第139話 抱っこ

あれからも火が燃える理由とか雨が降る仕組みや風が吹く理由を難しい細かい点を省いて要点だけを教えていった。


しかし一向に魔法使いの職業を得られなかったので、諦めて足りない要素をシスに聞いたら、魔素とかいう俺の知らないファンタジー物質の知識が足りなかったらしい。


そんなん最初から俺の独力では無理やーんと思いつつも、俺も興味あった話であったので、シス先生の助力を得ながら魔素の講義をすると、魔法使いの職業はあっさりと得られた。


ミーナが魔法使いを取得したのはシスに聞いた時点で確信を得ていたのだが、意外だったのはウィドーさんも獲得していたことだった。

まぁ条件では理解を深めると言っていたから、完全に理解しなくてもある程度の知識を得られれば大丈夫なのかもしれないな。

まぁそりゃそうか、事象の理解を完璧に理解するなんて、現代人でもそんな人は居ないんじゃないのか?ってくらいだしな。無茶過ぎる。


この辺りのことは回数重ねて調べればラインが見えてくるのかもしれないが、俺の講義ブームはもう去ってしまったので、少なくとも近々にそれが実践されることはないだろう。


そして恒例となった夜の大乱闘至福タイムは講義時間のほぼすべてを睡眠にあてていて元気いっぱいなオリヴィエを中心に滞りなく開催され、そのまま全員で深い眠りへと堕ちていった。



翌日の朝。ダンジョン出発前。

装備を装着し合いながら準備を進めつつ、昨日の成果をどうするかを聞いた。


「ミーナは魔法使いに変更したままでいいんだよな?」


「はい!よろしくお願いします!」


夏の戦争で最後のエンターキーを押すときの決め台詞と同じ位テンション高いな。そんなに魔法使いになれたのが嬉しいのか。


昨日も獲得して職業を変更した後にすぐ裏の森に向かって魔法の練習してたもんな。楽しそうに笑顔でやってるもんだから傍目には練習ってより遊んでいるようにも見えたけど、詠唱をする時の声の大きさや速度などで変化があるのかなどを検証しているようだったので、真剣だったのは間違いないだろう。


レベル1とは思えないくらい魔法をうち続けていたが、中々MP切れを起こさなかったのはパーティー補正のおかげだろうな。

俺がレベル1だった時はあんなに撃てなかったし。


ミーナにつられて俺も一昨日シスに教えてもらった今使える魔法の中で、とても気になる単語の物があったので一人森の中に入り、密かに練習しておいた。

今はまだみんなには内緒だ。うまく使えるようになったら披露しよう。

昨日一日だけでも結構うまくなったと思うけど、まだまだ自由自在というわけにはいかなかったからな。超楽しかったけど。


これで俺達のPTは前衛に俺とオリヴィエ、後衛にアンジュとミーナで回復兼攻撃補佐をウィドーさんが務める。結構いいバランスになったんじゃないかな?


