第146話 配達

「ご主人さま、少し元気が無いようですが・・・どうかなさいましたか?またとんかつ作ります?」


食事を終えた後、オリヴィエが俺の顔を覗き込んで心配そうに話しかけてきた。


「いや、なんでもない。大丈夫だ。ありがとう」


さっきテレポーテーションの事を思い出してたらちょっと落ち込んじゃってただけなんです・・・。それに、俺はとんかつで元気にはならんからな。

あー、瞬間移動・・・なんとかならんもんかなぁ。


移動方法が瞬間移動じゃなくて、ダンジョンの入口とかストレージみたいな不思議ゲートを通っていくタイプだったら大丈夫だったんかな?

あーあ・・・せっかく昨日空を飛べるようになってテンション上がってたのになぁ・・・。


「んで、みんなはやりたいこととかないのか?」


俺が今朝のシスの警告によってせっかく覚えたテレポーテーションを封印せざるを得なくなった残念な出来事を思い出している時間を経ても誰もまだやりたいことの提案をしてくれてないんだよね。


「私は魔法の練習ですかね?」


「アタイもそうかな」


なんでやねん。


「いや、それをするんだったらダンジョン行った方がいいだろ。他には?」


他のメンバーに用事があってダンジョンに行けなくて自分達だけ手が空いてるから練習するとかだったら分かるけど、全員で行動できるのにダンジョンへ行かずにそれをする理由は皆無だろ。


「私も訓練しか思いつかんな・・・」


「それでは装備の手入れをしてはどうでしょうご主人様はさっき剣を料理に使ってましたよね?あれではすぐに痛んでしまいますよ!」


やだー、いつの間にか俺のパーティーがみんな脳筋になってもうた・・・。

なんで休みにしたいことを聞いているのにみんな訓練とか装備の手入れとか逞しい意見しかでてこんのや・・・。たしかに料理に剣を使うのは俺もどうかな?って思ったけど、この家には包丁が一個しかないし、その包丁はオリヴィエが大量のとんかつを切るのに使ってましたし・・・。

剣は使ってそのまま台所に置いてあるから後で磨いておくかね。


っていうか、もっと・・・こう・・・休みなら・・・ってあれ、女の子って休みの日に普通は何してるん?

インスタで映えスポット巡り?ウィンドウショッピングとか?そもそもこの世界での娯楽ってなんなんだろうか?


 トントン、トントン


女子の休日と異世界の娯楽について思いを馳せていたら、玄関をノックする音が聞こえてきた。

っていうか何か最近うちに訪問してくる奴多くね?


「誰だろ?ちょっと行ってくる」


俺が席を立って玄関に向かうが、結局その場の全員も席を立ち、そのままゾロゾロとついてきた。

これは別にオリヴィエ達を使用人のように使う気は無いのだが、こういうのって奴隷とかの仕事なんじゃないのかと思ってこないだのデオードの訪問の後に、俺は訪問者が現れた時とかは出張らずに控えていた方がいいのかと聞いてみたのだが、


「貴族の場合のような大きな邸宅の場合であればそうかもしれませんが、個人宅の訪問者への対応は失礼がないように、普通は家長が対応しますね」


とのことだった。

私がせっかく訪問してやったのに何故奴隷が対応してくるんだ、失礼な!ってことなのだろうか。うーん、なんかしっくりこない感じもするけど、わからなくはないかな。

まぁ世界が変われば風習やマナーなども変わるってことなのだろう。


「はいは~い」


ノックした訪問者に対応しようとガチャリとドアを開けると、


「おー、サトル様。よかった、ご在宅でしたか」


あ!調味りょ・・・じゃなかった、オルセンじゃないか!

扉を開けた先に居たのは、商業ギルドのギルドマスターであるオルセンであった。


後ろにはもう一人・・・おそらく商業ギルドの職員・・・なのかな?ちょっと線の細い男が汗だくで立っていた。

緊張した様子で表情を崩さないように取り繕ってはいたが、疲労困憊なのが透けて見える。息が乱れているのに口を閉じているもんだから鼻息が荒くなっちゃっててもう丸わかりだ。


「いいね、いいタイミングだぞオルセン君」


キミが運んできてくれたものが予定通りであれば時間なんかいくらでも潰せるぞ。


「た、たい・・・?喜んでいただけたようで・・・」


「スゥー・・・ハァーー・・・。は、初めましてサトル様!私はこの度商業ギルドの副ギルド長を務めさせて頂くことになりました、グウェルクと申します。以後お見知りおきを・・・フゥ・・・フゥ・・・」


