第124話 詠唱
「旦那!こっちはアタイに任せて!」
俺の横から颯爽と前線へ飛び出したウィドーさんがメイスをブライトブルの頭部目掛けて振り下ろすと、骨が砕ける音を出すだけでは止まらず、モンスターの頭部ごとダンジョンの地面へとめり込ませ、ズドンという腹の奥が震えるような音が辺りに響き、魔物はそのまま黒い霧へと還元された。
「・・・なんか凄い逞しくなったねぇ、ウィドーさん・・・」
俺は俺で相対していたスパイクウッドの幹を両断して倒しながら横目でウィドーさんの豪快な動きを見て呟く。
「ご主人様の適性を見抜く目が確かだったという証ですね!」
「うむ、このわずかな期間であの域に達するとはな。やはりサトルの加護は素晴らしい」
「私も気合を入れないとすぐに追い抜かれてしまいそうです」
ウィドーさんを今の職業に付けさせたのはただ単にうちのPTのバランスを考えての事だったのだけど・・・いい方向に勘違いしてくれているのならば特に訂正する必要もないか。
対峙していた四匹すべての魔物を倒し終わったことを確認したウィドーさんは固まって彼女の成長ぶりに感心していた俺達の方に振り向き、
「誰も怪我はしていないかい?」
と聞いてきた。
「俺は大丈夫」
「私も問題ないです」
「私も右に同じですね」
「我々の実力ならばこの6層程度では傷を負う方が難しいかもしれないな」
そう、俺達は今、ファスト西のダンジョンの6層に来ていた。
ウィドーさんを連れて初めてダンジョンへ潜ったのがマーキン達の検分が終わった後に在庫の少なくなった食料目的に6層へと向かう前に彼女に戦闘職の職業をつける為、1層で職業の条件を満たす為に俺お手製の手作り武器で俺が押さえつけたモンスターを単独で倒し、無事に新職業を得たのだった。
「そうかい・・・回復魔法を使う練習もしておきたかったんだが、しょうがないさね」
彼女にとってもらった職業は「僧侶」。
オリヴィエの剣士とミーナの槍使いで前衛は大丈夫だし、後衛にはアンジュが居る。ならばバランスよく、RPGのセオリー通りに魔法使いか僧侶をと思ったのだが、魔法使いの取得条件をすぐに満たすことは難しそうだったから、ウィドーさんには僧侶をとってもらった。
ちなみに僧侶の取得条件をサポシスさんに聞いたところ、
「僧侶の取得条件は棍棒系(ロッド、メイス等)の攻撃で、魔物のHPを半分以上減らして討伐することで取得することが出来ます」
とのことだった。
俺は最初、魔法使い程ではないにしろ、僧侶も一カ月かかさず神に祈りを捧げろとか、すぐには達成できない難易度の要求をされると思っていたのだが、その実は滅茶苦茶単純で簡単な要求であった。
なので俺は家の裏手の森から木を伐り出し、それをささっと木製バットをちょっと太くしたようなものを作り、グリップ部分に布を巻いただけのまさしくこん棒という定番初期武器の名前がピッタリのお手製武器を作ってウィドーさんに渡した。
簡素な作りではあるが木製であり、野球の練習で使うマスコットバットより更に重いそのこん棒は女性が持つには重いかなと思ったが、俺のパーティーに入れば補正値でどうとでもなるだろうとタカをくくっていたのだが、そうはならず、俺の予想は外れた。
どうやらレベルが低すぎたり、戦闘職でない者にはPT補正が乗らないか、もしくは乗っていてもかなり微々たる補正しか得られないようで、彼女を俺のパーティーに入れても大した力を得ることは出来なかった。
そのため魔物を押さえつけてもこん棒を振ること自体に難儀したのだが、そこはなんとか頑張ってもらい、数十分かけてゴブリンを撲殺してもらった。
あの時のウィドーさんの顔・・・キバりにキバって真っ赤になってたのが見ていてかなり面白かったね。地面に刺さった伝説の剣を一生懸命抜こうとしているような格好でこん棒を持ち上げようとしてた姿がなんとも。
