第116話 空き部屋

さっき俺が無駄にしてしまった食材をミーナとオリヴィエが拭き取ってくれている最中も誰かさんのせいで変な沈黙が流れ続ける。

それに耐えきれなかった俺は口を開く。


「い、いや・・・何を言ってるんだアンジュ。ウィドーさんには旦那さんが・・・あ、居ないんだっけ?」


「あぁ、アタイはれっきとした独身だよ。・・・行き遅れのね」


しまった・・・何を言っていいのか分からないままに口を開いたもんだから余計なことを口走ってしまって余計に空気が重くなった気がする。なんとかせねば。


「ウィドーさんはまだまだ若いと思うよ。それに年齢だけで言ったらアンジュなんtグハッ!」


脇腹に痛烈なダメージが・・・!「ふん!」とか、そんな気合を入れて今のアンジュが殴ったら俺じゃなかったら汚い花火になってたぞ!・・・あ、ごめんなさい。そんなに睨まないで。

ウィドーさんもなんか頬を染めて俯いてないでこの金髪エルフを止めてください。オリヴィエさん、ミーナさーん、ご主人様が酷い目にあってますよ。


「今のはご主人様が悪いです」


「そうですね」


俺が助け舟を求めるようにテーブルを拭いている二人を見たが、見放されてしまった。ミーナはなんとなくそうだと思ったけど、オリヴィエはちょっと意外だった。キミは狂信的俺信者かと思ってたけど、普通にちゃんと諫めることも出来るんですね。優秀でなによりです。


「重ね重ね言うが、私はまだ若い。人族換算で言えばオリヴィエ達と同じ位だぞ」


「はい。ごめんなさい」


「・・・よろしい」


腕を組んでぷくっと頬を膨らまし、そっぽ向くその横顔も思わず見惚れてしまうくらいに大層綺麗なものだったが、数秒の短い刻を経て


「ぷっ」


可愛い笑顔へと変化し、


「「「「アハハハハハハハハ!」」」」


それは周りへと伝播していった。

なにわろてんねん・・・なんて空気の読めないことは言わず、ここは重い空気が俺の痛みと等価交換して相殺したと思えばいいか。・・・ちょっとアンジュの打撃が重すぎて等価じゃなく潰れかけの個人経営パチ屋位の換金率かもしれないけど・・・。


和やかな空気になったのはいいけど、ちょっと全然痛みが引かないから隠れてヒールしておこ・・・。

アンジュの打撃ヤバすぎ。

たぶんコイツ、自分で気が付いていないぞ。後でタイミングをみて注意しておかないと・・・。ちょっとしたチョケで人殺しに・・・なんてことになりかねないしな。


人殺しといえば、ほんのついさっき俺はまさにソレになったわけだ。

アレも分類学上では一応人類となるのだからしょうがない。

え?人の命を奪ったことに後悔の念は無いのかって?


俺はこれでも子供の時は虫を遊びで殺すような同級生を別に諫めはしなかったが、蔑むような視線は送っていたほどに優しい心を持った少年であった。

その考え方は今に至るまで特段変わってはいないと自分では思っている。つまり、俺にとって今日殺したアイツラはその辺の虫にも劣る存在という認識で、虫以下のやつを手にかけたところで俺の心に影を落とすという事はないのだ。


これまで魔物を惨殺しまくっておいてそっちはどうなの?と思う人もいるかもしれないが、さすがにあれだけハッキリ真っ直ぐな殺意をビンビンに出しまくって向かってくるやつに手心を加えるような莫迦者ではない。

やらなきゃやられるのにやらないままやられるというのはアホ以外の何物でもないでしょ?そういうこと。


ちなみに、駆逐した虫以下のゴミは今も外に転がったままである。

キッチンから放り投げたので森側に最初は転がっていたのだが、そのままだと明日検分に来るというマーキン達が調べる前に森から臭いを嗅ぎつけた魔物に持っていかれてしまうかもしれないということだったから、しょうがなく玄関側に持って行って無造作に並べて置いた。


森側でもオリヴィエなら察知できるとは言っていたが、玄関側ならば察知が多少遅れても俺達ならその対応に間に合わないという事はあるまい。

家の中ならば絶対大丈夫なんだろうが、せっかく掃除したのにまたあんな汚物を中に入れるなんて選択肢はないしな。


そうそう、オリヴィエ達が連れて行ったまだ呼吸を続けているゴミ達ははじめに西門で引き渡した。クイルによる鑑定でも盗賊というのは判明していたので、特に問題はなかったのだが、一応衛兵長という立場だったらしいマーキンを呼ぶまで待つように言われ、彼が到着した後に軽い事情聴取を受けたらしい。


