第137話 講義1

「今日の午後はダンジョン探索は休みにして、ちょっとした講義を行おうと思う。お、これ美味いな」


「講義・・・ですか?」


昨日冒険者ギルドに行って幼女と出会い、クイルの書き込みを実践して見せて変な男が罪人へと落ちるのを見守った後、買い物でオリヴィエチョイスの服を俺の話術スキルを沸騰させる勢いでフル活用して回避していき、購入率の九割をなんとかまともだったアンジュチョイスとすることに成功した。残り一割であるあの放射状に飛び散った血のりがついてるみたいなデザインの服を誰が着るのかについては家族会議を開いて決めてもらおう。俺は嫌だからな。


そして今は朝のダンジョン探索を終え、家に帰ってきて食事中なわけだが、オリヴィエが俺に教えてもらいながら作ってくれたとんかつと、同じく俺の指導のもとミーナが焼いてくれたパンを頬張りながら今日の午後からの予定を発表しているところだ。


「うん、こないだちょろっと言ってたミーナを魔法使いにってやつ」


「それと講義になんの関係があるんだい?」


自分の取り皿に持ってきたとんかつを、匙だけだと不便だなと思った俺がちゃちゃっと作った爪が太めの木製フォークもどきで刺しながら、ウィドーさんが質問してきた。最初は普通のフォークを作ってみたんだけど、乾燥させてない木材だからか、細いとすぐに折れてしまったから、先が太い二股フォークにした。

粗末な作りではあるが、みんなからは結構な高評価を得られている。


「・・・もしかして、魔法使いになるには知恵が必要・・・ということしょうか?」


二股フォークを両手に持ち、モグモグしながらも常に視線を喋っている者に向け、フムフムと頷いているオリヴィエだが、口内は常に満タンなので会話には参加してこない。


「ミーナはやっぱり凄いな。その通りだ」


俺が褒めるとミーナは嬉しそうな恥ずかしそうな表情で俯くと、オリヴィエも表情で「よかったですね」と伝えていた。


そして食事を終え、食器をみんなで片付けてから再び食卓に着席した。


「えー・・・じゃあ・・・」


どうしようか・・・。ノリで講義とか言ったけど、科学知識がたまーにディスカバリーチャンネルを見るというだけで、学生時代に習ったことなどはディラックの海に砲丸投げのフォームで投げつけた俺だ。どうやって教えたらいいものか・・・。ところでディラックの海って何?どの辺にあるの?


まぁとりあえず、基本的なやつから行くか。


「ここにさっきの食事で俺がとっておいたパンがあります」


「あ!ご主人様ズルいです!」


「はい、オリヴィエさん。静かに。それにこのパンはキミが高速消化していく中、やっとの思いで確保したものなのでズルくないです」


なんで普段はあんなに従順でイエスガールなさすごしゅなのに、こと食事となると軽く反抗することもあるんだろうな。内容が可愛いからいいけど。それにそれだけ俺に気を許してきてるってことかもしれんしな。


「これを持ち上げて、離すとどうなりますか?」


「え?えっと・・・食卓の上に落ちます・・・」


「正解!」


そう言って俺はパンを離し、テーブルの上に落とす。


「そんなこと当たり前じゃないか。これで魔法使いの職を得られるのか?」


そう、当たり前だ。こんなことは芸人が体操踊っちゃうくらい当たり前のことなのだが、


「ではアンジュ君。パンは何で食卓に落ちたか答えられるか?」


「何で・・・って物を支えもなしに離したら落ちるのは当たり前の事ではないか」


ウンウンと頷くオリヴィエと少し呆れ気味のウィドーさん。彼女もアンジュと同じ意見ということだな。


「俺が聞いている答えは当たり前ではない。落ちたのは何故か、ということだ」


「だから・・・すべての物は下へと落ちる、というのはこの世の変えられぬ理ではないか」


「・・・いえ、違います。すべての物が落ちるというのであれば、雲も星も、太陽や月も空に浮かんでいることの説明が出来ません・・・あれらは何故落ちてこないのでしょう?」