「大丈夫だとは思うけど、一応職業変更したばかりでミーナはまだレベル1だからあまり無理をするなよ。みんなもミーナのレベルが上がるまではサポートを頼むな」


「お任せください!ミーナには指一本触れさせません!」


「当然だ。私からなるべく離れるなよ、ミーナ」


「もし傷を負ったらすぐに言うんだよ」


「はい。ありがとうございます、アンジュさん、ウィドーさん」


仲良きこと申し分なし。我がいとし子らは本日も最高なり。

そして探索の準備は整い、俺達はダンジョンへと出発した。



ダンジョンの入口をくぐると、いつも通りすぐにオリヴィエが耳を立て、サーチモードへと移行する。


「ご主人様、近くに人の気配と、2層への入口とは反対側になりますが、魔物の気配があります。狩っていかれますか?」


「いや、今日は強い魔物でなるべく数を稼ぎたい。進行方向近くにいるやつ以外は無視して先を急ごう」


「了解です」


俺は今日珍しく個人的に目標を立てている。予想ではギリギリ届くかどうかだが、いつもより経験値を重視した動きをとればこれまでの経験上、余裕で達成できるはずだ。


「きゃっ!」


俺はミーナをお姫様抱っこした。

許可をとらずにいきなり実行したことで驚かせてしまったかもしれないが、夜はもっと大胆な密着をしているのだから、今更お姫様抱っこくらいはどうということもないだろう。

彼女を抱えたのは、今の俺達が急いで移動するととんでもないスピードになる。さすがに魔法使いレベル1のミーナではそれについてくるのはキツイと思ったからだ。


「私も魔法使いをとればよかったです・・・」


指を咥えて羨ましがるオリヴィエ。キミはずっと寝てたでしょうが。


「ほら、さっさと行くぞ。ミーナはしっかり捕まっていろよ」


「はい!」


俺の指示を嬉しそうにして履行するミーナ。なにもそこまで密着しなくても・・・いいと思います。


俺は素晴らしい感触と甘い匂いを堪能しながら移動を開始した。




急いで移動したとはいえ、二十分程で8層に到着してしまった。

経過時間の計測は俺の体感によるものとはいえ、速すぎるという事は間違いない。


「道中の近くの魔物以外は無視したとはいえ、随分はやく着いたな」


8層の特にこれまでと変わらない景色を眺めながら抱えてきたミーナを降ろす。

低レベル帯はレベルの上昇がはやいといってもさすがにほぼほぼ一直線でここまで来たので、ミーナのレベルはまだ3だ。


だからこそ運んで来たのだが、階層が進むにつれて彼女の方からだんだん抱っこの要求が積極的になっていき、さっきなんて7層に入った途端、こっちを向いて恥ずかしそうに八の字眉で頬を染めながら両手を広げてきたもんだから思わずその場でキスしてしまいそうになった。

だがそこで止まらなかったら進むごとに強くなっていく周りからの嫉妬の視線が強力になりすぎて俺の体に六つの穴が空いていたかもしれん。危ないアブナイ。


「よし、それじゃ今日はここで討伐重視の動きをしていこう。落とす物で選択などはせずに近くのやつからジャンジャン狩っていく。オリヴィエ頼めるか?」


「お任せください!」


ポンと背中を軽く叩いてオリヴィエにお願いすると、彼女は笑顔で答えてくれた。頼もしきかな我が狐どん。

お狐様の二対の二等辺三角形が少しピコピコさせていた動きを止めると、「こちらです」と言って誘導を開始してくれた。


経験値的にはMMO用語でいういわゆる「トレイン」と呼ばれるような釣り行為をして魔物を一か所に集め、一気に倒した方がボーナスも入って経験値もおいしいだろう。


トレインを故意に発生させる行為はゲームではマナー違反となる最低な行為の一つだが、ここはゲームの中では無いし、そもそもトレインに巻き込まれるような他の人間が居ないのでいくらやっても問題はない。


だけど今はまだ上位職業に代えたばかりのオリヴィエとアンジュにまだ戦い慣れたとはいえないウィドーさん、そして今日魔法使いになったばかりのミーナが居るというあまり無茶の出来ない状態なので、それはまだやめておく。まだな。


先導するオリヴィエに黙ってついていくとすぐにキラービーの群れが見えて来た。複数体出現するといってもいつもはバラバラな種類の魔物が居ることが多いのに、四匹とも同じ魔物というのは結構珍しいな。無いことでは無いがね。


「俺は後衛の近くで襲ってきた魔物の対処をする。オリヴィエは前に出てなるべく多く引き付けてくれ」


「了解です!」


安定したら俺も前に出たほうがいいだろうが、今はレベルの低いミーナへの脅威度を減らすことが最重要だ。なので彼女のレベルが上がるまではオリヴィエにちょっと頑張ってもらおう。


オリヴィエは魔物の方へ駆け、まだその場で右往左往しているキラービーの群れに突撃すると、攻撃範囲内の二匹に連続で斬りつけヘイトを稼ぎ、ターゲットを自分へ向かわせる。


「ファイアーアロー!」


オリヴィエの攻撃範囲外に居た残り二匹はこちらに向かってきたが、既に詠唱を始めていたミーナの魔法が左のキラービーに飛んでいき、命中した。キラービーは少し飛ぶ方向にブレが出たがそのままこちらに向かってくる。

右のキラービーへはアンジュの矢が飛んでいき、ドスンというとても弓矢が命中した音とは思えないものが聞こえてきたが、キラービーは体勢を大きく崩しながらも尚こちらに飛んできた。


ミーナが魔法を当てたキラービーは直線的に彼女へと向かっていったので、俺はその動線上へと素早く移動し、それが剣の間合いに入った瞬間、縦一文字に斬り伏せ、真っ二つになったキラービーは黒い霧へと還元していった。


俺はすぐに今もアンジュに向かっているだろう魔物の下へ行こうとしたが、


「それ!」


そいつはウィドーさんのメイスの直撃をうけ、霧散しているところだった。

ならばオリヴィエの・・・あ、もう終わってんのね。






今日もみんな、逞しくてなによりです。

こんなに強いんならトレイン起こしても余裕で処理してしまいそうでちょっと怖い。まだやらないけど。

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