第144話 石鹸

「ふぃ~・・・空を飛びまわった後の風呂は格別ですなぁ~」


全員でのフライトトレーニングを終えて家に戻って来た俺達は、飯にするにはまだはやいがダンジョンや街に行くにはあまり時間がない中途半端な時間だったので、俺がいっぱい魔力を消費して疲れていたのもあるが、いつもは飯の後にしていた風呂を今日は先に入ることにした。


風呂の水も魔法で出さなくちゃならないから魔力を使い切らなくてよかった。

今日はミーナも手伝ってくれたけど、結構な回数唱えなきゃいけないんだよな、コレ。


「私は特別いつもと変わらないと思うが・・・だが風呂が格別というのは同意だな」


エルフ特有なのかアンジュの特徴なのか分からんが、その透き通るように白い肌を艶やかに撫でながら流し目でこちらを見るのは正直たまりません。


「毎日用意して頂けるなんて、本当に私達は幸せ者です」


オリヴィエの尻尾は通常時のフワフワさもいいのだけれど、この湯船の中で触る時のサラサラと指の間で揺れる感じも最高だよね。

あんまりやりすぎるとデンジャーゾーンに突入して戦いが始まってしまうから注意が必要だけどな。


「今日手伝ってみて思いましたが、この水量を魔法だけで確保するのは結構大変ですよね。いつもありがとうございます」


俺にもたれかかるミーナがこちらへと視線を移し、頭を下げてお礼をしてくるが、彼女のおさげを解いた髪の毛がその動きで胸の辺りをサワサワしてきてなんともこちょばゆい。


「風呂に毎日入るなんて贅沢、うちのボンクラ代官でもしてないんじゃないかね?」


領主がどうしようもないってのは聞いてたけど、ファストはその代官までそんな感じなのか?

まぁ代官の選出は領主がしているんだろうし、そうなるとまともな奴がやっているわけもないか。


「あ、ご主人様、御髪を洗いますね」


「ああ、スマンな。頼む」


浴槽を出たオリヴィエが小さな桶で湯船からお湯を汲み取り、大桶の分厚い縁に頭を乗っけた俺の頭のすぐ傍へ持っていき、髪の毛を丁寧に擦ってくれる。

髪と髪のあいだをオリヴィエの細い指が次々に通り抜けていくこの感触・・・滅茶苦茶いい。


「気持ちいいなぁ。・・・でも、こういつも風呂入っていると、シャンプーとか欲しくなってくるよなぁ」


「しゃんぷう?」


あ、その言い方超可愛いね、ミーナ。


「せめて石鹸があればなぁ」


「石鹸はファストでは手に入らないかもしれませんね・・・でもトレイルに行けば売っているかもしれませんよ。きっと高価でしょうけど」


お、頭頂部から天女の優しい声がする。


「どうだかな・・・高級品はコネが無いと売ってくれんかもしれんぞ。生産されるもののほとんどは貴族に購入されていくしな」


「旦那はトレイルを救った使徒様なんだろ?そんなものなくても売ってくれるんじゃないかい?」


「かもしれん・・・が、商人ってのは現実の人間と商売しているからな、案外そういった存在にはなびかない者も多いのではないか?」


「う~ん・・・売ってくれる・・・とは思いますが、そう断言できない自分がいるのも否定できません」


なんか難しい話してます?今の俺は脳みそを洗われているような気持ちよさでいっぱいなんだが。石鹸如きでそんな売ってくれたりくれなかったりするわけ?大変なんだなぁ。


「あ、でもたしかゴブリンポンフーが重曹だったよな・・・。重曹があれば石鹸って作れるんじゃなかったっけ?」


なんだっけか・・・どっかの異世界転生した主人公が簡単に作ってたような気がする。


「石鹸の作り方をご存じなのですか!?」


「いや、俺は知らん。こういうのはきっとシスが知ってるんじゃないかな?」


どうなの?石鹸はたしか重曹で出来るよね?


「可能です。重曹や灰を使って作る石鹸は安全に作成出来てオススメです」


ん?重曹じゃない石鹸作りはオススメじゃないの?


