでに突っ込み、ふぅ・・・と一息ついた時、ふと何か森の方から視線を感じた。


「あれは・・・狼ですね」


先に気が付いていたオリヴィエが俺の視線が森に行ったのを見て、視線の主の正体を教えてくれた。


ここからだとちょっと見にくいが、たしかに木の陰にフォレストハウンドとは違った大型犬くらいの大きさの犬・・・じゃない狼か・・・が顔だけ少しだしてこちらをジッと見ていた。


「狼・・・か。あれは魔物ではないのか?」


「はい、あれは魔物ではありませんね。村人でも単独でなんとか対処できますから。群れが相手だとそうもいきませんが・・・」


たしか村人が魔物の攻撃を受けると一発か二発で致命傷になるんだっけ?

そういや俺もこの世界に来たばっかの時に出会ったゴブリンから攻撃を受けた時はまじでヤバいと思ったもんなぁ。

しかもあの時だってレベル1とはいえ、俺は戦闘職をつけていた状態で、だしな。


んで、魔物じゃない普通の動物ならば村人でもなんとか渡り合っていける・・・と。


俺達がジッとこちらを見ている狼のことを見つめ返していると、その狼は頭を低くし、木の陰からゆっくりと出てきた。


「あれ?あいつ・・・がりっがりじゃないか」


「どうやら後ろ足も負傷しているようですね」


オリヴィエの言う通り、歩き方もぎこちなく、びっこ引いている。

背中側が黒く、下半分が灰色の体毛に覆われた体はあばらが浮き出るほど痩せていて、左耳の先も食いちぎられてしまったのか、半分程を失っていた。


そして、その狼は頭を下げたまま、何故かこちらへと近寄ってくる。

左の後ろ足を引きずりながらゆっくりと。


「ご主人様!あれを!」


「ん?」


オリヴィエが指差すその先には、痩せた狼の後を付いて一つのちっちゃな黒い塊が現れた。


「あれは・・・あの狼の子供か?」


オリヴィエがコクリと頷く。

しかし何故狼がここに・・・?しかも子連れで人前になんか現れたら・・・いや、もしかしてあの狼はさっきまで大量の食料の匂いを発していただろうここへ匂いにつられてやってきた・・・のかな?


「もしかして俺らを襲うつもりなのかな?」


「いえ・・・あれは・・・」


オリヴィエが悲痛な表情で負傷した狼を見つめる。

俺は改めて歩み寄る狼を観察してみる・・・そうか、あの狼が頭を下げているのも、俺達を警戒してのものなどではなく、自分に敵意は無いと必死にこちらへ伝えようと思った結果、本能的にとった行動なのかもしれないな・・・。


「ご主人様・・・」


そんな顔をするな。俺は大のモフモフ好きなのだぞ。いつもキミので実証しているじゃないか。


「オリヴィエ、何か拭くものを・・・あと、水を入れられる深めの皿を持って来てくれるか?」


「・・・!はい!!」


オリヴィエは嬉しそうな顔をして家の中に駆け込んでいった。

俺はとりあえず狼の下へとあまり驚かせないように、こちらにも敵意は無いことを伝えようと両方の掌を相手に見せながらゆっくりと近寄っていった。


「アン!アン!」


俺がすぐそばまで近寄ろうとした時、弱った親を守ろうとしたのか、小さな体で精一杯の声を上げまだ小さな牙をこちらに見せつけてくる子狼。残念ながらその威嚇はただただ俺の胸をキュンキュンさせるだけで効果は薄いぞ。違う方向では絶大だけどね。


「ウォン!!」


俺に立ちはだかるちっちゃな毛玉に痩せたからだのどこから出たのか、とても力強い声で子狼に吠える親狼。自分が守ろうとした方から急に叱られて、子狼は首を引っ込めて親狼の背後に回った。


どうやら親の方には俺が自分達を保護してくれる存在だと分かってもらえたらしいな。そんな存在に自分の子供が敵意を剥き出しにしたのだから、親として叱ったのだろうな。


「ウォーター」


俺はとりあえず自分の手に魔法で水を作り、親狼の口元にそっと近づけると、少し鼻を鳴らした後、舌でぺろぺろと水を飲み始めた。

すると、そんな親狼を見た子狼は、親狼の懐に入り込みだし、乳を飲み始めた。


「お前、母親だったんだな」


さすがの俺でも狼の雌雄を見た目だけで判断することは出来ないので、子狼が母親の乳首に吸い付くまで彼女が父なのか母なのかはわからなかった。


しかし、こんなに痩せていても乳は出るんだな・・・。生命の神秘というか・・・残酷な命のリレーというか・・・。

母親はどう考えても栄養が足りているとは思えない状態なのだが、体は彼女の命を削ってまで乳を生産し、子へと繋いでいる。しかも母親はそれを決して拒むような様子はない。


「なんか・・・感動するなぁ」


俺はもう一度魔法を唱え、手の上に水を作り出してから、反対の手で母狼の頭をそっと撫でる。母狼は少しビクッとなったが、それ以降は耳を垂らし、安心した様子で俺の行為を受け入れてくれた。


野生の狼が人に頼るなんて・・・相当追い詰められていたんじゃないかな。

自分は負傷し、狩りもろくに出来ない体だが、子狼を守りたいという一心で、最後の手段として人に迎合する道を選ぶなんて・・・普通じゃ考えられないような話だが、これが母親の強さというやつなのだろう。


目を細めながらもなお舌を動かし、水を舐めとる母狼。たんと飲めよ。後で肉もやろう。こんなに痩せているから柔らかく煮た方がいいかな?それとも・・・。


「ご主人様!!!」


後ろから突然聞こえたオリヴィエの声にハッと顔を上げると、いつの間にか森から飛び出してきていたフォレストハウンドが十メートル程まで迫っていた。


俺は咄嗟に手を前へと出し、魔法を使う。


「ファイアーアロー!」


しかし、魔法は発動しなかった。

・・・さっき母狼のために水を出して・・・!


俺はあせってストレージから剣を・・・出せない!?

あ!今日はオリヴィエが包丁を使っていたから俺は剣を使ってそのまま台所に・・・くそ!!






「こなくそぉぉぉー!」


俺は拳に力を篭め、向かってくるフォレストハウンドへ殴りかかった。

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