第128話 霊長目ヒト科

「たのもーーーーーーーぅ!!」


家主を呼ぶ声と玄関扉を叩く音が交互に響く。

そんなに大きな家というわけでもないんだからそんな声量で叫ばなくても、そんな強さで叩かなくても聞こえるっつーの。


「なんなんだ一体・・・」


俺は自身に重なっていた幸せ達をそのままにしておきたい気持ちをなんとか抑えつけ、一人ずつ丁寧に剥がしてゆく。


「・・・ったく、これで大した用事じゃなかったらどうしてくれようか」


鳴り続ける不快指数の高い音の発生源へと重い腰をあげて向かい、扉を少しだけ開けると、


「やっと出て来たか」


「・・・何だ?」


顔半分位だけを開けた扉を覗き込むようにして俺の視界に入ってきたのは、オールバックの金髪なのにゴリラタイプの顔に見合ったガタイのいい男が、映画なんかでよく見る戦闘を行っていない平時に騎士が身に着けている・・・これはなんて言ったっけ・・・あー、確かサーコートだったか?


俺が学生時代にやってた毎回最後とタイトルについてるのにずっと続いていたMMORPG。その中で俺は長い間ナイトでプレイをしていたから、よく今目の前にいる男と似たような装備を付けていた。それの名前が〇〇のサーコートとかだった気がする。


まぁ簡単に説明するならば、要は袖のないコートだ。その下に薄手で半袖のインナーウェアを着用していてサイズが合っていないのか、隆起した筋肉の輪郭がハッキリと分かるほどにピッチピチだ。

騎士風・・・というかまんま騎士なのだろう。こいつが逆三角形に群がるゲームキャラの衣装を真似る人じゃない限りはな。


「お前がアマノサトルか?」


「違います」


バタンッ!と音を立てて扉を閉める。


全く・・・頼んでもないのに毎月のように現れる新聞の勧誘ババアを思い出したぜ。なんであいつらは99.999パーセント断られるって分かっているのに毎回やって来るんだろうな。


「おい!開けろ!ここがアマノサトル所有の家だという事は調査済みなのだぞ!」


誰だ勝手に個人情報を教えたのは!個人情報保護法は・・・この世界にはあるわけないか。

くそう・・・国のトップに掛け合って作ってもらうか。アマノサトル情報保護法案を。


金髪オールバック騎士はドンドンドンと再び扉を叩き始めた。

うるさいなぁ・・・ほら、ミーナ達も何事かと様子を見に来ちゃったじゃないか。なんか約一名は咀嚼をしてほっぺが膨らんでいる気がするけど・・・。


「開けろ!俺はシーシャーク子爵の使いだぞ!こんな無礼を働いていいと思っているのか!」


なんだその海洋哺乳類に異常な執着を持った生まれながらの子爵みたいな冗談めいた名前は。何、キミの主人は先祖代々子爵に執着でもしているの?もし陞爵の打診があっても頑として断ったりするの?それともハークシャークとかに改名でもすんのか?


「貴様ァ!・・・もういい、こんな扉壊して・・・!」


俺は一つ溜息をついて扉を開く、


「なん・・・ぬおっ!」


外のゴリラは丁度俺が開けたタイミングで扉に殴りかかろうとしていたようで、その拳は俺の眼前に迫る。

が、俺はその拳を右掌で受け止めた。


「あっぶな」


この世界の扉は日本と違って内開きな為、開いた扉が外の猿人にぶつかることなく開き、金髪猿は目標だった扉をいきなり失うことになってその矛先が代わりに現れた俺の顔面だった、というわけだ。


「ごふ人様!」


俺は誰かの嫁になった覚えはないぞ、オリヴィエ。いち早く駆け付けてくれたことはいいんだけど、とりあえずその口の中の物はごっくんしちゃいなさい。そのモフモフの尻尾をにぎにぎしちゃうぞ。


「貴様!何をしている!」


「駄目です!」


「!?」


アンジュはゴールデンゴリラゴリラゴリラ(学名)が俺の顔面に殴りかかったと勘違いしたのか、この行動自体を問題視したのか、すぐさま腰の剣に手をかけて抜刀しかけたが、それはミーナが柄頭を両手でせき止めることで強制的にそれをキャンセルし、アンジュの方を見ながら首を左右に振っている。


