第132話 恭しく
トントントントントン
玄関の扉をノックする音がする。
さっきの霊長目ヒト科の時とは大違いで、常識的な力で家主を呼ぶ音量がダンジョンから持ち帰って来たアイテムを物置部屋に整理して並べていた俺達の耳に届いてきた。
「はーい」
二階の物置部屋に居る俺達より、距離的に近い一階の台所でダンジョン産食料を仕舞っていたオリヴィエが声をあげて訪問への対応をしてくれるようだ。
トテテテと小走りで玄関に向かう軽い足音が聞こえる。
「すいません、冒険者ギルドのマリアと申しますが、サトル様は御在宅でしょうか?」
「あ、いつも受付にいらっしゃる方ですね。今呼んでまいりますので少々お待ちください」
丁寧だ。玄関の方から常識人の匂いが漂ってくる。こないだの獣臭とは大違いだぜ。
さっきも聞こえたライトな足音が階段を上がってきて、物置部屋の前で止まった。
「ご主人様。冒険者ギルドからマリアさんがいらっしゃいました」
「ああ、わかった。今行く」
これはやっぱりあれだよな。
アンジュが言ってた後で来てほしいっていうのを後回しにしてたから、焦れたギルド側が人を寄こしたってやつだよな・・・。
でもまだあれから二日しか経ってないってのに、随分せっかちやなぁ。
階段を降りていくと正面の玄関に立つマリアの姿が見えてきた。ギルドの受付に居る時と同じ制服だ。やっぱり仕事としてきたのか。まぁそうだよな。いくら今の俺が史上最高絶頂のモテ期だからってフラグも何も立てた記憶の無いマリアがいきなり俺の家にプライベートで来るわけもないよな。
「あ、サトル様!」
「はい、サトル様です」
「もう・・・なんですぐに来てくれなかったんですか!色々と大変だったんですよ」
そんなに頬を膨らまして怒らないでよ。可愛いってば。
「いやぁ、丁度この後行こうと思ってたんだよ」
ダンジョンへ、な。
正直ギルドの事はすっかり忘れてました。スマン。
「そうですか、ならこうして訪問させていただく必要もなかったですね。・・・まぁあれ以上ギルマスにせっつかれるのは私の精神衛生上よくなかったのでどちらにせよですが・・・」
そんなに上司から催促されてたんか。日本ならメールや電話一本で連絡寄こせるけど、この世界じゃそれが出来ないから不便よな。
まぁ毎日のようにわけのわからないスパムやいつどこで了承したのかも忘れたようなメルマガ、そんなに頻繁に掃除機や洗濯機は買わねーよと突っ込みたくなる通販の広告等々。削除するのも面倒くさくなる程大量のメールが送りつけられてくるというのが常識な現代人には、今のような個人間の連絡が容易ではない状況も鬱陶しくなくてよかったりするんだけどね。
「とりあえず中に入ってよ。今回来たのはランクの件だろ?」
「ありがとうございます。そ、そうですね・・・その件で参りました。とりあえず失礼させていただきますね」
ん?なんだ?いつもギルドでは俺達の持ってくる素材の多さに苦笑いしつつもハキハキ対応してくれるマリアが妙に歯切れが悪いな。そんなに職場で圧力かけられたんか?俺が知り合いの男爵に掛け合ってやろか?ここの領主じゃなくて隣町の方ですけど。
マリアを家に招き入れ、我が城で唯一のテーブルへと導く。・・・そろそろ客間もちゃんと整備した方がいいかな?
