第138話 講義2
「この引き寄せる力を「重力」と呼びます」
「重力・・・カキカキ」
そんな筆記用具うちにあったっけ?と思ったけど、たぶんあれはウィドーさんが持ち込んだやつだなぁと思いつつ、講義を続ける。
「えっと、さっき言ってたミーナの疑問なんだけど、これについてはちょっと複雑すぎて完璧な正解は出せない、ということを念頭に置いてほしい。俺が提示できるのは大まかな概要だけだ。しかもそれも少し間違っているかもしれないが、ここでは対した問題ではないだろう」
「はい、私も全てを理解できるとは思えませんので、それで充分かと思います」
俺はふるーーーい記憶の引き出しと好きだった番組や暇すぎる時間潰しでネットの海に沈んでどうでもいい知識を蓄えていた時のことを必死に思い出しながらミーナの疑問に答えた。
「重力は大きいものがよりその力が強くなるといったよな?」
「はい」
「だから我々が立っているこの大地にすべてのものは引き寄せられるわけだが、この力というのは引き寄せ合う力なので、相手の大きさも重要な要素となる。つまり、対象の大きさが小さいと、その力も弱くなる・・・ということだ」
「なるほど・・・ですが、煙というのは燃えているものによって小さな時もあれば、とても大きく広がる時もあります」
そうか。基礎の科学知識がないとそういう考えも生まれるんだなぁ。なんか新鮮。
「煙というのはね、実はすごーーーく小さな粒で出来ているんだよ。塩とかよりももーーーっと小さな・・・ね」
「粒で・・・そうだったのですね・・・ですが、小さくても重力が働くならばやはりすべては地に落ちるのでは?」
先にミーナが質問してくれるから次に何を言おうかと悩む必要が無くて楽ではあるな。
「ここからちょっと難しくなるぞ」
「はい!」
なんかミーナ、嬉しそうだね・・・。アンジュとウィドーさんなんてついてこれなくて?が何個も頭上に浮遊してるし、オリヴィエなんか飯を食いすぎたのかもう船を漕いでいるぞ。まぁ今回はミーナに魔法使いを取得させるためなので、他は置いていっても問題あるまい。
ちなみになんですべてをシスに任せて必要な知識だけを教えるという効率的なことをしないのか・・・というのは、単に俺がちょっと楽しくなってきているからである。俺の言う事を漏らさず聞き取ろうとしているミーナは健気で可愛らしいしな。
飽きたりこのまま全然魔法使いが取れなかったりしたらシスに任せるつもりではあるが、別に今すぐ必要なわけでもないしな。急ぐ必要もないだろう。
「まず、この世のすべては極論で言うとすべて超小さな粒で出来ています」
「粒!?すべてということは、人も獣も・・・ということでしょうか?」
「そう。どんなに目を凝らしても見えないようなほんとに小さい粒だ」
原子や陽子、電子・素粒子とか今の段階で言っても分からんだろうから粒でいいよな。科学マニアがこの場にいたら怒られるかもしれないけど。幸いここにそんなやつはいない。セーフ。
「信じられません・・・が、サトル様が言うのであれば「そう」なのでしょうね・・・」
「んでもってこの粒は結構活発でな。基本的に動き回って常に広がろうとしている」
「・・・それだと・・・いえ、わかりました」
すぐ浮かんできた疑問を口にしようとしたが、俺が続きを話そうとしていることに気が付いたミーナはそれを飲み込んだ。助かる。
「そしてこの粒ががっちりと密集して手をつなぎ合っている状態が固体だ。この状態では粒はほとんど動けない。互いに手を繋いでいるからな食卓やオリヴィエが食べてしまったパン、それに俺達もこの固体だな」
「なるほど!得心いきました」
この説明でいくんだ・・・すっご。みなさん、うちのミーナは天才です。
「次にこの密集と結び合う手が少し緩くなると、粒が互いに動きやすくなる。この状態が液体だ。水がこの状態だな」
「粒の結びつきが弱くなると液体に・・・うーん・・・いやでも・・・あ、そうか!・・・カキカキ」
咀嚼が凄い。一から二千を得る女。それがミーナだ!覚えとけよ。
