第126話 8層

「おお!アンジュ!!見ろアレ!オークだ、オーク!!」


「うむ・・・それは見ればわかるが・・・何故急にサトルから一番遠くにいる私にそれを伝え出したんだ?」


俺達の隊列は超強力ソナーを装備している先導役のオリヴィエを最前列に、俺、ミーナ、ウィドーさん、アンジュの順番で進んでいたから、わざわざ俺の位置から最高峰のアンジュに声をかけるというのはたしかに違和感があるかもしれない。


だけど仕方ないじゃない。だってオークだぞ。オークと言えばエルフだろ!何がとはあえて言及はせんがね。


オリヴィエに先導されてやってきた場所にはオーク二体の他にもホブゴブリンアーチャーとホブゴブリンソルジャーが居た。

真ん中にオーク二体が居て、その両側にホブゴブリンが立っていた為、パッと見はまるでオークをリーダーにホブゴブリン達を率いているようにも見えたが、俺らを見つけた魔物達は特にオークが指示を出して攻撃をするようなこともなく、それぞれが突進してきたのであの配置はただの偶然だったのだろう。


ただ直線的に走ってきた先頭のオークの顔面にアンジュの矢が炸裂し、その勢いでオークは後方に吹き飛んでしまうほどの威力でまさに弓矢の攻撃としては正しくないような炸裂と言った表現がピッタリ当てはまってしまうような衝撃だったが、黒い霧に還元しないところを見ると、どうやら一撃では倒せなかったようだ。


吹き飛んだオークの両側から突撃してきたもう一匹のオークとホブゴブリンソルジャーは俺とミーナがそれぞれ担当し、魔物の後方から飛んできたホブゴブリンアーチャーの放った矢は、その方向から察するにウィドーさんを狙ったもののようだったが、弓射る動作を見逃さなかったオリヴィエが矢の軌道上に割り込み、盾で薙ぎ払うようにして防いだ。


盾を器用に使いこなす彼女は剣豪というよりも、古代ローマのコロッセオで戦うような剣闘士に近い印象を持つが、はっきりとした盾役の居ない俺達のパーティーにおいて、今のような動きをこなす彼女の重要性はとても高い。


攻撃も防御も索敵すらこなしてしまう彼女はもし現実にあるようなスマホゲームのガチャだったら排出率が詐欺レベルに低いことだろう。ゲームバランスを完全に壊してしまうくらいには高性能だしな。


そんな彼女を最初に仲間に出来たことは俺にとって豪運と言ってもいい。

あの時・・・この世界に来てすぐの時に結構な無理をして彼女を助けるという選択肢をとってほんとによかったと思う。


彼女が居なかったら、きっとこの異世界を謳歌するという俺の目的も今より困難なものになっていたかもしれない。ありがとう、オリヴィエ。これからもよろしくね。


高性能狐への感謝を胸に抱きながら、対峙したオークを一撃で斬り伏せる。

もう一匹のオークも起き上がろうとしたところをアンジュの追撃がまた顔面に見事炸裂し、今度は首だけが矢と一緒に飛んでいって数瞬後に黒い霧へと還元されたので、俺はミーナが相手をしていたホブゴブリンソルジャーへと向かう。


後方に控えたままのホブゴブリンアーチャーは二の矢を軽々とオリヴィエが走りながら弾きながら向かっていたので、彼女に任せて問題はないだろう。


「・・・ミーナ」


彼女を支援しに駆け付けてそのすぐ横に立った俺は、そっと彼女だけに聞こえるような声量で声をかけた。


「?」


戦闘の真っ最中に小声で声をかけられたミーナは不思議そうな顔をしていたが、


「俺がこいつの攻撃をわざと受ける。ミーナはその後に攻撃を仕掛けてくれ」


「・・・!わかりました」


俺の言葉を聞いた彼女の様子を見るに、どうやら俺の意図を完全に汲み取ってくれたようだ。ほんとさすがだよね。ミーナは。


俺達が短い会話をしている間に対峙しているホブゴブリンソルジャーは装備している曲刀のような、長剣と短剣の中間位の刃長を持つ武器を振りかぶって既に攻撃の動作に入っていた。


その分かりやすい動きについつい避けてしまいそうになる本能を理性で押さえつけ、俺は剣を持つ右腕の二の腕辺りで受け止めた。


「ぐっ・・・!」


という短い呻き声が反射的に口から漏れはしたが、感じ取れるようなダメージは受けていない。


「やあ!」


俺に攻撃したことで隙だらけになったホブゴブリンソルジャーに槍で二連撃を左胸と頭部に連続突きし、ゴブリンを霧へと還す。

連撃を与えた両方共、見事に急所を狙っているのはさすがだ。


倒したら霧になるダンジョン産の魔物に内臓器官や急所があるかは知らないが、以前にオリヴィエによって目を潰されたゴブリンはその視界を失ったような行動をとっていたし、ミーナに胸を突かれた個体はその箇所に手を当てて痛そうにするなど、何らかの不思議物体によって作られるダンジョンの魔物も、倒されて霧になるまでは外で生きているような魔物と同じような構造をしているのかもしれない。

ただ単にそういう行動を模倣するように作られているだけかもしれないけどね。


これで後はオリヴィエの・・・あ、もう終わってるみたいね。


俺がホブゴブリンアーチャーの方に視線を移した時にはすでに剣を腰の鞘に納め、まるで時代劇で悪役を切り終わった正義のお侍さんみたいな綺麗な残心を見せているオリヴィエと、その後ろでもう霧散し終わりそうな元ホブゴブリンアーチャーであっただろう霧があるだけだった。


「大丈夫かい!?」


すべての魔物が一掃されたことで今回は後方に控えたまま出番の無かったウィドーさんが攻撃を受けた俺を心配して駆けつけて来てくれた。


「少し油断して魔物の攻撃を受けてしまった。悪いが回復してもらえると助かる」


もしこの場に俺の事が大嫌いな奴が居たら「てめーでやれよ」とかいう突っ込みが飛んできそうな状況だが、幸い俺のパーティーにそんなやつは居ないのでそんな俺のハートを砕くような切れ味の鋭い言葉が飛んでくることもなく、ウィドーさんは俺の攻撃をうけた右腕に手をかざして詠唱をはじめてヒールを使用してくれた。


「ありがとう」


回復してくれたウィドーさんにお礼を言うと、


「・・・ありがとう」


と、お礼のオウム返しを受けてしまった。

どうやら俺の思惑は彼女にバレバレだったようだが、その行動を結構好意的に受け取ってもらえたようで嬉しそうな顔を見せてくれたから、別にいいか。ちょっと恥ずいけどな。


「けど、アタイのためにわざわざ危険な目に合うような真似はやめておくれよ」


そう言って喜びの中に困ったような感情を混ぜてなんとも複雑な表情を向けてくるウィドーさん。


「まぁ、なんだ・・・。本当に必要な場面が来た時に備えることも重要だろうと思ってな」


「・・・そういうことにしといてやるかね」


今までの俺達には無かったこの慈愛に満ちたお姉さん要素・・・いいね、素晴らしい。彼女にならオリヴィエ達には恥ずかしくて見せられない赤さん遊びも出来るかもしれない。

どっか彼女と二人っきりになれたタイミングがあったら是非ともお願いしてみたい。内なるマザコン力はその時に備えて溜めておこう。溜めすぎて幻滅されないことだけは注意しなくてはな。


「ご主人様!オークが肉を落としました!」


オリヴィエが嬉しそうな軽やかステップで俺にオークが落とした肉を二つ持ってきた。それを鑑定すると、「豚肉」と「霜降り豚肉」という結果が表示される。確かに片方はとんかつに使えそうな見るからにロースって感じのものだけど、もう一つの方は脂身のとこ以外の赤身部分にも白い筋のような、いわゆるサシっていうのか?それがある。

霜降り肉っていうと牛肉のイメージだけど、豚にもあるんだなぁ。俺は食べた記憶がないけど、見た目は非常に美味そうだ。


「ゴブリン達が落としたのはこちらの二つのようです」


「あー、それはゴブリンポンフーとゴブリンペッパーだ。6層のやつが落とすやつと一緒だな」


「ということはゴブリンを倒す旨味はあまりないのかな?」


ミーナの掌に乗った白と黒の丸い塊を俺の後ろから覗き込んだアンジュが8層のゴブリンに対する戦果への懸念点をあげた。


ちなみにゴブリンポンフーというのは、サポシスさんの解説によると重曹のことらしい。

ウィドーさんと俺達の新職業のレベル上げをしていたこの三日間での狩りで6層のゴブリンアーチャーがさんざん落としたドロップアイテムでもある。


「そうかもしれないが、魔物は一種毎に複数種の物を落とす。だからきっと6層のやつが落とさなかった物を落とす可能性もあるかもしれない」






ないかもしれないけど、あった方が探索のモチベーションも上がるというものだ。ダンジョンが人に入って欲しがる意志があるのならば、こういった報酬を魅力的にすることも重要なファクターだと思うから、俺の願望が現実となることを切に願うばかりだ。


頼むぞっ。ダンジョン。

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