第140話 ストレージ

「やあっ!」


オリヴィエの舞いに巻き込まれたオークが肩口から斜めに斬りつけられ、切り口の上側の体が少しズレたところで霧になり、消えていった。


ボトリともう見慣れたオーク肉がドロップし、オリヴィエが嬉々としてそれを拾うが、少し困った顔をして肉を両手の平の上に大事そうに乗せたまま、こちらに小走りで向かってきた。


「ご主人様、申し訳ありません。私の背負い袋がいっぱいになってしまったので、この肉をご主人様の背負い袋に入れてはいただけませんでしょうか」


入れてくれと言われたら断るわけにはいくまい。男として。人類を代表して俺がその願いにこたえようではないか。入れるのはその肉だけではないぞ。フヒヒヒヒ。


「オリヴィエ。そのパンパンになった背負い袋も貸してみろ」


俺は彼女の手の上で崇められている肉を受け取り、更にその背中の荷物もすべて寄こすように要求した。


「え?い、いえ。これは私の仕事ですので、その入りきらなかったお肉だけで大丈夫ですよ?」


「いいからいいから」


よいではないかよいではないか。


「あ、え・・・ご主人様?」


そこはアーレーだぞ。オリヴィエ。これは後で教育的指導が必要だな。

俺はオリヴィエの背負い袋を半ば強引に背中から剥ぎ取った。背負い袋とはいえ、この何かを脱がすかのような行為というのはとてもいいよね。いくらやっても飽きない。


俺は背負い袋を右手に持ち、その先の空間に入口を作ってその中に手を突っ込んですぐに戻す。不思議空間から帰ってきた俺の手には何もなく、オリヴィエから奪取した背負い袋を消して見せた。


「え!?私のお肉!!」


自分の背負い袋が無くなった瞬間に驚いたオリヴィエは、狐特有の毛量が多い尻尾をブワッと膨らました。

感想と反応はオリヴィエらしいけど、あの肉はみんなのもので決してお前だけのものではないからな。


「ご主人様!酷いです!」


俺の胸に飛び込んできてポカポカ殴ってくるオリヴィエ。

とても可愛らしくはあるが、このままでは徐々に強くなってもう音がボカボカからドカドカとなりつつある彼女の拳を受け止めきれなくなり、ウィドーさんに回復魔法をお願いしなければならなくなりそうだったので、俺はもう一度空間を作り出し、そこから先程消したオリヴィエの背負い袋を取り出した。


これは勿論手品などではなく、数回前の戦闘で獲得したばかりの職業「大商人」を付けることで使えるようになったスキル「ストレージ」によるものだ。


大商人を付けた時に密かにその時倒したアシッドスライムからドロップしたゼラチンを入れて試してみたのだが、どうやらこのスキルは自分の体の近くに謎の不思議空間の入口を作り出し、そこに物を入れることでストレージ内に収納出来るというシステムらしかった。

まぁよくあるやつよな。


そして収納した物は確認したいと思うだけで鑑定の時と同じようなウィンドウが出現してそこに文字で「ゼラチン」表示され、もう一個同じものを入れると新しくゼラチンという表記が出るわけではなく、「ゼラチン×2」という表記に変わった。


この表記方法だと少し使って欠けた物や形の違う物などの全く同じ状態ではない物はどうなるのかと思ったが、欠けた物を入れても表記はやはり「ゼラチン×2」となり、取り出すと形が戻っているということもなく、ちゃんと欠けたゼラチンが出て来た。


これだと同じものだが少し状態の違うものを大量に入れた時、今回は半分の物が欲しいなぁと思っても、取り出すのが複数入れた中からランダムで出てくるのだとしたらちょっと不便だなとも思ったが、取り出すときに欲しい状態の物を思い浮かべることで取り出したい物のコントロールは出来るようだった。


まだちょっと実験しただけなので、容量がどうとか何が入って何が入らないのかはわからないが、それは追々試していけばいいだろう。


俺は再びストレージを発動し、不思議サークルの中に手を突っ込んでオリヴィエの背負い袋を取り出して見せた。

ちなみにパンパンに詰まった背負い袋を収納した時の表記はただ「背負い袋」となっていて、ストレージの中で背負い袋の中身が分別されるようなことはなかった。たぶん中身の入っていない背負い袋を入れても「背負い袋×2」となるだけなのだろう。そしてどっちを取り出すかはその時に思い浮かべる必要があるわけだ。


複数個あるのに何も思い浮かべないで取り出した時はどうなるのかとかも気になるから、それも後で実験してみよう。


「あ!私の背負い袋!」


オリヴィエが俺の取り出した彼女の背負い袋にひしっと抱き着く。


「サトル様、それは新しい魔法ですか?」


すぐ横で見ていたミーナが興味深げに訊ねてくる。


「いや、これは大商人が使えるストレージと呼ばれる物を収納できる技だ」


「物を収納出来る!?そんな便利な技を商人は使えたのか」


「いや、旦那は「大商人」って言っていたよ。だから普通の商人には使えないんじゃないかね」


俺達から少し離れた場所にいたアンジュとウィドーさんも俺達が何かやっているのを見て近寄って来た。


「ウィドーさんが正解だ」


ほらねっというような表情をアンジュへと向けるウィドーさんに「わ、分かっていたさ」と強がるアンジュ。結構この二人は行動を共にしていることも多いし、気が合うのかね。オリヴィエとミーナも仲良く話している所をよく見かけるし、パーティー加入時期が近い者同士だからなのかな?

まぁ少し多いかな?っていう割合の話だけで全然他の組み合わせでも仲良くはしているんだけどね。


「・・・魔法ではなかったのですか・・・」


魔法使いとなって自分も使えるんじゃないかと期待していたのか、ミーナはストレージが魔法じゃないと知って少し残念そうだった。


「しかし、物を収納出来るというのは便利だねぇ」


ウィドーさんは俺が自分の背負い袋をストレージに入れているのを見て感心したように言う。


「ウィドーさんのも入れるよ。みんなのもな」


俺はウィドーさんから背負い袋を受け取ってストレージに放り込み、続いてアンジュ、ミーナ、そして最後に少し名残惜しそうに渡してきたオリヴィエのも受け取って不思議空間に突っ込んだ。

これで少なくとも全員分の背負い袋の容量よりも大きい定ことはわかった。結構入るな。まだ大商人のレベルは1なのだが、容量は固定なのか、それとも大商人のレベルで大きくなるのか、はたまた別のステータスの数値とかで決まるのか・・・。この辺も要検証かな。


「やっぱり荷物が無いと動きやすいですね」


「そうだな。弓も射やすいし、これならどんどん撃てるぞ」


というかよくいままで背負い袋みたいな邪魔なもん背負ったまま、あんなに正確に矢を射れてたよな。


「これから魔物が落とした物は俺に渡してくれればストレージに入れるから遠慮なく渡しにきてくれ」


全員が頷き、肯定の意思を示したのを確認し、狩りを続けることにした。


ちなみに大商人をつけることで不必要になった武器商人と防具商人を外し、空いた枠にはとりあえず錬金術師をつけておいた。

この枠にはつけたい職業があるので、すぐに外すことになるかもしれないが、何もつけないのももったいないので一時的にセットしておくことに。






やはり邪魔な荷物が無いと動きやすく、元々良かった効率も更に良くなるな。

しかも今までは荷物がいっぱいになったら強制的に帰宅しなくてはならなかったのも、今後はオリヴィエアラートが鳴り響くまでは続けられるのだ。


俺達はその後少し8層を暴れまわったが、オリヴィエアラートが鳴ったことで朝の狩りを終了とし、朝食をとるために家へ帰宅することとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る