「はい。通常の石鹸は苛性ソーダを使用します。苛性ソーダは劇薬なので、用法用量工程を疎かにすると、最悪の場合失明します」


うお・・・なんかそっちルートの作品も何個か見ていたような気もするな・・・やはりファンタジーはファンタジーってことか・・・。

やっぱりものづくりって大変なんだなぁ。ちょっと現代の知識を持ってるくらいの一般人が手を出せるもんじゃないってことよね。


でも俺にはシスがいるから大丈夫。もしある日俺の目の前に突然苛性ソーダが現れたってシスが正しい用法用量工程を手取り足取り懇切丁寧に優しく導いてくれるはずさ。手も足もないわけだけれど。


「どうでした?シスさんは教えてくださいましたか?


俺が脳内でシスと会話していたのを察して黙って髪を洗ってくれていたオリヴィエが状況の変化を察知し、話しかけて来た。


「あ、うん。シスが出来るって言ってた。風呂から出たら試作してみようか」


食事を作るついでに試作第一号を完成させてみるか。

どうやって作るんだっけ・・・。重曹を煮て・・・うーむ・・・思い出せん。そんなに難しい工程じゃなかったと思うけど。実際もそうなのかはシスにアドバイスをもらいながらやってみないと分からんな。


「なんと・・・さすがシス殿だな」


「ほんと、なんでも知っているねぇ・・・」


「凄いですよね。サトル様が羨ましいです。私も直接お会いして色々教えて欲しいです」


いや、別に俺も直接会ったことは無いんだが。どうなの?シスのことだからやってと言ったらあっさり肯定して、突然目の前に顕現しそうな雰囲気もあるけど。


「私はマスターのスキルですので現状は不可能です」


現状は・・・ね。

朝起きたら急に目の前に居るとかはやめてね。心臓止まっちゃうから。シスだったそうなっても物理的に動かして対処しちゃいそうでなんか怖いな・・・。

顕現する時は一言いってください。心の準備をしておくので。


「・・・」


何かを言いたげな雰囲気だけを何故か感じとれたが、その後もシスは何も言ってこなかったのでこちらからはそれ以上突っ込んで聞きはしなかった。

出来るのであってもそうでなくても、今後も彼女が助力してくれるのは変わりないしな。それに・・・彼女が黙っているのならばきっとそれが答えなのだろう。



俺達は風呂を出ると、早速全員で集まって料理と並行しながら石鹸作りを始めた。


シス先生の指導のもと、完璧な分量と工程を経たお手製石鹸はきっと素晴らしい普通の石鹸となるだろう。普通って素晴らしいよね。ノーマル万歳。

しかもシスはその後の無茶かと思われた要望にも応えてくれ、俺達が今持っている材料で出来るシャンプーと、なんとトリートメントの作り方も指導してくれ、その作製にも成功した。


正確には日を跨ぎ、時間を置いて使用可能になるので、完成は明日となるのだが、俺はもう失敗するとは微塵も思っておらず、成功を確信してもう既に明日の風呂が楽しみとなってさえいる。


もちろん保存しておくプラスチック容器などはあるはずがないので、いつも使っている水袋で代用することにした。


ただそれだと自然素材を利用した今回の作製物は、使用期限が著しく短くなってしまうらしいので大量に作ることは出来なかったが、あの材料ならば俺のストレージに大量にストックがあるので少なくなったらまた作ればいいだろう。


あれ?というか水袋がいっぱいあれば、俺のストレージは保管が効くタイプだし、大量に作っても保管できちゃうのでは?


と、俺は自分でいいとこに気が付いたとか一瞬思ったが、たぶんシスはそんなことも考慮した上で今回の作成量を所持している水袋の容量分に調整してくれたのかもしれない。・・・というか絶対そうに違いない。

その上で俺にちゃんとストレージに入れておくよう、使用期限のことも伝えてくれたのだろう。ほんと・・・隅々までの気遣い、ありがとうございますぅ。






しかし・・・よくあんな材料で液体シャンプーやいい匂いのトリートメントが作れるよな・・・もちろんシスなしで再現しろと言われても絶対に無理だからな。俺は頭の中で常に流れるカウントダウンや細かい指示にただただ従っていただけ。一人では絶対無理や。

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