おお、あれだけ息が乱れてたのにそれを事前に深い深呼吸をすることで必死に抑え込んでちゃんとした挨拶をするなんてやるねぇキミ。最後にちょっとだけ漏れ出てたけどね。鼻から。


彼らの後ろに見える布で隠されこんもりとした荷車を見れば、彼が何故こんな状態になったのかはなんとなくわかる。でも、オルセンは全く平気そうなのに、まだ27歳のキミがそんなんでいいのか?まさかあれを一人で運んで来たわけではあるまい。


しかし、随分丁寧な挨拶をしてくるな。・・・まぁそりゃそうか。俺は既にオルセンにとってはかなりの上客だろうし、彼は俺が使徒だと知ってるわけだしな。


「よろしく。副ギルド長ってことはあいつはクビになったのか?」


「ガレウスはギルド長がサトル様に報告をもらった時点で即座に降格させましたが、先日のことで罪人となった今、私の独断でギルドから追放とさせていただきました」


「商人は時に人を欺くことも必要と彼の功績も認めていましたが・・・まさかあそこまでのアホウとは・・・。あやつを副ギルド長の座につけたのは私で、ガレウスの罪の一端はワシにも責任があると思っております。サトル様が望むのであればいかなる罰も・・・」


「いらんいらん。馬鹿がやった馬鹿は馬鹿だけが責任を負えばいい。オルセンがそれを抱え込む必要はない」


きっとガレウスは商人としては優秀だったのだろう。たしかに商売をする場合は時として汚いといわれるような策を巡らすことも必要なのだろう。

それなりの実績も残していたと思うし、紙面上の成績では副ギルド長を任せるに足る充分なものを見せていたのだろう。


あいつは悪の度合いが少々強すぎ、それを見抜けなかった任命責任はたしかにあるっちゃあるんだろうが、総理大臣でもあるまいし、いちギルドの長がそんなもんを背負うこともあるまい。


「・・・ありがとうございます」


目を瞑って頭を軽く下げ、謝意を示すオルセン。いちいち大袈裟でしつこい謝罪をしてこないのは鬱陶しくなくて好感がもてる。相手が求めることに答えるのも重要だが、こういった相手が求めていないことを敏感に読み取って行動に移さないというのも商人としては大事な感覚なのかもね。知らんけど。


「それで、今日は・・・?」


「あ、これは失礼いたしました。本日は、先日ご依頼いただきました品をお持ち致しましたので、見ていだたきたく」


オルセンが目配せするとグウェルクが荷車に駆け寄り、被せていた布を剥がし始める。いっぱい持ってきたねぇ。注文したの俺だけど。


持ってきた品を早く見たかった俺も荷車へと近寄り、その荷台の上に乗った様々な品を覗き込む。

うーん・・・当たり前だけど、ほとんどが袋や樽、壺なんかに入っていて全然見た目では内容がわからんな。


だが、俺には分かるぞ、この嗅ぎなれた独特な臭い・・・。

発信源は・・・これだな。赤・・・というより朱色で染められた陶器の壺・・・いや、こういうのって甕っていうんだっけ?輸送するにあたって割れないように特徴的に胴がふくれた部分に厚めの布が緩衝材として巻かれた高さ50cm程もあるその陶器の蓋を開けると、そこには俺の思っていた通りの色をした液体がたっぷりと入っていた。


「うわ、なんだこれは・・・傷んでしまっているんじゃないのか?」


「真っ黒ですね・・・なんだか匂いも酸っぱいです」


「大丈夫なのかい?これ・・・」


「これは何というものなのですか?


俺に次いで甕を覗き込んできたウチの女性陣がそれぞれ正直な感想をぶつけ、最後に覗いたミーナがその説明を求めてきた。


ふっふっふ。聞いて驚け見て笑え、我はナンカ知らねぇうちに使徒。


「これは醤油という調味料だ。これがあれば美味いものがいっぱい作れるぞ」


「本当ですか!?」


超速で反応して俺に迫ってきたのはもちろん我が家一の食いしん坊オリヴィエさん(17)だ。

そのうちもっとレベルが上がったらソニックブームが発生しそうだからそろそろやめようね。美味いものも全部飛んでいっちゃうぞ。





そして俺はそれ以外の品も次々と確認していき、その度にオリヴィエをはじめとしたフードファイター達の質問に答え続け、それを聞いた彼女達と一緒になって、俺自身もテンションを上げていったのだった。

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