彼女の噛みしめる時間を待ってから先へ進む。完全に乗り遅れている他のメンバーは置いていきます。オリヴィエは夢の中だし。
「そして粒同士の繋がりが無くなるとそれぞれが自由に動き回り拡散する。この状態を気体という。俺達が呼吸している空気などがこれに該当し、基本的に小さすぎて目に見えないが、ある程度密集していると煙や雲のように視認出来る場合もある」
厳密にいえば燃やしてでる煙は気体ではなく炭素の小さな粒子で固体らしいという話を聞いたことがあるが、それはここではどうでもいいだろう。
「気体・・・そんな状態が・・・いえ、そうですね・・・たしかに覚えがいくつか・・・フムフム・・・」
「この固体・液体・気体の状態はすべての物に存在していて、その状態が移行する条件は温度だ」
密度も関係あるけど、ここでは省く。
「温度!?」
「うむ、温度が低いと固体となり、上昇するにつれ液体、気体と変異していく。水が寒いと氷になり、火で熱すると蒸気になって目に見えなくなりまるで無くなったように見えるのはこのためだ」
「なるほど!水は熱すると蒸発して無くなるのかと思っていましたが、気体になって中空に散らばっていただけなのですね!?」
「いくざくとりーーーー!!」
ビシィッ!と指を差すと、ビクッと体を撥ねさせて驚くミーナ。
「いくざ・・・え?」
「すまんなんでもない」
いかんいかん。あまりにものわかりのよすぎるミーナについついテンションがあがってもーたわ。たのしっ。
「この状態の変化に必要な温度は物によって違う。今この状況下で俺達が固体で体の中に流れる血が液体で呼吸している空気が気体というように、同一条件下なのにそれぞれが違う状態となっているのはそのためだ」
「物によって・・・なるほど」
「血は体外に出るとすぐに固まるぞ?」
血になると詳しいの、なんかアンジュっぽいな。この一人特殊部隊め。我が講義にツッコミを入れるとは・・・感謝しかないわ。ありがとう。
「すまん、今のはちょっと俺の間違いだな。たしかに血が固まる温度は・・・ちょっと忘れたけど、そもそもあれは特殊で体内では液体になるように体が制御していて、体外に出ると自ら固まるように出来ている・・・んじゃなかったかな?すまん、この辺の詳しい仕組みはわからん。だが、傷ついてそこにカサブタが出来るのは傷を塞ごうとする血の仕組みの一つだ・・・たと思う」
液体の例として血を出すのは失敗だったな。
「血のことは一旦忘れてくれ・・・。とにかく、この気体の状態は粒が単独で動いている為、固体や液体よりも重力を受ける力が小さくなる」
「なるほど・・・それでは重力の影響が小さい気体はゆっくり落ちている・・・という・・・アレ?」
「えっと、気体が落ちない理由だったな。えー、気体の中でももちろん温度が低いものと高いものがある。寒い時と熱い時があるようにな。そして温度が低いと液体に近いから重く、高いと軽い」
液体に近いからっていうのは分かりやすかなと思って俺が勝手につけた理由だ。たぶん正確には違う。たしか・・・なんか密度が関係しているんじゃなかったっけ?
「この世界は固体・液体以外のすべてを気体で満たされていると考えてもらっていい。そしてその満たされている状態の中で重いものと軽いものがあると・・・」
「重いものは下へ、軽いものは上へと押しのけられていく・・・ということでしょうか?」
「いくざくとりぃぃぃぃ!!ん゛んん・・・すまん、だから熱されたばかりの煙や蒸気は上へ上へと昇っていくように見えるわけだ」
たぶんこの講義はミーナ以外には通用しないだろうなぁ。俺の説明が分かりやすいとはとても思えないし、実際アンジュとウィドーさんの両名は全然理解が追いついていない。若干ウィドーさんの方がついてきている・・・か?
オリヴィエは・・・もう寝かしておいてやろう。
目を輝かせて俺の話を聞いてくれるミーナに講義するのがこんなに楽しいとは・・・。
なんか癖になっちゃいそうで怖い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます