第111話 噴水

それは突然だった。


今まで終始和やかなムードで会話しながらファストの街を横一文字に突っ切り、西門から再び街の外へ出て家がそろそろ見えてくるかな・・・と思っていたとき、にこやかに話していたオリヴィエの顔から笑みが消えた。


「ご主人様」


「ん?・・・どうした、オリヴィエ」


弾んでいた声のトーンが一気に下がったことでそれまでの空気が一気に張りつめる。アンジュ以外のメンバーはオリヴィエと一緒に魔物狩りをさんざんやっていたからわかる。これは彼女のソナーに何か引っかかったということだ。


彼女に問いかけたものの、俺は現状から大体の予想がついていた。


ただ魔物を感知したというだけならば、彼女の反応がここまでのものにはならない

何故なら俺達は今日のスタンピードでかなりの力を得ている。それはアースドラゴンという強敵をたった三人という少人数とアンジュの援護を少し貰っただけで討伐したことから明白だし、ここに帰宅する際の競争でしっかり自らの力の向上に対する自覚と認識は済んでいるのだ。


だから今更グラウ大森林外周部にいるゴブリンやフォレストハウンドといった魔物を感知したというだけで彼女がこういった反応を見せることはないだろう。

だから俺は彼女が感知した異常音の発信源を予測できた。


それが「俺達の家」からだということに。


「急ぎましょう。ご主人様の家に誰かが侵入しています。・・・しかも・・・」


オリヴィエはさらに続ける。


「誰かが襲われているようです」


その言葉に俺達全員が深刻さを理解し、一斉に警戒レベルを引き上げた。


「急ぐぞ。家の中には俺とオリヴィエが入る。ミーナとアンジュは外で周りの警戒を頼む」


ただ単に賊が侵入しているというならば今の俺達なら特に警戒することなどないと思うが、中で誰かが襲われているというならば別だ。

俺達は良くてもその誰かは賊を刺激することで危険な目に合ってしまうかもしれない。


怪我をしてしまったとき、重傷でも俺なら治すことが出来るがそれが即死レベルのものになった場合、俺にもどうすることもできない。

もしかしたらいずれ蘇生魔法のようなものが使えるようになるかもしれないが、今は使えないのだ。


「到着したらなるべく音を立てるな。賊を刺激したくない」


周囲の景色が物凄い速度で流れる中、俺が指示すると全員がコクリと頷く。各々言わなくてもわかっているだろうが、念のための確認だ。


そして家のすぐそばまでついたとき、


「いやぁぁぁぁ!!やめろぉぉーーー!!」


「大人しくしろやぁ!」


女性の悲鳴と共に数人の下卑た男の声が俺の耳にも届いてきた。


「ご主人様・・・この声は・・・」


「ああ・・・わかってる。急ごう」


小声で確認し合う中、ついつい知っている声を聞いたことで怒気がこぼれてしまう。くそっ・・・!家の玄関が見えてきて、そこでアレを見つけた時に嫌な予感がしたんだ・・・。


俺とオリヴィエは急ぎつつ、音を立てないように玄関へと移動する。

玄関につくと、扉のノブの部分がひしゃげている。どうやら無理矢理こじ開けたようだな・・・。中古とはいえまだ買ったばかりの家なのに・・・許さん。許す気など元々ないがな。


鍵の必要がなくなった玄関扉をゆっくりと開け、家の中の様子を窺いつつ、オリヴィエに問う。


「どうだ・・・人数と場所はわかったか?」


「はい。一階の台所に三人、二階の物置部屋に四人居ます。女性が襲われているのは台所ですね」


やはりオリヴィエソナーは凄いな。場所はおろか人数までしっかりと正確にとらえてくれる。やはり連れてきて正解だ。


「よし。オリヴィエは階段を見張っていてくれ。細かい判断は任せるが、積極的に交戦しに行かなくていい」


頷くオリヴィエを確認した後、俺は一直線にキッチンへと向かう。


「へへへ。歳いってると思ったけど中々いい体してやがるじゃねぇか」


「おい、はやくしろよ。誰か来たらどうすんだ」


「こんな場所にある家に誰も来やしねぇよ。それはお前も散々確認しただろうが」


「いやぁ・・・やだぁ・・・」


キッチンの入口につき、部屋の全貌が確認できる位置にまでくると中の様子が見えた。


部屋の奥にあるトイレと廊下へ続く部屋の出入り口に一人、キッチンの食料置き場を漁っている男が一人、


「それはそうだがひょ・・・」


そして・・・無理矢理服を引き裂かれた半裸の泣いている女性の上にズボンを下げた男が一人見えたところで俺の視界が赤く染まった。


汚いケツを晒している男の首を小枝を払うかのように軽々飛ばすと、ゴトリという丸い塊が床に落ちた音がした後、鮮血の噴水が上がった。


アニメやドラマなんかじゃこういう時プシューっていう効果音が鳴るんだが、実際には何の音も鳴らないんだな・・・とかいう事を思うくらいに、俺は自分でも驚くくらい冷静だった。


「おい、どうしたそんな素っ頓狂な声を出し・・・ひゃああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!」


「うるさい」


食料置き場に置いていた箱からこちらを確認するために顔を出した男の左胸に剣を突き刺す。首をとばすとこいつらの汚い血で家が汚れるからな。心臓を突いても血は出るだろうが、吹き出ないだけ掃除も楽だろう。


「ガッ・・・ヒュッ・・・ヒュッ・・・」


ピクピクと痙攣している男から剣を引き抜き、残り一人になった男を睨むと、男は声にならない声をあげ、尻もちをつく。俺が睨みつけながらゆっくりと近づくと失禁しやがった。


「や・・・やめへ・・・・」


こいつらの台詞を最後まで聞いてやる義理なんかは一ミリもないからそのまま頭蓋を割り、左脳と右脳を本当の意味で二つに割ってやった。そのまま男が横に倒れ、動かなくなった。


「ヒュッ・・・ヒュゥゥ・・・ゥ」


心臓を刺した男も数秒口から空気と血の泡を吐いていたが、しばらくすると動かなくなった。人間って急所に即死級のダメージを負ってもすぐ死んだりせずに少しの間は生きている・・・となんかの物語で聞いたことはあったが本当だったらしい。よくニュースで聞く即死だったでしょうというのも、種類によるだろうが数分とか生きていたパターンだってあるんだろうな。


襲われていた女性は俺が首を撥ねた男から吹き出る血を避けるように顔の前に両手をクロスさせていたため表情が見えないが、腕を交差させたままの状態で男の体をどかそうともがいていた。


そんな女性に俺が近づくと、


「ひぃっ!」


という小さな悲鳴を上げた。

それもしょうがないだろう。彼女からしたら自分を襲っていた男の首がいきなり吹き飛び、それが力なくもたれかかってきたと思ったら、わけのわからない内に両側に居た二人の男達も次々に死んでいったのだ。その様子を直接見ていなくても、彼らの声や音を聞いているだけでその様子を想像することは容易だっただろう。怖くないわけがない。


俺は胴体だけになった男の体をどかし、


「もう大丈夫だ」


と一声かけたが、


「・・・やめ・・・殺さないで・・・!」


彼女は男の体がどいた後も交差させた腕をそのままにし、自分の身を守るために防御の姿勢をとっていた。全然有効的だとは思わないが、自分の身に危険が及ぶと咄嗟に顔を守ってしまうというのはやはり人の本能なのだろう。


助けた相手に命乞いをされ、何とも悲しい気持ちに一瞬なったが、自分がどうすることも出来なかった相手を一瞬で蹴散らした知らない奴が来たらこの反応になってしまうのも仕方ない。


だが、俺は彼女を知っているし、彼女も俺を知っている。






俺は彼女を安心させるため、倒れている彼女に手を差し伸べながらその名を呼んだ。


「もう大丈夫だよ・・・ウィドーさん」

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