力に見合わない武器を使ったとはいえ、あんなに時間がかかったということはやはり村人で魔物を倒すというのはかなり大変なのだろうなぁ。
なんせ俺が押さえつけて動けなくしたゴブリンでもあの時間のかかりようだからなぁ。あれがもし抵抗されつつ・・・と考えると、かなり命がけの戦いになるということは容易に想像出来る。
俺がこの世界に来たばかりでゴブリンに攻撃受けた時もめっちゃヤバかったもんなぁ・・・。
あれでも俺は戦闘職を複数付けてたわけだし・・・村人ってほんと大変よなぁ・・・。
ちなみに、僧侶を得たウィドーさんがヒールを使う際は俺の様に魔法名を言うだけでは発動しなかった。
なんでかなーって思ったけど、そういえば俺のボーナススキルには詠唱省略っていうのがあったなぁって思い出して、魔法を発動するには本来詠唱が必要だという事にこのタイミングで今更ながら気が付いたのだった。
だって俺の他に魔法使える奴を見たことなかったし、しょうがないと思わない?
そしてヒールの詠唱はなんとも文字にしにくい発音のもので、無理矢理文字にするならば「すぅぁぜぃたーくるりぁーみぃえん、たぃてーるんぐるん」というもう一度復唱しろと言われても二つ返事で断るくらいには意味不明なものだった。
ウィドーさんによるとヒールを使おうとした時に頭の中に自然とその言葉が浮かび、なぞるようにしてそれを詠唱することで魔法が発動したらしい。
俺は詠唱省略を持っているからかわからないけど、魔法を使おうとしてもそんな頭がおかしくなりそうな電波チックな呪文は流れてこない。
何か怖いから別に聞こえてこなくていいんだけどね。むしろ流さないでください。
「ご主人様、私達も新しい職業に慣れてきました。なのでもうそろそろ次の階層に進んでもいいのではないでしょうか?」
「あー、そうだな」
そう言われて鑑定を使い、オリヴィエの剣豪とミーナの槍術士、アンジュの狙撃手もそれぞれレベル8になったことを確認した。慣れてきたと感じるのはレベルが上がったことからだろう。
ウィドーさんをダンジョンに連れていくタイミングで、三人の職業を調べて見たら、それぞれ上位職を手に入れていた。それを本人達に伝えてそれぞれ上位職に変更しておいたのだ。
いっぺんに変えるとみんなレベル1になってしまって一気に戦力が落ちると思って一瞬躊躇したけど、ウィドーさんのレベルをある程度上げるまでは危険だから新しい階層に挑戦することもない。ならば彼女を低階層で鍛える期間を利用して他の三人の上位職と俺の変えたばかりの上位職も一緒に上げてしまおうと思ったわけだ。一石・・・この場合何鳥だ?四・・・いや、五鳥?・・・何羽だろうとどうでもいいか。
こういうのをやっていると、ほんと昔やった色々な王道ロールプレイングゲームを思い出すよな。この世界でのダンジョン探索やレベル上げなんかは別にゆっくりやればいいのに、少しでも効率のようなものを考えてしまうのは、きっとそういった昔やったゲームの影響だと思う。
あの頃は親に「ゲームは一日一時間!」とか無茶なことを言われつつ、目を盗んではゲームを起動して、結局一日五、六時間はやっていたと思う。
たまーに見つかってゲーム機本体を没収され、子供の手の届かない場所に隠された経験などは俺と同年代のゲーマー達ならきっと共感をいただけることだろう。
親も一日一時間とか不可能なこと言ってくんなよな。そんな時間じゃクリアするまで何週間もかかるし、やり込み要素など出来やしないだろうが。
そんな毎日黄色い帽子に黒いランドセルを背負っていた頃の記憶を思い出しながらも、俺達はこのダンジョンの初となる7階層の入口へと向かっていた。
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