「早速ですが・・・」
食卓の椅子に座った途端にマリアが話し始めた。俺も座るからちょっと待って。
「サトル様が使徒であるという話は本当なのですか?」
「え、何で知ってんの?」
やはり俺の個人情報保護法案を通してもらわんと駄目か。どこに話にいけばいい?やはり皇帝か?・・・皇帝はやだな・・・。言葉の響きが既に怖い。
「・・・本当にそうだったんですね・・・申し訳ございません。誘導尋問めいたことをしてしまいました。お許しください」
マリアは椅子から立ち上がり、大企業のマニュアルにそのまま載せられるような綺麗なお辞儀を見せる。
「・・・なるほど、こりゃ一本取られたな。ちなみにそう思った要因はなんだったんだ?」
カマをかけられたわけか。だが、その後の丁寧で誠実な謝罪もあって特に不快感はないな。そもそもトレイルの街であれだけ広がってしまった情報が、そのままあの街だけにとどまるわけがない。
もしトレイルの住民全員が一致団結して情報の流布を防ごうとしたって、それはほぼ不可能というものだ。ましてやこの世界にはギルド間の連絡を簡単に取れるクイルというものまであるしな。
「えぇ・・・っと・・・。先日こちらに領主様からの使者が訪問されませんでしたか・・・?」
「・・・・・・あいつが原因か・・・」
直接口にしなくても、下げたままの頭からギリギリ見える非常に言いにくそうな顔と泳ぐ視線が色々なものを物語っていた。あいつの態度が俺の前だけで悪かったはずがないし、あいつがここに来た理由も俺を使徒だと知った領主が使者として送ったはずだ。
ならばその使者であるデオードが俺の情報を知らないということはあるまい。わざわざまがりなりにも騎士団長という立場の人間を使者として送ったという時点でそれは透けて見える。
それなのにあんな態度をとるというのは、カルロ達の行動を鑑みれば常識外のものであると分かる。同時にやつとその主の思慮の浅さも知れるというものだ。
「もちろんそれだけではなく、当初トレイルから届いた信じられない情報を皮切りに、色々な噂は飛び交っていました。トレイルの冒険者ギルドにいくら問い合わせをしても「その件には答えられない」の一点張りで・・・。ですが、今回のデオード様の問い合わせでほぼ確信に変わったのは確かです・・・」
あのゴリラが俺の情報を雑に、簡単に外部へと漏らしてしまうのもたやすく想像出来てしまう。最初から低かったけど、あいつの評価は陰線を続け、もはやグラフの下限を突き破っている。ゴリラ株を買ってたら破産手続きを進めなければならなかったわ。あんなはなから評価の低い銘柄に手を出す奴が悪いけどな。
「こちらが詮索を仕掛けたのも事実です。申し訳ございませんでした」
未だに頭を上げずに姿勢を崩さないマリア。
「いや、それはもういいよ。どのみち俺の事が広がってしまうことは分かっていたことさ。もう頭をあげて座ってくれ」
こんなに誠実に謝罪してくれる人の気持ちを無下にするようなことはしないさ。たぶんだけど、彼女はギルド側から言われて止む無くやっただけな気もするしね。
「ありがとうございます」
まだ申し訳なさそうな表情のまま、マリアは音も立てずに着席する。前から思っていたけど、彼女の所作と対応ははいつも綺麗で丁寧だよな。
親の教えの賜物か、それともギルドの教育がいいのか。はたまたは彼女の素養からくるものなのかは知らないけど、見ていて悪い気はしないよね。
教養の低いやつばっかりがくるような(偏見)冒険者ギルドの受付よりも、商業ギルドとかの方が彼女には合っているんじゃないのかね。
「少し話が本題から外れてしまいましたが、貴方様への無礼が無いようにどうしても先に確認したかったのです。どうかご容赦を」
今度はさっきとは違って着席したまま軽い会釈のような謝罪をする。あまりしつこくない感じも好感触だ。
「それでは先日貴方様よりご提案いただいた非常に興味深いお話を私共に詳しく聞かせて頂きたく・・・」
「あー、ちょっと待って」
「・・・?は、はい・・・」
俺の突然の制止にドキッとした様子のマリア。
「俺に対してはそんなにかしこまる必要はないよ。むしろこれまでと同じ位の態度で振舞ってくれた方がありがたい」
提案する俺を正面から少しの間ジッと見つめていたが、
「・・・本当に・・・ですか?」
と念を押してきたマリアに頷いて見せると、
「ハァ~~~。そう言ってもらえると凄い助かりますぅ。慣れない対応とこんな重大な案件を押し付けられて私も色々限界だったんですよぉぉぉ~~~」
それまできっちりかっちりしていた応対だった彼女は、突然何かのスイッチを切り替えられたかのようにぐで~っと溶けだした彼女は、テーブルに突っ伏しながら安堵の声をあげた。
非常に慣れたように見えた態度だったが、やはり相当無理をしていたようだ。
俺は生まれながらの使徒なんかじゃなく、既に平均寿命の半分程を一市民の・・・それも日本においては底辺付近をウロウロしていたんだ。
急にお大尽様に相対するような対応をされても気持ち悪いだけだよね。
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