第127話 幸福から
「おーっし、出来た」
俺は鍋から上げて程よく油を切った最後の一つを大皿の上へ盛りに盛った山の頂に乗せた。
「そしたらオリヴィエ、この皿を食卓に持っていってくれるか」
俺が調理する様子をずーーーーーっと横で食い入るように見つめていたオリヴィエに大盛りにした皿を運ぶように要請する。
「はい!喜んで!!」
元気いい系の居酒屋チェーン店みたいな返事するね、キミ。
目に嬉しいという感情を他人から容易に読み取れるほど重ねたオリヴィエは、嬉々として大皿を大事そうに持ち上げ、隣の部屋のテーブルへと運んでいった。
あれから俺達は8層で狩りを続け、色んなドロップアイテムで全員の背負い袋がパンパンになった頃、ちょうどオリヴィエアラームがグゥーとなったので、ご飯を食べに帰ってきていた。
「わわわ、この揚げ物は今までで一番大きいですね」
「凄い量だな。これ全部食べ切れるのか?」
「いい匂いだねぇ。これは今回も期待できそうだねぇ」
全員が既に着席していてお行儀よく料理が揃うのを待っていた。
今日のメインはオークからドロップした肉をランバードの卵にくぐらせてパン粉をまぶし、油で揚げた「とんかつ」となっております。
ウスターソースもマスタードもないからそのままいただいてもらう形となりますが、揚げたてだし、キャベというキャベツに名前も味も見た目もそっくりなもうツの一文字くらいつけて同一のものにしろよと思ってしまうような野菜を千切りにしてそれぞれの皿にこんもりと山にしておいたから、是非油で重くなりそうだったら口直しで食べてください。
という俺の事前説明、キミ達聞いてた?
減るのはとんかつの山ばかりでキャベの妖精が泣いてるぞ。そんなんいたら千切りの時点で激怒してそうだけどな。
「はうあぁぁぁぁ・・・おいひーれふぅぅぅぅぅぅ」
おお、今までで一番のハムっぷりかも。オリヴィエたんはその内、その頬の内側に物を収納できるほっぺたストレージのスキルとか獲得できんじゃない?
「今までの揚げ物も最高だったが、これは至高だな!分厚い肉が実に柔らかく、噛むごとに旨味が口の中で爆発しているかのようだ!」
何気にアンジュの味の表現が現代チックだな。グルメ番組のワンコーナーでも狙ってんの?
「肉が甘いのはなんでなんだい!?サクサクでホロホロでジュワジュワで・・・これは・・・あれだ・・・美味しすぎるよ!」
色々と感想が渋滞しまくった挙句に一番シンプルな場所へと行きつく悟りの境地みたいな食レポだね。結局食べてもらって一番嬉しい感想ってそこに行き着くのかもしれないねー。
「この細かく刻んだキャベを食べると次に食べるとんかつが更に美味しくなっている気がします。何故なのでしょう?」
おお、ミーナはいいとこに気が付くねー。味が濃い料理や油を使うような重くなりがちな料理にはやはり、リセットしてくれるさっぱりとした食材があるとお互いがお互いの良さを引き出す相乗効果をおこしてくれるのだ。
あ、更に美味しくと聞いた他の三人が一斉にキャベにも手を付け始めた。
アンジュとウィドーさんはミーナの言っている意味を自身でも実感し、感動していたが、既に詰め込まれている場所にキャベを放り込んで一緒に食べているオリヴィエはリセットの実感を得られず、不思議そうにしていたが、やがてそんなことはとんかつの美味さの前にはどうでもいいかというかのようにまた幸せそうに新しいとんかつを口に放り込んでいた。
ダンジョン産の食材は品質もよく、とても美味しいとは思うが、俺にとっては見知った味という範囲は出なかったため、おかずがとんかつだけというのに少々飽きてきた俺は、焼きたてのパンを二つに斬り、片方のパンの切った面にキャベを適量のせ、とんかつをサンド。即席カツサンド・・・じゃなくてカツバーガーと言った方がいいか・・・を作ってかぶりついた。
うん、別に味変にはならないけれど、食感が変わっていいね。