それも俺達に嫌疑をかけるようなものではなく、明日やる検分も彼らの罪の重さを計るものであって、俺達を疑っておこなうようなものでもないとのことだ。


まぁそりゃそうだ。だって俺達のアリバイを一番証明してくれるのはマーキンその人なんだからな。それでもなんかの間違いで俺達がグレーに見られたとしても、オルセンに連絡をとればたぶんなんとかしてくれるだろ。最悪カルロを引っ張ってきたっていい。コネは使えるときに使えってね。

今回の場合はそんなことしなくても全然大丈夫だと思うけどね。



「フゥ・・・あんまり美味しいからちょっと食べ過ぎてしまったよ」


椅子の背もたれにぐったりともたれ、恍惚の表情で少し膨れたお腹をさすっているウィドーさん。


「私はまだまだいけますよ!」


なにと戦っているのだオリヴィエたんは。

さすがにもう食材の残機は0なのでアナタがいけたとしても何も出てきませんよ。


「ん~~~・・・なんだか今日はとても長かった気がします」


両手を組んで上にぐいーーーっと伸びるミーナ。

たしかに・・・トレイルに到着したのって実は今日の朝なんだよね・・・。

そんでカルロに会ってすったもんだあってスタンピードの対応することになり、その後結構すぐにスタンピードがきちゃってそれを鎮圧して、連続討伐ボーナスでレベルが上がりまくり、なんかアースドラゴンというイレギュラーも参戦してきたからそれも倒して報酬を受け取りダッシュで直帰・・・というなんとも凄まじいスケジュールだったなぁ・・・。


過ぎてしまえばあっという間に感じるけれど、やっぱり濃い時間というのは長く感じるもので、ただ惰眠をむさぼって家で寝ているだけの一日とは天と地ほどの差を感じるもんだね。後者は気が付いたら終わってるしな。


「さすがに色々あったもんなぁ・・・」


「そうですねぇ」


オリヴィエと二人で遠い目をしてみるが、たしかに今日一日はこの世界に来て一番濃かったかもしれない。でも、俺からしたらこの世界に来てまだ二週間ちょいの俺は毎日が特別で新鮮だし、オリヴィエやミーナと過ごす毎日というのは前の世界と比べたらとっても濃い。そらもうサランラップくらい無色透明で極薄だったこれまでの俺の人生と今では比べるのも馬鹿らしくなる程に差があるってもんだ。

ほんと、あのβテストのメールを開いてよかった。


「さてっと・・・そろそろお暇しますかね」


「あれ、帰っちゃうの?もう日も暮れているし、今日は泊っていけば?」


「い、いいのかい?」


なんかウィドーさんは怯えた様子でオリヴィエ達に一人ずつ視線を送っている。

どうやら彼女は俺の許可よりも、他の三人の許諾を得ることの方が重要だと考えているらしい。


「ご主人様がよろしいのであれば何も問題ないですよ」


テーブルの上の食器を片付けはじめていたオリヴィエは、彼女の視線に気が付くと笑顔で答えた。


「そうですね。あんなこともあった後ですし、一人で過ごすのは色々と不安かもしれませんし」


「うむ、私も異論はないぞ」


ミーナとアンジュも反対はしなかった。


「ってことだ、まぁこの家には空き部屋がまだあるから一人や二人増えた所で問題はないと思うぞ」


なんせ使っているのは一階はキッチンと食堂とトイレ、二階は物置部屋と寝室だけだ。この家には一階にキッチンを除くと食堂ともう一部屋、二階には寝室以外にもう二部屋あるから、全部で三部屋も余らせていることになる。

実は結構広いんだよね、この家。元々家族単位で住んでたって話だしな。


「そ、それならありがたく甘えさせていただこうかな・・・」


「あ」


「どうされました?」


「この家・・・空き部屋はあるけど、ベッドは一つしかないんだった・・・」


そうだよな。元々俺達は毎晩激戦を繰り広げているんだから別々に寝るようなことをして戦いから逃げたりは決してしないからベッドを複数持つという選択肢は排除していたんだった。


そうか・・・こういう時のために今度来客用のベッドも買っておくかな。


「んじゃ・・・今日は俺が送って・・・」


いくよ・・・と続けようとしたら、


「ベッドは大きいですし、問題ないのでは?」


オリヴィエに遮られた。


「え?」






何を言っていらっしゃるのでしょう、この娘は。

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