うーん、超反応。まぁ扉と一緒に飛んできた拳を受け止めちゃう俺も俺だけどね。私の戦闘力はレベル56です。重戦士と魔道士はまだ10なんだけどね。


「それでいいんだ、もっとはやく開けんか」


せっかくミーナが止めてくれたけど、アンジュがやらないなら俺が殴ってもいいかな?こいつ。

俺が彼女の顔に視線を移したことでその意図を正確に把握したのか、ミーナは困った表情をしてやはりプルプルと首を振った。

アンジュの時はお母さんが「やめなさい」と諫める感じだったのに、俺に対しては小動物が「踏むのやめてぇ」と懇願するような感じになっているのは何でなん?俺だってそんな傍若無人ではないんだぞっ!


「子爵の命とはいえ、こんな使いっ走りのようなことを騎士爵で子爵の騎士団長を務めるこのデオードが直々に来てやっているのだぞ。そんな俺に貴様らは・・・無礼にもほどがある!大体このような獣をそばにはべらせているようなぶひゃぁぁ!!」


ゴリラが豚の鳴き声を上げて綺麗に飛んでいった。

はい、私がやりました。例え俺にメールを送ってこの世界に飛ばしたやつが許しても、オリヴィエの事を「獣」呼ばわりするようなやつを許す法律は俺の六法全書には載ってないんだよ。


綺麗に後頭部へと流していた金髪はその衝撃ですべてが前髪に変わり、まるで欧米版の貞みたいになっていた騎士爵で子爵の騎士団長とやらは俺が殴った左頬を手で抑え、右手を地面に着くことでなんとか上体を起こしていた。


「にゃ・・・にゃにを・・・」


痺れていたのか殴られるとにゃんにゃん言葉になる性質なのかは知らないが、

臭い消しみたいな名前のゴリラはワナワナと小刻みに震えながらこっちを睨みつけていた。


俺がプルプルしている類人猿に睨み返していると、肩をトントンと叩かれたのでそちらを向くと、ミーナがいい笑顔で親指を立てていた。

どうやらうちの最高裁判官も今の言動には有罪の判決を出していたようです。当たり前だよね。


顎を数回開閉してからもう一度口を開いた。


「貴様!何をする!」


「何をするじゃないよこのすっとこどっこい!」


うわ、それ久しぶりに聞いた。

でもウィドーさんが言うと全然違和感ないね。むしろかっこいい。


「旦那の家に礼も尽くさない訪問をしたばかりか、獣人族に対する差別発言を堂々と目の前で口に出しておいて・・・何をはこっちの台詞だよ!」


「こ・・・の!年増の・・・うっ!」


起き上がりながら暴言を吐き続けるゴリ・ゴリ男の喉元に剣先が付きつけられ、その感触に肝を冷やしたサル・サル助は言葉を詰まらせ、とっさに両手をあげて無抵抗の意思を示した。


「私はその言葉が大嫌いだ。これ以上続けるならば胴とお別れさせてやるぞ」


こわ・・・うん、俺も気を付けよう。


「・・・わ、わかったすまない」


放置されて三週間たった異臭のする生ゴミを見るような目で睨みつけたままだったアンジュだが、ゴリーラの言葉を聞き、剣を首から放して鞘に納める。


「・・・何故エルフ族のかたがこんなところに・・・」


こいつ・・・オリヴィエには獣とか言いやがったのにエルフに対しては差別発言どころかちょっと敬っているような感じまであるな。

人族至上主義的なものじゃなくて、単純に獣人に対する差別なのか・・・?今までオリヴィエと一緒に行動していてそんなような反応や言葉は一切見聞きしなかったのに・・・。


こいつ個人の考えなのか、それともただ単にファストとトレイル周辺だけそういったものが無いのか・・・後でミーナにこっそり聞いてみよう。






今後もこういったことがあるかもしれないしな。

あらかじめ聞いておいて、それが地域的なものならばそういった場所にはなるべく近寄らない、という選択肢もとれるしね。

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