焼きたてパンの元々の味の良さと質のいいとんかつということで、単純なのにまるで店で購入した様な美味しさだった。
そしてそれは瞬く間にまわりの四人にも広がり、漏れなく全員に高評価を得ていった。
「これは・・・食器を使わずに食べれるということは、携行食として持っていくことも可能なのでは!?」
「今度作って持っていくか?ダンジョンに持って行っても食べてしまえば荷物の容量の邪魔にもならないだろうし」
今までの探索は比較的浅い層だったこともあって、食事は別に家に戻って食べればいいか、と思って弁当などは作っていかなかったが、今後はダンジョン探索を進めていくうえで行き帰りの移動時間を食事をとるためだけに使うという事は効率的に良くない事態にもなるだろう。
いくら高レベルで移動自体にとんでもない速度を出せるといっても、距離が伸びればそれだけ時間はかかるし、なにより一日中潜るという予定ならばどうせまた戻ってくるのだから単純にめんどくさいということもある。
ならば現地に弁当を作っていって食事はダンジョンで済ましてしまえば、移動時間も調理時間も丸々ダンジョン探索に充てることが出来るしな。
「ごひゅ・・・むぐっ・・・ゴクン。ご主人様!それは是が非でも実行しましょう!」
あれだけ詰め込んだものを嚥下してからでも正確に伝えたかったのか。先の理由のこともあるし、別に懇願されなくてもやろうと思ってるけどね。
「本来携行食は日持ちするものというのは前提条件としてあるが、我々がそんな何日もダンジョンへ潜るようなこともないだろうしな。いい案だ」
「ダンジョンでもこんな美味しい物を食べれるのかい?あぁ、今旦那に捨てられて元の食事に戻れと言われたら、自死を選ぶことに躊躇いもなくなりそうでなんだか怖いねぇ・・・」
自死やめてね。そもそも捨てるとかあり得ないから。むしろ俺が見捨てられないようにこうして胃袋をがっちりホールドしている節もあるんだからねっ。
だけどそんな俺の想いは露知らず、全員がチワワが懇願する古の金融系広告のような瞳で見つめてくる。
「よし、この際だからハッキリと言っておこう。俺は一応、自分が手を出して行動を共にすると決めてくれた者とは、その一生の責任を背負う覚悟を持っているつもりだ」
全員が食事の手を止めて俺の話を聞いている。
「つまりは・・・あれだ・・・。その・・・今後もよろしくお願いしますってこと」
あー、途中までは自分でもいいこと言っていたような気がしていたのに、この重要なタイミングでボキャブラリーの無さが露呈してしまった。感動場面キャンセラーの潜在スキルはこの世界にも持ち越していたのか・・・いらないから削除してもらえませんかね?
「ごしゅじんさまぁぁぁーーー!!」
正面に座っていたオリヴィエが呼ぶ声が聞こえたと思いそちらを見るも、何故かそこに彼女の姿は無く、一瞬不思議に思っていたら突然横からとんでもない衝撃が俺を襲い、俺の体は床に押し付けられる。
だが、俺に不快感やダメージなどは全くなく、直後に襲ってきたのは見知ったいい匂いと幸せな柔らかい感触だった。その正体は視覚でわざわざ確認せずともそれ以外の感覚がそれはオリヴィエだと告げていたからだ。
「サトル様!」「旦那ぁ!」「サトル!」
他の三人もオリヴィエに続き、次々と重なっていく。
あー、なんだか好きだったサッカーチームが優勝を決めるアディショナルタイムの劇的な逆転ゴールを決めた時と一緒だー、とか全然関係のないことも頭をよぎっていたが、俺の感情の大半は幸せで満ち溢れていた。
圧倒的過半数の得票数で圧勝ですよ。
ドンドンドンドンドン!
そんな幸福でいっぱいだった俺の耳に、何やら雑音が届いてきた。
ドンドンドンドンドン!と再び荒々しく戸を叩く音が響いた後にすぐ、
「たのもぉぉーーーーーー!」
という男の叫ぶ野太い声がした。
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