太陽と星はまぁいいけど、雲に言及されると説明がめんどいかもなぁ。まぁ別に今全てを説明しなくてもいいか。そもそも出来ないし。


「あれらはそういうものだ。空の上にあるものはこの大地を中心に回り、常に我々を見守ってくれているのだ」


あー、やっばい。地動説まで飛び出してきた。これは思ったよりも難儀するかもしれん・・・。そうだよな、当たり前というものを覆すのってほんとに難しいよな。ここには基本的な科学知識もないわけだし。

ここはちょっと方向性を変えよう。


「あー、スマン。ちょっとさっきの質問は俺が悪かった。日常の疑問から紐解くのが一番いいかと思ったけど、これをするにはちと時間がかかりすぎる」


1を2にするのは簡単かもしれないが、0を1にするというのはそら難しいよな。あるものに足すより、無いものを生む方が難易度が高いのは当たり前の話だ。ならば、


「まず、すべての物はお互いに引き付け合うという性質を持っている。これを無条件に受け入れてほしい」


いわゆる万有引力の法則ってやつだな。これが必要な知識なのかどうかも分からんが、とりあえず基礎知識と聞いてまずこれが思い浮かんだので教えようと思ったのだ。


はじめはこの法則に気が付いたニュートンさんと同じ方法を提示してみたが、考えてみればニュートンさんには1どころか何百もの知識を持っている上でリンゴが木から落ちるのを見てそれに気が付いたのだろうが、科学知識0の人間がそれを見てももったいないなぁ位の感想しかわかないだろう。


ならば疑問から答えを導かせるのではなく、学生の教科書のように、それはそうなのである、という答えを先に提示してしまった方が手っ取り早い。

後はその答えを受け入れてもらうだけだ。・・・それが難しいんだろうけどな。


「すべての物が引き付け合うのならば、何故パンに向かって食卓が向かっていかないのでしょう?」


「いい質問ですね、ミーナさん。この引き付け合う力というのは基本的に物凄い小さい力であり、その力は物が大きければ大きい程強くなっていきます。そしてパンや食卓はおろか、この家程度の大きさでは全く感じないほどの力なのです」


俺の言葉に真剣な眼差しで考え始めるミーナ。こういう思考の時間は大切だろうから喋るのをやめて彼女の中で揉み込んでくれた方がいいだろう。


ちなみにアンジュとウィドーさんは一応考えてはいるようだが、ミーナと違って思考を続けているというよりも、何がわからないのかもわからないといった印象を受ける。

そして今までウンウンと頷きながら表面上は興味ある風にしていたオリヴィエだが・・・彼女は俺がさっき食卓の上に落としたパンへと完全に興味が移ってしまったようで、今はパンと俺の間で視線を往復している。


・・・もうこれは要らないからあげちゃうか。気が散るし。

俺がパンをスッとオリヴィエの前に差し出すと、パァっという効果音が鳴ったんじゃないかと思うくらいに表情を輝かせ、大事そうにパンをとって食いついた。


「・・・つまり・・・パンは食卓でも家でもなく、この大地に引き寄せられた・・・ということでしょうか?」


「そう!正解」


「・・・それならば、水が低い場所へ流れるのも、人が大地に立っていることや

あらゆるものが大地の上に建っていることも説明がつきますが、それならばやはり何故雲や煙が大地の引き付ける力の影響を受けずに浮かんでいるのかがわからないです」


うーん、やはりこういうものをサラッと終わらすことは無理だったか。

ミーナは俺の事を信頼してくれているから、俺がこういうものだ!と提示したものを受け入れてはくれるものの、頭がいい故に新しい疑問点を引っ張ってくる。






ちょっと長くなりそうかな・・・と覚悟しつつ、いよいよ獲得が難しいとなったら試行錯誤するのを諦めてシスに頼んでしまうというのもありかな。


難題ではあるが、簡単に解決してくれそうな最高のサポートが保証されている俺は案外気楽にこの講義ごっこを続けていくのであった。

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